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第4話 罪のアリス
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二日目の〝裁判〟が行われた。
――さぁ、アリス犯人は誰か
赤の女王が問いかける。この威厳とした声になんやかんやで聞きなれてしまった。
「赤の女王、その前に一つ言います。私は一ヶ月前から記憶がありません」
ざわざわと騒ぎだした。当たり前だろう。処刑されかけた人物が実は記憶喪失だと誰も思わないだろう。
イモムシが途端に大声で笑いだす。いつも口に含んでいた煙草を自ら離し。
「はっはははは! これは傑作だ。アリス、今度は何を気ままにするつもりだ?」
勝手に言ってやればいい。私は再び赤の女王に質問を投げかけた。
「赤の女王はお茶会に出席した時、既にケーキは用意されていた。そうですよね?」
コクリと大きく頷く。
「なくなったケーキの色、形は分かりますよね?」
赤の女王は怪訝とした顔をした。枝葉にも因われない強くしっかりとした顔たちの人が不安にかられたように眉を潜めている。応えたのは赤の女王ではなく、イモムシ。イモムシもあのお茶会に出向いていたから、さも、ペラペラと語りだす。
なくなったのはイチゴが飾ったショートケーキ。生クリームよりもイチゴを多めに盛り付けたケーキ。それは特大サイズなもので。チェスの盤のように大きかったという。
すると、イモムシが証人を呼んだ。驚く展開に証人者は隣のクラスの三月うさぎと眠りネズミだった。二人とも、話したことないし記憶が失ってから接触もしたことない。
二人はトランプ兵に鉄の枷を嵌められ、顔はげっそりやせ細っていた。恐る恐る処刑台に並んだ。処刑台に立った初めての人間のように大きく身震いしている。初めて立った人間なら、この場は恐ろしいだろう。ま、私は何度も立たされてこう慣れてしまったけど、この二人はどうだろ。
いつもシャツをはだけて体を見せびらかす三月うさぎから口を開いた。
「あ、赤の女王様のケーキなんて食ってませんし取ってもいません! 信じてください!」
彼の必死な声が裁判に響いた。
私も流石にこの姿を見て、この人じゃないと判断する。
「僕……ずっと眠ってたから……分かんないや」
大きな欠伸をし、眠りネズミが言う。今にでも寝そうな勢いで目が虚ろだ。確かにこの二人はお茶会に出席していた人物だ。でもどうして今ごろになって、この二人を調べる。赤の女王が根掘り葉掘り質問を投げかける。
本当に食べていないか、お茶会が始まる前どこに居た、とかそんな質問。二人は怯えながらも応える。
全ての尋問が終わり、二人は鎖から解放され処刑台から降りた。赤の女王の尋問は本当に事細かく根掘り葉掘りだった。
そうして、二日目の裁判が終わった。
「アリス!」
終わった直後、私のもとに駆け寄ってきたのはチェシャ猫でもなく、マッドでもなく同じく処刑台に立った三月うさぎと眠りネズミだった。二人はまだ顔が青白い。
「どうしたの? 二人とも」
「じ、実は……」
切羽詰まったような顔して、私に小声で話す。
「え!? 赤の女王にも話していないのがある!?」
「しっ! 大声で言うなよ。だから、話したくなかったんだ」
私は咄嗟に口を両手で覆い、辺りを見渡した。周りは既に誰もいない。あんなに群がっていたのに、人一人見かけない。なんとも寂しい気持ちである。でも、三月うさぎと眠りネズミの話しは本当だろうか。あの苦しい尋問を耐え抜くほどの〝秘密〟とは、一体何なのだうか。
「それは……」
二人は顔を交互に見合わせ、こう言った。
「お茶会の時に抜け出した奴がいるんだ」
と三月うさぎ。
「こんなの……アリスに……言うのは酷だけど……」
と眠りネズミ。交互に言い終わったあと、同時に言ってみせた。
「そいつは……白うさぎだ」
私は愕然とし、頭の中が真っ白になった。あの白うさぎが? 私の親友で幼馴染で私のことを一番に想ってくれる子が?
「白うさぎは抜け出したあと、時計を見ながらなんか、走って行ったんだ。どこに向かっていたんだろ」
赤の女王様がいる南校舎の一階、給食室だ。私はすぐさま南校舎に向かった。廊下を駆け巡り、人気がいない教室を抜け、給食室へと辿り着いた。
扉が開いていた。無造作に人一人入れるくらいの大きさ。私は思いっきり扉を全開にし白うさぎの名を呼んだ。その教室に私の声だけがこだまする。
「亜利子」
やっぱり、白うさぎはいた。
一日目の裁判が起きる前に別れた彼女はその後、ずっとここにいたのか定かではない。久しぶりに白うさぎの声を聞いた。
「今までどこに行たの? 私、無罪を勝ち取ったんだよ! 知ってる?」
気さくにそう言うと白うさぎは奥から何かを取りだした。普段、給食室は昼間しか使わない。それも、ごく小数人の人間しか足をはこばない場所。なので、食器棚の上は埃がいっぱい。
白うさぎが取り出したのはケーキ箱だった。白いプラスチックに覆った苺のショートケーキ。
ひと目で分かった。赤の女王のケーキだと。なぜ? なぜ、白うさぎが持っているの?
「亜利子が言ったんだよ。赤の女王のケーキを盗めって」
「私……そんなこと言ってない」
「言った!!」
急に白うさぎは弾劾のような悲鳴をだした。私は肩が縮こまる。白うさぎは興奮気味で呼吸が乱れている。断末魔を切ったような荒々しい呼吸。
「思い出して……あなたはそんな優しい眼差しを向けるひとではなかった。あなたが望むものはこの世界のすべて。気ままで勝手に作ったもの。精神世界でもあなたは放埒ね」
途端、頭の中の何かが切れた。脳みその細い血管が次々と破れていく感覚。
§
私は昔からクラスのリーダー的ポジションだった。そのせいで、友達は私の言葉に従う軍隊蟻。でも、気にしたことはなかった。
これも普通なのだと。でも、中学にあがった途端、教師、全校生徒、地域からも好かれてみんなの〝中心〟みたいな彼女に出会った。
「赤目先輩! 今日もかっこいいっ!!」
白屋 尊が言った。幼少期から私に最も忠実な軍隊蟻で、幼馴染。
赤目先輩は確かに頭脳明晰、容姿端麗〝完璧〟というキーワードが入る人間だった。私は彼女に嫉妬した。いつしか、その嫉妬心が黒く禍々しくなる。
私はいつもクラスのリーダーで人気者。その役割は一人で充分。
「ねぇ、赤目先輩の鞄につけているストラップ欲しくない?」
私はきまぐれに言ってみせた。
クラスでいつも根暗で色白肌の持ち主、窓場 灯と尊が反応してみせた。灯はどちらかというと軍隊蟻ポジションではなく、私の光に惹かれて輪に入る子。
「盗むのはだめ」
灯が言った。私は苛々した。人気者の私にどうして、従わないのか。けど、尊が手をあげた。やっぱり持つべきものは幼馴染よね。
尊が三年の教室に入り、赤目先輩の鞄にぶらさがっているストラップを無造作に手でちぎった。
「亜利子、やったよ! 見て!」
ストラップを片手に私に見せつけてくる。
「尊! ありがとう! 大好き! 灯もこれくらいしなきゃ親友じゃないよ」
「ごめん……」
「よし! ちょっと見に行こっか」
私が前を歩くと桃太郎の子分のようについてく二人。
「お前ら三年の教室に何か用かい?」
赤目先輩の教室の前に立ちはだかったのは三年の先輩、芋虫先輩。いつも、不良みたいに煙草を吸っているように見えるけど、実は煙草のお菓子。陰では甘党先輩とも言う。
「赤目先輩いますか?」
「朝からいねぇな。そういや、朝からストラップがないって大騒ぎになってたけ」
ふふふ。その光景目に焼き付けたかったわ。
「ストラップ事件だな」
不意を突かれたように背後から何者かが声をかけてきた。私は断末を切ったように振り向くとそこには、猫島先輩がいた。赤目先輩と芋虫先輩とこの人は三年。猫島くんは私の幼馴染の一人で私が密かに想いを寄せる人。
「ストラップ事件、良いネーミングだね」
笑った芋虫先輩。
「亜利子、あっちゃんになんの用だったんだ?」
赤目先輩のこと「あっちゃん」だよね。二人は同級生だもん。でも、取られた気分になった。
私はすぐさまこの場から走り去った。
太ももの筋肉がちぎれるほど走った。
走って、走って……いつしか尊と灯さえもついてこなくなった。
どこまで走ったのか自分でも分からなくなった。
忘れたい。この世に「赤目先輩」という人間がいたことを。
変えたい。私が人気者だったあの頃に。そう、一ヶ月前のあの頃に。
そうして、私は階段で足を踏みはずして下の階まで落ちていった。
そう、落ちた。落ちて落ちて暗い夢の中へと。
――さぁ、アリス犯人は誰か
赤の女王が問いかける。この威厳とした声になんやかんやで聞きなれてしまった。
「赤の女王、その前に一つ言います。私は一ヶ月前から記憶がありません」
ざわざわと騒ぎだした。当たり前だろう。処刑されかけた人物が実は記憶喪失だと誰も思わないだろう。
イモムシが途端に大声で笑いだす。いつも口に含んでいた煙草を自ら離し。
「はっはははは! これは傑作だ。アリス、今度は何を気ままにするつもりだ?」
勝手に言ってやればいい。私は再び赤の女王に質問を投げかけた。
「赤の女王はお茶会に出席した時、既にケーキは用意されていた。そうですよね?」
コクリと大きく頷く。
「なくなったケーキの色、形は分かりますよね?」
赤の女王は怪訝とした顔をした。枝葉にも因われない強くしっかりとした顔たちの人が不安にかられたように眉を潜めている。応えたのは赤の女王ではなく、イモムシ。イモムシもあのお茶会に出向いていたから、さも、ペラペラと語りだす。
なくなったのはイチゴが飾ったショートケーキ。生クリームよりもイチゴを多めに盛り付けたケーキ。それは特大サイズなもので。チェスの盤のように大きかったという。
すると、イモムシが証人を呼んだ。驚く展開に証人者は隣のクラスの三月うさぎと眠りネズミだった。二人とも、話したことないし記憶が失ってから接触もしたことない。
二人はトランプ兵に鉄の枷を嵌められ、顔はげっそりやせ細っていた。恐る恐る処刑台に並んだ。処刑台に立った初めての人間のように大きく身震いしている。初めて立った人間なら、この場は恐ろしいだろう。ま、私は何度も立たされてこう慣れてしまったけど、この二人はどうだろ。
いつもシャツをはだけて体を見せびらかす三月うさぎから口を開いた。
「あ、赤の女王様のケーキなんて食ってませんし取ってもいません! 信じてください!」
彼の必死な声が裁判に響いた。
私も流石にこの姿を見て、この人じゃないと判断する。
「僕……ずっと眠ってたから……分かんないや」
大きな欠伸をし、眠りネズミが言う。今にでも寝そうな勢いで目が虚ろだ。確かにこの二人はお茶会に出席していた人物だ。でもどうして今ごろになって、この二人を調べる。赤の女王が根掘り葉掘り質問を投げかける。
本当に食べていないか、お茶会が始まる前どこに居た、とかそんな質問。二人は怯えながらも応える。
全ての尋問が終わり、二人は鎖から解放され処刑台から降りた。赤の女王の尋問は本当に事細かく根掘り葉掘りだった。
そうして、二日目の裁判が終わった。
「アリス!」
終わった直後、私のもとに駆け寄ってきたのはチェシャ猫でもなく、マッドでもなく同じく処刑台に立った三月うさぎと眠りネズミだった。二人はまだ顔が青白い。
「どうしたの? 二人とも」
「じ、実は……」
切羽詰まったような顔して、私に小声で話す。
「え!? 赤の女王にも話していないのがある!?」
「しっ! 大声で言うなよ。だから、話したくなかったんだ」
私は咄嗟に口を両手で覆い、辺りを見渡した。周りは既に誰もいない。あんなに群がっていたのに、人一人見かけない。なんとも寂しい気持ちである。でも、三月うさぎと眠りネズミの話しは本当だろうか。あの苦しい尋問を耐え抜くほどの〝秘密〟とは、一体何なのだうか。
「それは……」
二人は顔を交互に見合わせ、こう言った。
「お茶会の時に抜け出した奴がいるんだ」
と三月うさぎ。
「こんなの……アリスに……言うのは酷だけど……」
と眠りネズミ。交互に言い終わったあと、同時に言ってみせた。
「そいつは……白うさぎだ」
私は愕然とし、頭の中が真っ白になった。あの白うさぎが? 私の親友で幼馴染で私のことを一番に想ってくれる子が?
「白うさぎは抜け出したあと、時計を見ながらなんか、走って行ったんだ。どこに向かっていたんだろ」
赤の女王様がいる南校舎の一階、給食室だ。私はすぐさま南校舎に向かった。廊下を駆け巡り、人気がいない教室を抜け、給食室へと辿り着いた。
扉が開いていた。無造作に人一人入れるくらいの大きさ。私は思いっきり扉を全開にし白うさぎの名を呼んだ。その教室に私の声だけがこだまする。
「亜利子」
やっぱり、白うさぎはいた。
一日目の裁判が起きる前に別れた彼女はその後、ずっとここにいたのか定かではない。久しぶりに白うさぎの声を聞いた。
「今までどこに行たの? 私、無罪を勝ち取ったんだよ! 知ってる?」
気さくにそう言うと白うさぎは奥から何かを取りだした。普段、給食室は昼間しか使わない。それも、ごく小数人の人間しか足をはこばない場所。なので、食器棚の上は埃がいっぱい。
白うさぎが取り出したのはケーキ箱だった。白いプラスチックに覆った苺のショートケーキ。
ひと目で分かった。赤の女王のケーキだと。なぜ? なぜ、白うさぎが持っているの?
「亜利子が言ったんだよ。赤の女王のケーキを盗めって」
「私……そんなこと言ってない」
「言った!!」
急に白うさぎは弾劾のような悲鳴をだした。私は肩が縮こまる。白うさぎは興奮気味で呼吸が乱れている。断末魔を切ったような荒々しい呼吸。
「思い出して……あなたはそんな優しい眼差しを向けるひとではなかった。あなたが望むものはこの世界のすべて。気ままで勝手に作ったもの。精神世界でもあなたは放埒ね」
途端、頭の中の何かが切れた。脳みその細い血管が次々と破れていく感覚。
§
私は昔からクラスのリーダー的ポジションだった。そのせいで、友達は私の言葉に従う軍隊蟻。でも、気にしたことはなかった。
これも普通なのだと。でも、中学にあがった途端、教師、全校生徒、地域からも好かれてみんなの〝中心〟みたいな彼女に出会った。
「赤目先輩! 今日もかっこいいっ!!」
白屋 尊が言った。幼少期から私に最も忠実な軍隊蟻で、幼馴染。
赤目先輩は確かに頭脳明晰、容姿端麗〝完璧〟というキーワードが入る人間だった。私は彼女に嫉妬した。いつしか、その嫉妬心が黒く禍々しくなる。
私はいつもクラスのリーダーで人気者。その役割は一人で充分。
「ねぇ、赤目先輩の鞄につけているストラップ欲しくない?」
私はきまぐれに言ってみせた。
クラスでいつも根暗で色白肌の持ち主、窓場 灯と尊が反応してみせた。灯はどちらかというと軍隊蟻ポジションではなく、私の光に惹かれて輪に入る子。
「盗むのはだめ」
灯が言った。私は苛々した。人気者の私にどうして、従わないのか。けど、尊が手をあげた。やっぱり持つべきものは幼馴染よね。
尊が三年の教室に入り、赤目先輩の鞄にぶらさがっているストラップを無造作に手でちぎった。
「亜利子、やったよ! 見て!」
ストラップを片手に私に見せつけてくる。
「尊! ありがとう! 大好き! 灯もこれくらいしなきゃ親友じゃないよ」
「ごめん……」
「よし! ちょっと見に行こっか」
私が前を歩くと桃太郎の子分のようについてく二人。
「お前ら三年の教室に何か用かい?」
赤目先輩の教室の前に立ちはだかったのは三年の先輩、芋虫先輩。いつも、不良みたいに煙草を吸っているように見えるけど、実は煙草のお菓子。陰では甘党先輩とも言う。
「赤目先輩いますか?」
「朝からいねぇな。そういや、朝からストラップがないって大騒ぎになってたけ」
ふふふ。その光景目に焼き付けたかったわ。
「ストラップ事件だな」
不意を突かれたように背後から何者かが声をかけてきた。私は断末を切ったように振り向くとそこには、猫島先輩がいた。赤目先輩と芋虫先輩とこの人は三年。猫島くんは私の幼馴染の一人で私が密かに想いを寄せる人。
「ストラップ事件、良いネーミングだね」
笑った芋虫先輩。
「亜利子、あっちゃんになんの用だったんだ?」
赤目先輩のこと「あっちゃん」だよね。二人は同級生だもん。でも、取られた気分になった。
私はすぐさまこの場から走り去った。
太ももの筋肉がちぎれるほど走った。
走って、走って……いつしか尊と灯さえもついてこなくなった。
どこまで走ったのか自分でも分からなくなった。
忘れたい。この世に「赤目先輩」という人間がいたことを。
変えたい。私が人気者だったあの頃に。そう、一ヶ月前のあの頃に。
そうして、私は階段で足を踏みはずして下の階まで落ちていった。
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