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Ⅲ 奪取の魔女 

第33話 案

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 生徒会は祭りで出し物をすることになった。毎年恒例。去年は、料理できる先輩がいて「焼きそば」を出したらしい。その一昨年は「輪投げ」で、今年は何を出すか。
 わたしは、毎年街のお祭りに行っていた。唯一の暇潰しみたいな感じだったから。
 それが今や、盛り上げる役なんて。考えもしないだろう。
「わたしは」

 わたしが祭りで楽しかったこと、それはみんなで浴衣着て、街にいって、あの華やかでキラキラ輝いて、歓声な声が湧き上がる祭りの情景が、瞼の裏で思い出す。

 みんなで可愛い浴衣を着て、街におりて、綿菓子食べたな。下駄がカランカラン鳴って、歩きにくくて、つい転びそうになったとき、ココアが助けてくれたな。

 金魚すくいや射撃では全然取れなくて、イメージでは上手くいってるのに、現実では全然上手くいかなくて、見兼ねてリュウが取ってくれたな。

 金魚すくいでは、リュウが大きな魚とってくれたな。白い金魚で珍しくて、どうしても取りたくて、何度も紙を失敗して。でも、リュウはたった一度ですくい取った。すごかったな。

 射撃で取ったお菓子なんか、もう絶対食べないて誓ったほど嬉しくて、そのときはみんなで分けて食べたんだっけ。その味は、砂糖みたいで甘くて、いつまでも舌で転がっていた幸せだった。
 そう幸せだった。ずっと続くと思っていた。現実は、砂糖みたいに甘くはない。

「わたしは……射撃とか、やりたい」
 無意識に口にした。
 あのときの、砂糖みたいな思い出がつい口にしてしまった。言ったあとの祭り。わたしが提案した「射撃」がマドカ先輩に通った。マドカ先輩は射撃に決まって、ウキウキ。だが、
「射撃は色々と景品があるから、予算が高い」
 会計のシノが頭が痛いことを言ってきた。
「まぁまぁシノさん。いいじゃない。予算のことは後回しで」
 マドカ先輩がシノの肩に手を置いた。
 シノは怪訝な表情で、マドカ先輩をじとと見た。全く楽観的な考えをする人間(ナノカ)を見る目と同じ視線だ。
 マドカ先輩、ほんとにお祭り好きなんだな。普段は予算とか考えてるのに、こういうとき楽観的な考えするなんて、ちょっと可愛い一面だな。
「わたくしも嫌ですことよ」
 スズカ先輩が便乗してきた。
 足をくみ、胸の下で腕を組んだ。いつも真面目で殺気たてる雰囲気が、より一層鋭くなっている。
「お祭りは、老若男女楽しむもの。射撃とか、苦手な方が多いですわ。そこの、白髪さんは大得意ですけど」
 白髪……シノのこと言ってる。
 わたしはむっとした。それに気づいても、スズカ先輩は、話を止めない。
「わたくしの言ってることは、間違っていると? 老若男女楽しむ祭りではないと、わたくしたち生徒会も批難されますわ。宜しいこと? 生徒会が批難されるのはたまったもんじゃありませんわ。誰が特に批難されると? マドカよ! マドカが批難されるて考えたら……」
 空気がまた静かになった。
 スズカ先輩の怒声が部屋中に響いている。スズカ先輩の言いたいことは、あとからこう解釈できた。『生徒会が批難されるのはマドカ先輩が批難されるのと同じ』
 静かで、少し重い空気が流れた。
 時計の針がカチコチなる。
 暫くしてから、誰かが口を開いた。マドカ先輩だ。
「こうしましょう! 射撃の範囲を変えてみたりしましょう。例えば、子どもの場合、近い距離。大人の場合は遠い距離で、景品は駄菓子屋のお菓子をミックスにいれたもの」
 マドカ先輩は、胸の前に手を合わせ自信満々に言った。
 スズカ先輩だけじゃなく、シノまでもため息の音が聞こえた。
「距離を変えるて、大変なことですのよ? 子どもと大人を分けないといけませんし、それにお店の範囲は各決まっている。もし、お隣のお店に迷惑な事態を起こせば、生徒会の恥ですわ」
 スズカ先輩が、やれやれといった感じで正論をズバッと吐く。
「駄菓子屋のお菓子は賛成……です。予算はせいぜい千円内になる……なります。けど、ひと袋に何個入れるのか分からないわ」
 シノが電卓をカタカタ鳴らした。
 こちらも、正論を当たり前に吐く。マドカ先輩にダブルアタックだ。生徒会に毒が二人もいる。
 二人の正論を受けて、マドカ先輩は暫く考えこんだ。どうしよう。がっかりさせちゃたかな。
 暫くしてから、マドカ先輩が口を開いた。あのだんまりが嘘のように、明るい表情で。
「だったらこうしましょう。距離じゃなくて、高さをいけばいいのです。高さの範囲はないので。確かに子どもと大人を分けるのは難しいので、だったら大人も子どもも同時に射撃すればいいのでは? お菓子はひと袋、八個で」
 マドカ先輩の提案に、流石のスズカ先輩もあんぐり。確かに高さの範囲はない。
 だけど、後半に言った『大人も子どもも同時に射撃』とは。一体どんな図で思い浮かべてそんなことを。
「一体どんな図を思い浮かべて仰った!? 呆れますわ!」
 スズカ先輩が勢い良く立って、怒鳴りこんだ。生徒会室、学校中に響き渡る雷を落とす。廊下から、何事かとざわざわする声が。でも、その声の主がスズカ先輩だと分かると、すぐにその騒然は消える。
 スズカ先輩はいつも、怒鳴っているからだ。みんな、いつものことだろうと思ったのだろう。

 いつもりより、殺気立っている。異様な空気だ。祭りの出し物で、こんなに荒れているのは初めてだ。スズカ先輩の荒い呼吸と時計の音だけが流れていた。
 スズカ先輩は、今回の祭りの話だけじゃない。他にもっと何かで怒っている。もっと重大な。
「わたくしは知っている。あなたが、次の生徒会長の座をこの女にしている話……他の方も知ってますのよ」
 スズカ先輩が指をさした。わたしに。
 マドカ先輩の次の生徒会長の座、その座に、わたしを指名している。どうして。わたしなんかが、マドカ先輩の座に。
「ど、どうして」
 この異様な空気に、わたしが立っている。マドカ先輩は、否定も何もしなかった。
「そうですか。そのとおり。私は、次の生徒会長にユナさんを推しています。今度のお祭りでは、生徒会最後の行事、だから張り切りすぎて、スズカさんに言うのを忘れていました。けど、もう伝わっているのですね」
 しょんぼり肩を竦めた。
 この人は、冗談を言わない人だ。こんな真面目で優しい人が、わたしをおちょくるわけがない。
 本当に、マドカ先輩はわたしを生徒会長の座に座らせようとしている。どうして。なぜ。そして、スズカ先輩は、荒い呼吸を整えないまま叫んだ。
「どうしてこんな弱い女を! 今日だって、わたくしたちに守られて生きてる。生徒会長とは、強くなければならない。弱かったら、守れるものも守れない! 救えるものも救えぬまま、守られて、生きて、そんなの、恥しかないですわ!!」 
「確かに。弱い者は死にます。守れるものも守れません。ですが生徒会長とは単に〝強さ〟を求めるものじゃありません。〝優しさ〟〝勇気〟も持ち合わせているのです。そして、ユナさんは弱くはありません」
 一触即発の空気。
 虎と龍が見つめ合って、互いの意見を折れないようにバチバチと閃光がたっている。メラメラと熱い炎が背後に。
 もう、殺し合うような雰囲気だ。普段の二人とはかけ離れている。こんな二人、見たことない。
 お互い、真剣に見つめ合ってわたしたちは、手も足も出なかった。というか、出せない。空気がピリピリして、二人の近くに来ようとすれば、たちまち、二人が襲いかかるのではないかと。

 一触即発の空気を断ったのは、外からノックもせずに遊びに来たマナミ先輩がやって来たからだ。普段、生徒会室を遊び場としか考えていないようだけど、今回ばかりは助かった。
 マナミ先輩が来たことで、二人はそっぽを向いた。目も合わさない。会話しない。凄い距離を取っている。 

 スズカ先輩とナズナ先輩、マナミ先輩は部屋を出ていった。一度も、マドカ先輩に振り向かずに。
 残ったのは虚無の空気と、わたしとシノ。シノが奥のほうで、お茶を沸かしてくれている。きっと、あの空気に疲れたのはわたしたちだけじゃないから。
 二人になった。
 気まずい空気。何を言えばいいのか、まず、どうしてわたしを生徒会長に? いやそれよりも、スズカ先輩との仲だ。二人は、生徒会の顔。そんな二人が、お祭り前に喧嘩なんて、後輩のわたしたちが不安だ。
「ごめんなさい。見苦しいものを見せてしまい」
 マドカ先輩がしょんぼりして言った。声のトーンが低い。やっぱり落ち込んでいる。
「いえ。その……」
 わたしは、ずっと疑問に思っていたことを口にしたいけれど、今のマドカ先輩は精神的に弱っている。ここは、マドカ先輩の心を落ち着かせないと。

 ちょうど、シノがお茶をいれてきてくれた。心が落ち着く、ハーブティーだ。良い香りが鼻孔をくすぐる。
 わたしたちは、ハーブティーをゆっくり飲んだ。結局、祭りの出し物は「射撃」で決まり。予算とか、揉めていたところはどうなるのか、分からない。
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