勝敗

【小人vs俺】

　最近物がなくなっている。偶然なんかじゃない。ずっと大事にしていたカバンにつけているキーホルダーをなくし、大事な書類がことごとく紛失している。先輩からはお前の終い方が悪いからだと言われて、納得するしかない。

　それから程なくしてこれは異常だと気付いた。

　あるときは会社の大事な書類だったり、携帯だったり、小物だったのが最近になって生活に必要なものまで手を出してきて呆れを通り越して怒りが芽生えた。警察に話したほうがいいのだろうか。先輩に話したところ、小人がいるんじゃない？　と言われた。

　小人か。
　昔聞いたことがある。小さな小指ほどの小さな小人がこの世にいて、うちの中やその人の大事なものを奪っていくらしい。
　俺は帰りに店によってゴキブリホイホイを何個か買う。家に帰り、それを台所や寝床、あらゆる隙間に入れとく。これでばっちりだ。ここに小人が入れば盗まれる心配なし。

　それから数日後――。

　ゴキブリホイホイを見てみると何も捕まっていない。ただホコリが溜まっているだけ。真っ白だ。これでも捕まらないのか。だったら強力な殺虫剤でもぶちまけるか。それでもやっぱり物がなくなる。今回なくなったのは持ち物じゃない。家の中のテレビだ。そんなことあるか。家の中を盗まれたのならば強盗が入った証拠だ。すぐに警察に連絡したが犯人は見つからない。犯人が見つからないまま、やがて、家の中の家具が減っていった。

　タンスや服、風呂場の蛇口まで。
　なぜ？　だんだん犯人に怒りが湧いてきた。殺意にも似る。監視カメラをつき、仕事も無断欠勤しずっとうちの中に。次の日も盗まれて次の日も。

　監視カメラはちゃんと起動してある。それなのに突然ぷつりと切れるんだ。故障を疑ったがどこも異常はない。小さな小人がやったとしても、これは異常じゃないのか。うちの中にずっといるんだぞ。足音だって気配だってない。それなのにうちの家具は失われている。これは一体全体どういうことだ。もう監視カメラはあてにならない。自分が昼夜起きていれば犯人を見つかるだろう。そしてこの手で捕まえる。

　そして気づいたときには家の中がすっからかんになっていた。見渡すばかり家具がない。本棚も絨毯もなく、新居のように真新しい床板が無感情な俺の顔を映していた。まるで引越しセンターがごとく物が全て消えて圧倒的な虚無感に。

　もう物はなくなった。あと残るのは自分だけ。今回盗まれるのは――。

　突然チャイムがなった。一回の呼び鈴が静寂な空間にビリビリ響いた。一回の呼び鈴だけでそのあとは静かになった。ドアの前で誰かが待っている。久しぶりの訪問者。ずっと引きこもり風呂も入っていないから外見は汚れているだろうな。

　恐る恐る扉に足を運び覗き窓からそっと目をいれた。黒い人間たちが闇に隠れるように潜んでいた。思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げると鍵が壊れた扉がおもむろに開き、そこから複数の闇が俺を襲い連れ去られた。

　それから俺は――中国にいる。
　小人には勝てなかった。職場で物が盗まれたのは先輩の嫌がらせだった。そのことを知るのは随分あとになってからだ。俺はあのあと中国に売り飛ばされ、小汚い場所で小人になっている。