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壱 音無乙子の体探し
第3話 魂
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魂が寄ってこない。わたしだって理解しているはずなのに。
「どうして」
「うむ。それはな。単純に忘れられたのだろう」
「大ボケにも程があんでしょ! カモン! わたしだよ! わたしわたし!」
わたしは手を叩いて招くも微動だにしない。代わりにおばあちゃんが目を覚ましちゃった。
「あら? お客さん?」
「あ、すいません。大きい声出しちゃって。その、そこにいるふわふわなもの、わたしのなんですよ」
わたしは苦笑しながら必死に弁明。おばあちゃんは目をぱちぱちさせて、首を傾げる。「普通は見えないものだ」と探偵が横から助言。それを早く言え。おかしな子な眼差しだろ。もう向けられてる。
「……おばあちゃん今日は元気だね!」
開き直って知り合いを演じる。
猫は未だにシャーと威嚇するが、おばあちゃんは知り合だと本当に勘違いしてわたしを縁側の隣へ手招きした。
おばあちゃんの隣に座り、世間話を聞く。どうするかずっと悶々する。おばあちゃんには魂が見えないとすると、わたしの魂お菓子を釣り上げればすぐにホイホイするんだな。それにしても、ずっとここにいるのに魂は知らんぷり。本当にわたしのこと忘れたのか。探偵は庭の影で隠れてちっとも助けてくれない。
なんだよ。助手の話は絶対断ってやる。
おばあちゃんは楽しそうに、それはまぁ、楽しそうにわたしを孫のように接してくる。どうしよう。良心が痛む。
あれ、目が霞む。視界がどんどん白くなってきている。
「どうしたんだい?」
「ううん。なんでもない。なんか……眠くなっちゃって」
何度目を擦っても視界が白い。おばあちゃんの声も遠くなる。なんだろ、体に違和感がない。むしろふわふわしている。
おばあちゃんは横になり、と言ってくれたが、騙してるしもうこれ以上、おばあちゃんのこと引っ掻き回したくない。わたしは大丈夫だと言い切って庭を出た。
探偵はいなかった。代わりに死神がいた。シチゴさんとナインさん。シチゴさんがわたしの手を握りあつく抱擁する。
「お迎えにあがりました。お嬢様」
「は?」
シチゴさんはニコニコと笑い、代わりにナインさんが真面目な顔。眼鏡を上にあげる。
「残念ですが、魂が戻らない為貴方を迎えに来ました」
その言葉はあまりにも衝撃的で言葉が出なかった。死神は魂をあの世に送る役目。その死神からお告げが来た。
「わたし、死んだ?」
「えぇ」
死神二人が頷く。そんな、どうして、まだ時間があるはず。なのに、なぜ。胸中が不安と恐怖でぐるぐると渦巻く中……。
「おや、来たのかい」
おばあちゃんがひよっこり顔を出してきた。おばあちゃんは死神に向かってありがたや、と胸の前で手を合わせる。シチゴさんがおばあちゃんの肩を抱き寄せた。
「これはこれはお美しいレディ。貴方の魂はまだ微力ながらに輝いております。今日出会えたこと、最高の日と永遠に刻みましょう!」
シチゴさんがおばあちゃんの手の甲にキスを落として、ニコリと紳士に笑う。この死神、本業はホステスなんじゃないだろうか。
「ナンバー9,075。不用意に触れるなとあれ程……。手を離しなさい。お婆様の死日はあと1ヶ月ですね」
ナインさんが真面目な表情で言う。シチゴさんが「パイセン、死ぬ日言ったら業務妨害だ!」と大声でケタケタ笑う。おばあちゃんは「あらそうなの」と割とあっさり納得。
その前に、わたしの魂すっかりおばあちゃんに懐いて離れやしない。本体ここにいるのに無視しやがって。死神もそれを分かってか、魂に近づく。
わたしは即座に立ちふさがる。
「あの、もう少し時間を頂けませんか? わたし、やりたいこといっぱいあるんです! そんな未練たらたらなまま死んだら絶対末代まで呪いますからね! これ冗談じゃないですから、本気ですから!」
わたしはカッとなって、大空に響くほど宣言。死神も探偵もこの場にいる全員ぽかんと呆ける。わたしは逆にふんぞり返った。末代まで呪うのは本気だ。
「え~営業妨害として邪魔なんですけどー」
シチゴさんがニコニコ笑っていうが、目は笑っていない。すると、今まで手も足も出してこなかった探偵が間に入ってきた。
「末代まで呪うと言われちゃ、腰を上げなくてはな。任せよ。悪鬼さえも慄くこの神が! 魂を維持する時間を与えよう!」
「それ早よやれや」
「まずは感謝の意を込めなさい」
わたしはバチバチと探偵を睨みつける。探偵はそれを鼻で笑い、腕を伸ばした。わたしのオデコに人差し指でツン、と触れる。その瞬間、何かが弾けたと思った。〝思った〟という表現は殊更で強く大きな風のようなものが流れたから、そう〝感じた〟のだ。
体を改めて見下ろすと、首まで透明だったのが色をつき腿まで下がっていた。相変わらず足は透明だがそれなりに感触がある。わたしはびっくりして声が出ない。自称神を少し侮っていた。この人、それなりに力があるのか。
「これで少しは無事だろう? さっきも言ったがお前の魂はそこにいる老婆に引き寄せられてる。何かがあってこの老婆から離れられないのなら、お前がその問題を解決しろ」
探偵は真面目な表情で言った。今まで飄々とした風体だったのに、いつになく真剣な雰囲気になるとビビる。
「問題?」
わたしは眉をひそめる。
そういえば、おばあちゃんと縁側で話していたとき猫について悩んでいたな。ずっと飼っていた愛猫がもう三日帰ってこないと。
その猫は……おばあちゃんの足元に擦り寄りまるで、気づいてといいたげにニャァと鳴く。
「おじいさんと一緒に飼ってた猫なのよ。そのおじいさんに先立たれてひとりぼっちだったわたしに、ずぅとついてくれた猫なの。玄関にご飯を置いても帰ってこなくて心配で。だから死ぬ前に帰ってこないかね」
おばあちゃんは不安な顔をして俯いた。おばあちゃんには視えないらしい。
その猫が既に亡くなっていること。猫はそれでもおばあちゃんの側に寄り添っている。とっくに魂は還っているのに、霊としてここに留まるのはそれ程おばあちゃんが好きなんだ。わたしの魂は、おばあちゃんが心配なのかな。
猫は主人に気づいてもらえないのに、健気にニャァニャァ鳴き続けている。この世にもういないことくらい教えていいよね。わたしは猫を手招きした。猫は小首を傾げてゆっくり近づく。
「君は一体どこにいるのかな?」
「ニャァ」
猫語じゃ分からないな。猫は一旦その場から離れた。まさか案内してくれるのか。颯爽と軽快に歩く猫の後を追い、車通りが激しい道へ出た。
「何処まで行くのかニャ?」
などと話しかけていると、猫が振り返って円な瞳を向けてきた。可愛い。抱っこして撫で撫でしたいのに霊体だから抱えることもできない。エアーでやるのみ。霊体を触っても普通は触れないのに触れる。もしかして、こちら側に足を突っ込んでいるから。
「……何してますの」
怪訝な声がして振り返ると、同級生の女の子に目撃された。
「どうして」
「うむ。それはな。単純に忘れられたのだろう」
「大ボケにも程があんでしょ! カモン! わたしだよ! わたしわたし!」
わたしは手を叩いて招くも微動だにしない。代わりにおばあちゃんが目を覚ましちゃった。
「あら? お客さん?」
「あ、すいません。大きい声出しちゃって。その、そこにいるふわふわなもの、わたしのなんですよ」
わたしは苦笑しながら必死に弁明。おばあちゃんは目をぱちぱちさせて、首を傾げる。「普通は見えないものだ」と探偵が横から助言。それを早く言え。おかしな子な眼差しだろ。もう向けられてる。
「……おばあちゃん今日は元気だね!」
開き直って知り合いを演じる。
猫は未だにシャーと威嚇するが、おばあちゃんは知り合だと本当に勘違いしてわたしを縁側の隣へ手招きした。
おばあちゃんの隣に座り、世間話を聞く。どうするかずっと悶々する。おばあちゃんには魂が見えないとすると、わたしの魂お菓子を釣り上げればすぐにホイホイするんだな。それにしても、ずっとここにいるのに魂は知らんぷり。本当にわたしのこと忘れたのか。探偵は庭の影で隠れてちっとも助けてくれない。
なんだよ。助手の話は絶対断ってやる。
おばあちゃんは楽しそうに、それはまぁ、楽しそうにわたしを孫のように接してくる。どうしよう。良心が痛む。
あれ、目が霞む。視界がどんどん白くなってきている。
「どうしたんだい?」
「ううん。なんでもない。なんか……眠くなっちゃって」
何度目を擦っても視界が白い。おばあちゃんの声も遠くなる。なんだろ、体に違和感がない。むしろふわふわしている。
おばあちゃんは横になり、と言ってくれたが、騙してるしもうこれ以上、おばあちゃんのこと引っ掻き回したくない。わたしは大丈夫だと言い切って庭を出た。
探偵はいなかった。代わりに死神がいた。シチゴさんとナインさん。シチゴさんがわたしの手を握りあつく抱擁する。
「お迎えにあがりました。お嬢様」
「は?」
シチゴさんはニコニコと笑い、代わりにナインさんが真面目な顔。眼鏡を上にあげる。
「残念ですが、魂が戻らない為貴方を迎えに来ました」
その言葉はあまりにも衝撃的で言葉が出なかった。死神は魂をあの世に送る役目。その死神からお告げが来た。
「わたし、死んだ?」
「えぇ」
死神二人が頷く。そんな、どうして、まだ時間があるはず。なのに、なぜ。胸中が不安と恐怖でぐるぐると渦巻く中……。
「おや、来たのかい」
おばあちゃんがひよっこり顔を出してきた。おばあちゃんは死神に向かってありがたや、と胸の前で手を合わせる。シチゴさんがおばあちゃんの肩を抱き寄せた。
「これはこれはお美しいレディ。貴方の魂はまだ微力ながらに輝いております。今日出会えたこと、最高の日と永遠に刻みましょう!」
シチゴさんがおばあちゃんの手の甲にキスを落として、ニコリと紳士に笑う。この死神、本業はホステスなんじゃないだろうか。
「ナンバー9,075。不用意に触れるなとあれ程……。手を離しなさい。お婆様の死日はあと1ヶ月ですね」
ナインさんが真面目な表情で言う。シチゴさんが「パイセン、死ぬ日言ったら業務妨害だ!」と大声でケタケタ笑う。おばあちゃんは「あらそうなの」と割とあっさり納得。
その前に、わたしの魂すっかりおばあちゃんに懐いて離れやしない。本体ここにいるのに無視しやがって。死神もそれを分かってか、魂に近づく。
わたしは即座に立ちふさがる。
「あの、もう少し時間を頂けませんか? わたし、やりたいこといっぱいあるんです! そんな未練たらたらなまま死んだら絶対末代まで呪いますからね! これ冗談じゃないですから、本気ですから!」
わたしはカッとなって、大空に響くほど宣言。死神も探偵もこの場にいる全員ぽかんと呆ける。わたしは逆にふんぞり返った。末代まで呪うのは本気だ。
「え~営業妨害として邪魔なんですけどー」
シチゴさんがニコニコ笑っていうが、目は笑っていない。すると、今まで手も足も出してこなかった探偵が間に入ってきた。
「末代まで呪うと言われちゃ、腰を上げなくてはな。任せよ。悪鬼さえも慄くこの神が! 魂を維持する時間を与えよう!」
「それ早よやれや」
「まずは感謝の意を込めなさい」
わたしはバチバチと探偵を睨みつける。探偵はそれを鼻で笑い、腕を伸ばした。わたしのオデコに人差し指でツン、と触れる。その瞬間、何かが弾けたと思った。〝思った〟という表現は殊更で強く大きな風のようなものが流れたから、そう〝感じた〟のだ。
体を改めて見下ろすと、首まで透明だったのが色をつき腿まで下がっていた。相変わらず足は透明だがそれなりに感触がある。わたしはびっくりして声が出ない。自称神を少し侮っていた。この人、それなりに力があるのか。
「これで少しは無事だろう? さっきも言ったがお前の魂はそこにいる老婆に引き寄せられてる。何かがあってこの老婆から離れられないのなら、お前がその問題を解決しろ」
探偵は真面目な表情で言った。今まで飄々とした風体だったのに、いつになく真剣な雰囲気になるとビビる。
「問題?」
わたしは眉をひそめる。
そういえば、おばあちゃんと縁側で話していたとき猫について悩んでいたな。ずっと飼っていた愛猫がもう三日帰ってこないと。
その猫は……おばあちゃんの足元に擦り寄りまるで、気づいてといいたげにニャァと鳴く。
「おじいさんと一緒に飼ってた猫なのよ。そのおじいさんに先立たれてひとりぼっちだったわたしに、ずぅとついてくれた猫なの。玄関にご飯を置いても帰ってこなくて心配で。だから死ぬ前に帰ってこないかね」
おばあちゃんは不安な顔をして俯いた。おばあちゃんには視えないらしい。
その猫が既に亡くなっていること。猫はそれでもおばあちゃんの側に寄り添っている。とっくに魂は還っているのに、霊としてここに留まるのはそれ程おばあちゃんが好きなんだ。わたしの魂は、おばあちゃんが心配なのかな。
猫は主人に気づいてもらえないのに、健気にニャァニャァ鳴き続けている。この世にもういないことくらい教えていいよね。わたしは猫を手招きした。猫は小首を傾げてゆっくり近づく。
「君は一体どこにいるのかな?」
「ニャァ」
猫語じゃ分からないな。猫は一旦その場から離れた。まさか案内してくれるのか。颯爽と軽快に歩く猫の後を追い、車通りが激しい道へ出た。
「何処まで行くのかニャ?」
などと話しかけていると、猫が振り返って円な瞳を向けてきた。可愛い。抱っこして撫で撫でしたいのに霊体だから抱えることもできない。エアーでやるのみ。霊体を触っても普通は触れないのに触れる。もしかして、こちら側に足を突っ込んでいるから。
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