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第三章:エヌという星
第45話 賢者
しおりを挟む今から300年ほど前、惑星エヌには一つの国家しかなかった。その国は安定し、大きな争いもなく、また人々の生活を脅かすような強力な魔物も存在せず平和な時代が続いていた。
ある日、ノダムールという男がエヌにやってきた。彼は不思議な力を使い、星から星へと旅をしてきたという。
彼が持つ知識や技術、そして「デイル」と呼ばれる不思議な力は、エヌに新たな文化と便利な生活を作り出した。
それは、火を起こしたり、水を作り出したり、作物の成長を促したり、病気や怪我を治すなど様々な力があった。
ただし、そのデイルを使うにはその人が持つ潜在的な素質(魔力)が必要だったが、残念ながらエヌの住民はその魔力量が乏しく、使えるデイルには限りがあった。それでも住民の生活は大きく飛躍したのである。
ノダムールはさらに強力な攻撃力を持つデイルや、特殊な効果があるデイルについて教えてくれたが、エヌの住民にはそれを使えるだけの魔力がなかったため、表に出ることはなく埋もれていった。
ノダムールがエヌに滞在し2年が過ぎたころ、彼は次の星に旅立つことをエヌの王に告げた。同時に、最後まで伏せていたある危険について語った。
「このエヌは本当に素晴らしい。平和で争いがなく、王族と民が一つになって生活し、幸せを享受している。しかし残念なことに、この世界には他の星を侵略するような凶悪な魔物たちも存在しているのです。もしそういった侵略を受けた場合、エヌの力では、そしてこの星に住む人々の魔力では、それら邪悪な存在に対抗することはできないでしょう。私はこの星を離れるにあたり、それだけが心残りです。どうか、将来訪れるかもしれない危機のために、魔力を磨き、そして準備を怠らないようにしてほしい」
その言葉を聞いたエヌの王は、どうすれば邪悪な力に対抗できるのかノダムールに尋ねた。
「私が知る邪悪な魔物たちは、かつて幾つもの星を征服したと聞きます。ですが、逆にその魔物の侵略を撃退した星もあります。彼らが何をもって撃退したのか、それはやはり強力なデイルの攻撃魔法、そしてデイルによって強化された武器による攻撃だと伝わっています。私がこれまで記し、伝えてきたデイルの攻撃魔法は、今のエヌの民では魔力が足りず使えません。しかし魔力を研鑽し、それを代々伝えていくことで、魔力の増幅や力に目覚めることが期待でき、いつかそのデイルも使えるようになるでしょう。それが何世代先かはわかりませんが」
その言葉を聞いたエヌの2人の王女はノダムールにこう質問した。
「仮に私どもエヌの民がノダムール様の子をなした場合、ノダムール様の魔力を受け継ぐことはできますでしょうか?」
ノダムールはその問いの意味を理解し、こう答えた。
「デイルに必要な魔力や素質は本質的に遺伝によって受け継がれるため、おそらくエヌの民であっても受け継がれるであろう。ただし確証はない。また魔力量や素質もどれほどのものかはわからない。当然のことながら、逆の結果も考えられる。もっとも懸念されることは、母体が我が魔力に耐えられないことだ。場合によっては死に至ることも考えられる。私は望まぬものに望まぬ力や犠牲を強いるのは本意ではない」
「では私どもではいかがでしょうか?」
双子であった2人の王女は、迷いも怯えもなく、ノダムールと父である王に告げた。
「お前たちが自ら犠牲となり、エヌのためにノダムール殿の子を宿すというのか」
娘の話を聞いた国王は、動揺しつつも冷静にその真意を尋ねた。
「私たちは以前からノダムール様をお慕いしておりました。そして今のお話を聞き、決心がついたのです。どうぞ私たちがノダムール様の子をなせるよう、お願いいたします。エヌを守るため、私たちが立派に育てることを約束いたします」
ノダムールは2人の決意に心を打たれ、その思いに応えることにしたのである。
そしておよそ1年後。
ノダムールと2人の王女の子が無事に誕生し、その子がノダムールに匹敵する魔力を引き継いでることを確認した。
そしてその成長を見守っていく中で、ノダムールの子がこの星を守る唯一の力であると確信したのである。
その後、さらにノダムールと王女の間に男女6人が誕生した。そしてノダムールは王と妻である王女たちにこう告げたのである。
「この星に私の血を残すという役割は終わりました。ですが私は、星の旅人を本日をもって辞めます。私は自らの生が果てるまで、この子らの親として、そして2人の夫として、共にこの子らを育て、共にエヌのために力を尽くしていきたいと思います」
王と王女はその言葉に感動し、またエヌの民もあらためてノダムールを「ラボ・イス・ニータ=偉大なる賢き者」として崇めることになった。賢者ノダムールがエヌに誕生したのはこの時である。
それから月日が流れ、ノダムールの子らは父と母の教えを守り、後継者として立派に成長していった。
エヌは大きな争いはなかったものの、自然災害の対処や巨大な害獣の駆除、さらに国中に設置した医療施設など、ノダムールの子らは率先して国や民のためにその力を発揮していく。それが力を持つものの義務であり、使命だったからである。そしてエヌはますます繁栄を極めたのである。
最初の子が誕生してから18年後、ノダムールに孫が誕生した。
ノダムールには一つの懸念があった。自分の子がさらに子を作った時に、その魔力は受け継がれるのかと。だがそれは杞憂に終わった。子孫は立派に魔力を引き継いでいたのだ。
ただ一方で残念なことも分かった。なぜか女性から生まれた子にしか強い魔力と素質は受け継がれず、男性が他の女性となした子には、ノダムールのような魔力と素質は受け継がれなかったのだ。
理由は定かではない。しかしそれも運命と認め、惑星エヌの国家と民は、ノダムールの魔力を引き継ぐ子孫を何よりも大事にしてきたのである。
そしてノダムールの子孫は様々な才能を発揮した。中にはノダムール以上にデイルの才能に目覚めたものもいれば、同様に武芸に秀でたもの、ノダムールにない才能に開花したものもいた。これらは先天的にエヌの民が持つ才能が覚醒したものだと考えられた。
そしてノダムールがエヌに降り立ってから100年が過ぎ、いよいよ彼も生涯を閉じる時が来た。彼は遺言としていくつかの言葉を残し、多くの子孫が見守る中、すでに天寿を全うしていた妻のもとへ旅立って行った。
ノダムールが残した偉大な知識とデイル、そして人々を想う意思は確かに受け継がれ、その後もエヌは争いもなく平和な日々が200年ほど続く。
そして誰もがノダムールが危惧した災厄を忘れていた。
あの日が来るまでは…
「暗黒の災厄」へつづく
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