上 下
38 / 101
Ⅲ 奪取の魔女 

第37話 向けられる眼差しの事実

しおりを挟む
 かつて、ココアとスバルがパン屋の直美さんを見てこう告げていた。『僕らを目の敵にしている』と。あれはあながち、間違っていなかったのだ。わたしだけが気づいていなかった。

 信じていたものに裏切られ、途方もない絶望に苛まれた。目の前が真っ暗で見えない。 深い谷底に突き落とされた気分だ。
「どうして魔女が……畏怖されるの?」
 その声は震えていた。
 マドカ先輩が眉をハチの字に曲げた。おばあちゃんも、悟った表情。マドカ先輩が、自分たちの立場が嫌われているのを、随分前から知っていた。
 そして、おばあちゃんは学校に眠っている、アリス様を北欧神話ウルド様と分かっている。おばあちゃんは、数百年間生きているらしい。アリス様が、ウルド様と呼ばれ、世間から敬愛され言われていた頃の子どもだった。
 
「魔女が畏怖されるのは、神殺しをやっているからさ」
 おばあちゃんが教えてくれた。わたしはカッとなった。
「でも、それは大人のせいで、先祖のせいでしょ?」
「確かに、大人のせい。子どもは罪もない。だが、それを知らない世代がどんどん生まれ、ついには罪が子どもになすりつけていった」
 おばあちゃんの細い目から、つぅと透明な涙が零れた。おばあちゃんは流れる雫を、ハンカチで拭き取る。鼻水を啜って。
「ほんとに申し訳ない。大人の罪を子どもになすりつけた。大人として恥」
 マドカ先輩がおばあちゃんの背中をさすった。おばあちゃんは、罪を乞うようにして泣き出したので、マドカ先輩が代わりに喋る。
「私たちの学校は、植物園やら畑とかありますよね? そのお金は、どこから貰ってくると思いますか?」
「まさか……街から?」
 恐る恐る、これが答えじゃないと信じたかった。だけど、現実はあまりにも残酷だった。
「その通りです。資金は全て、街の住民から奪っています。嫌われて当然ですよね? 街の人たちも暮らしがあるのに、そのお金を掻っ攫っい、無駄な建物を作っている」 
 マドカ先輩は、残酷な現実を淡々と言った。それは、冷たい地べたに叩き付ける衝撃。そんなまさか、わたしたちの教室、ウルド様がいる地下、あの植物園を建てたお金は、街の人から掻っ攫ってつくっていたなんて。
 街の人たちは生活が苦しいのに、わたしたちは知らないで、ぬくぬくと生活してた。欲しいものを頼めば、用意してくれるし、食べ物には困らなかった。

 街の人たちの眼差しがやっと、わかった。
 畏怖され、嫌われて当然だ。

 それじゃあわたしたちは、魔女は、世界を救っているの? 世界を救っていた気になっていた。ほんとは違う。世界中魔女なんて、いなくなればいいと思われていたんだ。

 それじゃあ、わたしたちは何をしていたの?
 何を守ってきたの?
 何を誇りに生きいたの?

 これまでの全てが否定された。目の前が暗闇で、ドロドロの沼に足が浸かっていく。粘土のような泥で、落ちたら永遠と這い上がれない暗闇へ。
 そんな泥に浸かったわたしに、希望の光を与えたのは、マドカ先輩。わたしの手を握り、ぎゅと抱擁した。
「絶望しないでください。大丈夫。あなたは一人じゃない」
 優しく言った。その声は、暗い泥の中にさえ温かみを与えた。足に浸かっていた泥が溶け、現実世界に引き戻される。
「ユナさん、確かに何の為に戦って守ってきたんだ、と絶望に打ちのめしているでしょう。ですが、前を向いてください。うつむいても、時間は止まってくれないのだから。大丈夫です。私がいます」
 にこっと穏やかに笑った。
 横にいたおばあちゃんも、鼻水を啜り、涙を止めて「そうだ」と頷いた。

 例のあの子とは、わたしのようにこの真実を知り孤独になった魔女がいた。おばあちゃんが言うには、昔のこと。マドカ先輩的に言うと、数十年前の出来事だったと語る。
 その子は絶望に打ちのめされ、ある日、街中で自さつした。ある店のトイレで、首をつって。
 その子の近くには、小さなメモ書きが遺されていた。『永遠に忘れるな』と。その子は、孤独で寂しくて、自分たちを否定してきた街の人たちに自分の死を、知らしめたかったんだ。
 そのせいで、街の人たちからさらに畏怖された。この一件で、学校側も考えてこの事実を、知らせないことにした。だから、わたしたちには何も教えられてこなかったんだ。

 数十年前に、そんな事があったなんて。知らなかった。知る必要があるのに、無知だった。何もかも。
 それから暫くしてから、駄菓子屋を出た。おばあちゃんは最後に飴をくれた。お店のものを無料で。生活が苦しいのに。それでもおばあちゃんは、大人の責任をさせてくれ、とわたしたちに与えた。
 わたしはイチゴ飴。
 マドカ先輩はリンゴ飴。
 口の中でコロコロ転がすと、味が出てきて美味しい。砂糖みたいに甘い。

 むろん、このことは他言無用。殆どの魔女が、自分たちの行いを信じ希望を抱いているから。その希望を、絶望に打ちのめすことはしたくない。
 特に、ナノカ。
 ナノカは、わたしみたいに自分たちが街の人たちを守っているんだ、て信じきっている。疑う心もない。
 だから、その心を壊すことは口が裂けても言えない。 

 おばあちゃんと喋っていたら、約束の二十分も過ぎていた。シノ、絶対一人で待っているだろうな。わたしたちは、大急ぎで帰ると校門前にシノがいた。
 持参してきた本で、読書している。この暑い中、ずっとここで待っていたのだろうか。
「ごめん! シノ!」
 駆け寄ると、シノは気づいて本をパタリと閉じた。
「駄菓子屋、そんな手こずったの?」
 あれ、怒っていない。ずっとここで待たされていたのに、けろりとしている。
「ううん。その、ちょっと話し込んでいた」
 他言は無用。それは親友でも。心は壊したくないから。わたしは後ろの頭をかいた。シノは、その行動にじっと睨むも、そばにいたマドカ先輩に目をやる。
「お疲れ様です。スズカ先輩が待っています」
「まぁ!! スズカさんが!? やっぱり釘の在り処を教えていなかったからね」
 マドカ先輩は、嬉しそうに。わたしと居たときよりすごい嬉しそうに、この場を去った。スズカ先輩がマドカ先輩を執着しているのは分かったけど、マドカ先輩もそれなりにしてるし。
 このところ、喧嘩して肩を落としていたけど、そんなのは全然なくてむしろ元気。満面の笑みで、去っていった。
 マドカ先輩が、ピューと立ち去り残されたわたしたちは、虚無感。仕方なく校門を一緒に入った。
「シノもお疲れ、コルクとか集まった?」
「そうね。代々は。そっちは?」
 ギクリとした。
 だって、シノ切れ長の目でじっとこっちを観察するんだもん。シノの観察力は、些細な行動でも探偵のように、解明する。
 この切れ長の目から、離れられない。
「こっちは、マドカ先輩がいたから準備万端だよ。お菓子は全部発注して届けられるし」
 怪しまれないように、普通に、わたしらしく言った。あれ、わたしらしくてどんなだっけ。
 シノは、じとと睨む。まるで、頭の裏まで見過ごしているような目。
 わたしは耐え切れなくて、シノの後ろに回った。シノは、少し目を見開いて振り向く。
「シノの足も疲れただろうから、わたしが押すね!」
「構わないけど……」
 電動スイッチを消し、車椅子を押した。
 軽い。難なく進む。校門には、段差がなくてバリアフリーになっている。これは、薬物の飲みすぎで人体に影響があった魔女のために、設備したのだろう。
 街の人の税金で。
 玄関はスロープになっていて進むことができる。

 シノと目を合わさなくて良かった。白状しちゃうところだったよ。もう空は夕陽だった。白銀の色だった天井の照明が、真っ赤な果実のように、紅く照らしている。
 夕陽の表現だろう。
 辺りは血のように真っ赤になり、建物の影が大きく、長く伸びていた。
 シノの白い髪の毛が、赤くなっている。まるで、血のようだ。
 腰まである髪の毛は、さらさらしてて風になびくたび、その綺麗さに魅了される。
「ねぇ」
 シノがおもむろに口を開けた。
「何?」
「さっき、嘘ついたでしょ」
 ざぁ、と風が吹いた。強い風がわたしたちを襲う。頬を伝った雫は、冷たかった。もう暑くもないのに、汗を全身にかいている。
「な、なんのこと?」
 平静を保とうと、放った言葉がこれ。
 これが逆に、観察力の強いシノが確信持った。
「慌ててる。心拍数が激しい。汗でてる。ユナ、気づいていないだろうと思うけど、嘘ついたりとか、ごまかすときとか、必ず後ろの頭をかく仕草をつけるの」 
 シノは、淡々と言った。
 開いた口が塞げない。シノの観察眼恐るべし。実際舐めていたのかも。これほどとは。
「別に。ナノカも気づくほど単純よ」
「そ、そんな?」
 シノはやれやれとため息をたいた。わたしのほうを向いた。真面目な表情で。
「何で嘘ついているのか、分からないけど、私にはそのごまかし、通用しないから」
「……シノには完敗だよ」
 トホホ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...