この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第96話 人質

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 俺は燃え盛る炎を両手から出した。だが、突風により炎が押されてしまう。くそ。こんなときに、俺の呪怨はこんなときに役立たずか。

 ジンが隣で何かを叫んだ。
 途端に風がピタリとやんだ。俺たちのいる方向だけが結界に覆われ、細長い結界がやつらの方向を示している。
 これで炎の攻撃も効ける。ありがとうジン。
 呼吸をもう一度整え、神経や思考を深く落とした。
 途端、両手から真っ赤な炎が溢れ、溶岩の塊がブクブク現れ、それを一気にやつらに投げた。
 ヒュンヒュンと空気を割る音と共に、一直線に溶岩が向かっていく。

 いけ。届け。

 願いを言葉にし、見上げた先に待っていたのは大きな岩だった。
 真っ赤赤の溶岩バチンと硝子のように砕けちり、粉々に粉砕していく。

 なんだあの岩、突然現れたぞ。どこから降ってきた。それよりも、懇親の力をこめた技が、砕かれた。
 誰の仕業だ。何の呪怨だ。

 奥歯を噛み締め、もう一度炎を出した。すると、甲高い笑い声が空に響いた。
「あははははははっ!! 無駄無駄! 何度やってもニアの岩で砕かれるよ!」
 脳天が裂かれるような甲高い声。外を駆け回る少年のようなあどけない顔たちしている女性。楽しそうに目を細めて笑っていた。
 あの女か。俺の技を砕いたのは。

 女性の口から呪文が唱えられた。途端結界外の大地がボコボコに裂かれ、地層が別れた。上空に割れた大地の塊が浮く。
 ジンが急いで一直線の結界を外し、こちらだけの結界を二重にした。

 でも女は得げに笑っている。なんだ、あの自信に満ちた笑みは。癪に障る。
 浮いた大地の塊は、女が行けと指示すると、一斉に俺たちに向かってきた。二重結界をしてるから大丈夫だ。

 けど、向かってくる塊はさながら隕石を連想させる圧迫。冷や汗がどっと沸いた。
 炎の呪怨を使ったせいで体の隅々から、熱い汗が溢れ、服が重い。その汗がいつの間にか、冷たくなっている。


 一つの塊が触れた途端、一つ目の結界がパリンと鏡のように割れた。
「嘘だろ!? 何で!?」
 術者本人が声をあげた。
 その声も虚しく、塊は一層に降ってきた。容赦なく。一つ目の結界が割れたことにより、もうじきこの結界も破れる。
 目の前の結界に亀裂が生じた。
「ジン!」
「分かってる!」
 一個だった結界が、二重、三重……五重へと追加してく。
 透明な結界が五重になると、映し鏡のように反射している。だが、五重も重ねた結界もことごとく破れていく。

 間にいたアルカ理事長が俺たちよりもさらに前に立ったそれ以上歩めば、結界の外に出る。
「おいたをしすぎじゃ」
 顔の前に手をもってき、人差し指をピンとそらした。虫を払いのけるような感じで。
 すると、それまで雨のように降ってた塊が方向転換し、術者の女のほうに一直線に向かうではないか。
「ほえ? きゃああああああああ!!」
 見事女に命中。他の団体はその一瞬の隙にして竜巻の中に。うっすらと影があるも、一人一人消えていく。
「ジン!」
「カイくん!」
 向こうから二人の声が。そしてやむなくその竜巻は、すぅと消えた。団体も二人も消えて。
 残ったのは、割れた地面の上に倒れている女のみ。
「そんな……くそっ!」
 ジンが壁を殴った。
 怒りを通り越して殺意がたってる。その殺意に打たれ口を閉じる。
 俺だって怒っている。ジンと同じように。隣で怒りに体を震える親友に打たれ、逆に冷静になってしまった。
 アルカ理事長は倒れた女のそばまでくると、つんつんと頬を抓った。女はうつ伏せで倒れ、白目向いている。「完全に気絶しておる」と楽しそうに、つんつんと突くスピードを増している。
「あんたたち! と、理事長っ!」
 バタバタと音を立ててやってきたのは小夏先輩。肩で息をし、走ってきたせいか、髪の毛が荒れている。
「大丈夫なようね。まず安心したわ」
 ハッハッ、と乱れた呼吸のまま呟いた。呼吸を整えると、キョロキョロと辺りを見渡す。
「アカネちゃんとルイちゃんがいないの。二人とも絶対二人の所にいると思ったのに」
 ぐっと奥歯を噛み締めた。
 捕らえられた二人。腕を伸ばせば届く場所なのに、届かなかった。助けられなかった。
「ワシはおまけかい」
 ズルズルと女を引っ張り、アルカ理事長が尖った口調で呟いた。
 アルカ理事長は淡々と、他人事のように、今起きた出来事、そして、これからしなければならないことを早口で言った。
「あ奴らは〝終末の書〟を求めておる。ワシが初期生にだけ与えたものじゃ。初期生で今もなお生きておるのが四人。一人はお主らも知ってる牡丹。二人目はここから近くの島に住んでおるマモルという奴と、三人目は、科学実験のセンセ。四人目は、ちっと厄介な場所にいるタウラスという奴じゃ。終末の書を集めるには、この四人に話をつけるのじゃ。それと……こやつにも人質として価値はあるぞい?」
 女を指差した。指さされた女は白目を向いている。つんつんと抓られても、こうして首根っこに引っ掛けてあるマントを引っ張られても起きやしない。完全に気絶してやがる。


 太陽の逆光のせいでよく見えなかった。よく見ると、顔立ちがいい。
 腰まである桜色の髪の毛。どれも癖っ毛でピンピン跳ねてある。前髪の癖っ毛を大量のピンで留めてある。
 マントのせいで見えなかったが、この女、メイドコスチュームをしてやがる。しかも肌を曝け出す部分が多い。腰とか脇とか。
 俺、こんな女に負けたのか。
 そう思うと、いたたまれなくなった。 

 ジンがムッとした面持ちになり、アルカ理事長を睨んだ。
「そもそも、あいつらは誰なんだよ」
「あ奴らは二期生。お主らの先輩になるな」
 小夏先輩がパッと手のひらで口を覆った。今にでも吐き出しそうな表情で、地面にへたり込んで白目向いてる女の顔を見張る。 
「こんな人が先……輩っ?」
 小夏先輩の言いたいことは分かる。俺も同じ反応した。
「二期生がどうしてこんなこと」
 ジンが叫んだ。
「単純に〝終末の書〟を求めたのじゃろ……ただ……」
 それだけを求めてわざわざこんな大きな事を仕出かすとは思わなかったがな、という言葉を静かに飲んだ。
 アルカ理事長はじっと、目の前にいる相手の顔色をうかがって、話を簡潔にさせた。
「その書を集めれば、アカネちゃんたちは解放してくれるよな?」
「そうじゃろ。こっちだって人質もおる」
 クイクイと女のマントをさらに引っ張った。グェとアヒルのように鳴いた。

 女の名前はニア・ランタナ。二期生。元Aクラス。大地を操ることができる【大地の呪怨】の持ち主。
 顔が整っているのはAクラスだからか、一瞬にして理解できた。
 そして、一緒にいた団体たちの名前もすぐに分かった。かつて〝学園のキング〟とまで謳われたユーコミスという最強の男。二期生。Aクラス。押しつぶしたり、変形したり、触れたものを無重力にすることができる【重力の呪怨】の持ち主。
 あのアルカ理事長でさえも、「気をつけろ」と忠告した男だ。呪怨から言っても強そうだ。

 ニア・ランタナを保健室で寝かせ、ジンは書を集めると、血眼になって牡丹先生と科学実験の先生の場所に走った。
 小夏先輩は、爆破された図書館の修理。大半の教師陣がそこに向かっている。
 だから、保健室では保健の先生もいない。俺とこの女の二人きりの状態だ。ちなみに、生徒たちはまだアルカ理事長の術のおかげでか、すやすやと眠っている。
 動かしてはいけないので、硬いコンクリートの上で寝ている子もいて心配だ。
 だからなのか、世界が止まったように静かだ。この昼間はワイワイと賑やかな声が飛び交うのに、今日は静かで寒気がくる。
 そういや、全身汗だくだな。服がすごいびしょ濡れだ。お風呂行っとこうかな。でも、この女が起きて早速逃げ出したら、また敗けることになる。それは断じて嫌だ。
 生徒も起きて来ないし、ここでちょっとタオルで体拭こ。


 棚にあるタオルを借りて、熱いお湯に浸した。服を脱ぎ、タオルで体を拭く。まぁまぁだな。ほんとはお風呂がいいけど。
 今こうしてる間に、アカネちゃんたちは酷いことをされてるのでは、と不安と心配がよぎった。
 ジンが冷静さを失うのも無理はない。
 〝終末の書〟を早く集めて二人を早く助けないと。タオルをもう一度、熱いお湯に浸した。
 ベタ。
 タオルで気持ち良かったのに、何故か嫌な感触がする。
 下半身を触られた気がする。恐る恐る振り向くと女が足にしがみついて、息子のほうに手を伸ばしている。
 思わずびっくりして叫んだ。身をよじる。
 女は気にもとめず、ズボンの上から息子をまさぐる。
 女からハァハァと興奮気味の吐息が。目はすでにトロンとふにゃけ、物欲しそうにこちらを見上げる。
「あぅ……オチンチン欲しいよぉ……」
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