約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅴ 東の地 

第35話 東の守人

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 踵を返した途端、森奥からガサガサと草木をかき分ける物音が。驚いて振り向く。暗闇の中にボォと真っ白い衣を着た女性が立っていた。
「うわああああ‼」
 腹の底から絞り出すように叫ぶ。その場で尻もちついて武器がないか手当たりしだいに探すも砂浜を掴むのみ。
「どうした空⁉」
 叫び声を聞きつけてテントから太陽が駆け寄ってきてくれた。
「あ、あれ」
 僕は恐る恐る腕を伸ばして女性を指差すと太陽もその方向を見やる。はっと息を呑んだ音がした。足は情けなくガクガクブルブルして立ち上がれそうにない。太陽はその女性を見て「まさか」と口にした。

 白い衣を着た女性がゆっくりお辞儀した。
 それに合わせてひっ、と小さな悲鳴が喉奥から震える。太陽の腕が僕の背中に回ってきてそっ、と添えた。
「大丈夫。あれは東の守人様だ」
「え」
 呆けた声が出た。 
 太陽と同じように僕の叫び声を聞きつけ嵐も良太も実は起きていた。テントの入り口が小さく、二人ともハマっていたのだ。女性、いいや、東の守人が近寄ってきた。草履をパタパタ音を立てながら寄ってくる。遠くだったので顔は判別できなかった。その顔は日本人形を思わせる前髪ぱっつんに、長い黒髪。白い肌。
 太陽がすっと立って深く1礼した。
「東の守人様ですよね? 俺たちは本島からやってきました。あなたに手紙を送るために」
 淡々と言葉を紡ぐ。
 ガクガク震えていた膝を叱咤し、僕はゆるゆると立ち上がる。立ち上がってみると少し違和感を覚えた。立ってみると僕の身長とほぼ同じだ。見た目も同い年くらい。明保野さんも確か身長これくらいだったような。
「んだよ。いるんならさっさと面出せよ」
 嵐がぼそっと呟いた。隣りにいた良太も頷く。
「ごめ、なさい。その、ひとが来るのは……久しぶりで」
 その声が届いたのか、はたまた表情に出ていたのか守人は眉をハチの字に曲げて、体を萎縮した。声はたどたどしく、子供のような舌足らず。そういえば明保野さんが言っていた。「あの子は人見知りするから」てのは当たっている。

 こんな時間帯になってから顔を出したのは偶々。上陸した人がすっかり寝ただろうと思い込み、恐る恐る顔をだしたら僕に見つかったと。僕があのとき、外の空気を吸っていなければ見つかりもしないし、姿を隠し通していたと。 
 守人は僕らが上陸してきたこと、荒れた海を泳いでる船のころから見ていたらしい。そして無事にここまで上陸して何泊か泊まるためのテントを作っていたところまで。
 そこまで見ていたなら声をかけてくれ。色々焦っていた僕らを嘲笑っていたのではないか。すると、守人は首をブンブン横に振った。
 『見ていた』とはよく言うものの、彼女はそれが本当に見えていたのか怪しまれる。それは、彼女の目元から鼻まで白い包帯で覆われているからだ。しかも包帯し続けたまま、ここを歩いていた。
 まるで見えているかのような。
「あの」
 太陽が一歩リードして話を始める。守人は太陽の顔を見る。
「こんな遅くに立ち話もなんだし、俺たちのテントで。なんならまた後日改めます」
 太陽は優しく言った。守人は後日日を改めて自分から来ると。僕らはやむなくテントに戻ることに。そして数分後守人と話したことでようやく体の力が抜けた。


 翌日、リセットされたアラームの音で目が覚めた。夢に入っていた僕らを嘲笑うかのようにうるさく、けたましく鳴る。いそいそとテントから出ると東の守人がそこに立っていた。僕と目が合うとペコリと会釈した。
 支度をすませて、いざ、守人の本拠地へ。守人は近道を案内してくれた。そのルートは僕らが想像したルートではなく、そんな場所に道があったなんて驚愕する。
 守人が案内してくれた道は森の中じゃなくて、正確的には最初こそ森に入るのだがそこから、全然違う道筋となる。
 腰まで浸かっている草むらを通り抜け、少し道が開けた。邪魔だった草むらはなく轍道。ここらへんは管理しているのか、さっきまでと大違いだ。そして、その道を歩き続けること二十分。体力の限界てのがきた。息が乱れ、朝がポタポタ垂れる。
「まだかよ~」
 嵐が苦言を申す。
 それに守人は反応しなかった。まっすぐ前を見て凛と歩き続ける。くそ、と嵐が大きく舌打ちする。ただ1人、未だに疲れた表情をしていないのが良太。良太は運動神経抜群だからな。羨ましい。
 僕も体力に関しては下の下だが、太陽はもっと酷かった。僕のかなり後ろをもたもた歩いてついてくる。顔色は悪く汗が尋常じゃなく体から浮いて洪水のように垂れている。
 なんか既視感がある。出雲くんだ。出雲くんもこんな感じだったな。
「太陽、大丈夫? ほら掴まって」
 僕は歩みを止め、太陽がちょうど目前までたどり着くと太陽の腕を取って肩に回した。太陽は苦しげに顔を上げ「ごめん」と小さくか細い声で呟いた。
「エデンでは、散歩したことなかったから……こんな運動したの、久しぶり」
 ゼェハァ息をつまらせながら言った。そうだよな。エデンでは人が働いていない。みなロボットである。人のように働き、大して人は怠慢にのうのうと過ごしロボットがしてくれる社会に呑気である。北区とか特に。だからあのテロ行為が起きたとき、みな怒りを露わにしたんだ。

 それから歩き続けること再び二十分経った刻のこと、小さな家を見つけた。木造建築で障子やガラスが割れているところには折り紙が貼ってあった。ここはまさか、守人でいうと宮殿ではないか。
 随分とこじんまりに。
 そして中まで案内された。時計やテレビなどもの一つ置いてない。静かで広くて、なんとも不気味な場所。座布団に座り対面になる。
 水道は通っているらしい。散々歩き疲れてヘトヘトになっている僕らに透明な水のコップを近くに置いた。水を飲むとその乾いた場所が潤って生き返る。水がこんな美味しいと思う日が来るなんて。
 良太だけは怪訝に飲んでいなかった。太陽もあれ程疲れたのだからもっとグイ、と飲んでいいのに一口だけ。
 最初に話を切り出したのは太陽。堅苦しい挨拶とエデンで立て続けにあった革命と王政復古。東の守人は静かに聞いていた。微動だにしないから生きているのかさえ疑う。
 肌が真っ白い。島暮らしならある程度日焼けするのにまるで、直射日光すら浴びてない雪のような白さ。黒い髪の毛が床につき、床面全体に広がっている。話を最後まで聞いた守人はコクリと首を頷いた。暫しの沈黙。
「あ、そうだ。空、北の守人様から手紙受け取ったんだよね」
 太陽がくるりとこちらに振り向いた。話がこれ以上終わって仕方無しに話題を振られた。僕はいそいそと懐から明保野さんに貰った手紙を床に置く。
「これは、あけ、北の守人様からあなたに感謝の手紙です」
 僕は白い封筒を東の守人様の傍らに置いた。守人はすっと手に取りその封を開ける。パラと開いた手紙。なんて書かれているのか分からないが、守人の表情が少し穏やかになった。そんな気がする。
 手紙を読んだ守人はそれを胸にペコリと深く1礼した。

 当初の予定『エデンの新政権』それから『結界を守護してくれたことの感謝』をようやく達成した。その重荷がすっと軽くなり、僕たちはついついあらぬことまで訊く。
「ここでは1人で?」
 太陽が訊くとうん、と頷く。
「どうやって一人で生活を? やっぱり魚?」
 太陽が怪訝に訊くと横にあるダンボールを指差した。それは地球の民である僕ら四人にとって見慣れたそれは懐かしいダンボール箱。
「配給がくるんだ」
 ほっと胸を撫で下ろす。
 懐かしいものを見たせいで妙に安堵感と、守人に対して共感性が湧いてきた。嵐が「どうやって」とボソと呟いた。それは確かにそうだ。島に来るまでの荒波。あれを超えないとここまで辿り着けない。ダンボールは真新しく最近まで配給してくれたもの。どうやって、の質問に守人はすっと立ち上がりダンボール箱を手に取りもう一度戻ってきた。
 取ってきたダンボールを無言で手渡す。太陽が恐る恐るそれを受け取ると、ダンボール箱の底に白い紙が入っていた。

 発注書みたいな紙だ。どれどれ、発注した人物は――
「西の守人様から」
 太陽が感慨深くその紙を凝視した。西といえば確か――『北は目。南は顔。西は頭。東は心臓』『様々な文献や機械を保管する』それが西だ。行ったことないけどきっと凄いところなんだな。エデンという場所は何処も華やかに決まっている。行ったこともない西の地区を勝手に想像して消していく。

 そうか。西からよく配給されるので生きる分は困らないと。
「いやいや困んだろ」
 良太が呆れ気味に息をついた。じっと守人を見る。包帯で隠された目を。守人はコテンと首を傾げた。
「一人で生きていくのは限界がある。ましてや孤島で孤独にずっとその責務を任されてるなんて、精神が麻痺する」
 そうだ。守人は自分が管轄する場所から離れちゃいけない。その暗黙のルールがある。この人はここでずっと一人で……。


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