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モロビトコゾリテ
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侭さんの誤解を解くのに時間がかかった。
最終的に許してもらうために、二人の仲直りの手助けをしなくてはならなくなった。
席に戻ったぼくは、バッと右腕を持ち上げ、言った。
「席替えターイム!」
状況がいまいち掴めていないのか、女性陣をはじめ男性陣も困惑していた。だけどしょうがないじゃないか。侭さんが与儀さんに許してもらうために手を貸してくれって頼んでくるんだもん。こういう役目、ボッチに頼んじゃ駄目だよ。役割の重さに胃に穴が開きそうだ。
「まあ、こんな機会滅多にないし、いろんな人と交流するのは良い機会だよな」
そう言って立ち上がった江津は、流石我がクラスのコミュニティーマスター、迷いがなかった。その言葉を皮切りに立ち上がった面々が、思い思いの方向に足を向ける。
その結果、女性陣がいた席の方にアカサビさん、江津、御堂、侭さんがゲルマン民族並みの大移動をしてくる。
押し寄せてきた男共に追い出されるように、女性陣が反対の六人席に移動した。
ーーーおい野郎ども、これじゃあ意味ないだろう。席を入れ換えただけでメンバー変わってないよ。コミュ障かまったく。
まあ、この男臭さに安心しているぼくも大概だけどさ。
それにしても、これでは席を立った意味がない。仕切り上手な江津に頼んで、メンバーのシャッフルをやってもらう。
ぼくが座っている方の席に、加須浦さん、絵里加、石神さんが並んで座る。この並びは変化ないが、まぁ、偶然遭遇した彼女たちを引き離すのは酷だと判断したのだろう。その正面に、ぼくと江津が並ぶ。江津は隣でグッと親指を立て、意味深に顎をしゃくって石神さんのことを示す。なんかよくわからないけど、余計な気遣いをしてくれているようだ。
不安なのが隣のテーブルだ。そもそもの目的は侭さんと与儀さんを仲直りさせることにあるのだが、まあ二人も子供じゃないんだし、同じテーブルになれば話し合ってわだかまりも消えるだろう。それはいい。ただ、その向かい側にアカサビさん、美果ちゃん、御堂の並びで座っている。二人とも子供の扱いとか下手そうだし、ものすごく心配になる。
さりげなく観察していると、美果ちゃんのコップが空になるのを見たアカサビさんが、飲み放題のジュースを取りに席を立った。戻ってきたアカサビさんが乱暴に美果ちゃんの頭を撫でたが、ぼくのときとは違い、手が振り払われることはなかった。意外に、アカサビさんは子供の扱いに長けてるようだ。
……まさか、実は子供いますとかいう衝撃的事実が飛び出したりはしないだろうな? アカサビさんの私生活は謎に包まれ過ぎていてなにが飛び出してくるかわかったものじゃないよ。
「ーーーで、さっきのウチの質問にまだ真面目に答えてもらってないんだけど、間久辺。あの与儀さんって人とはどういう関係なわけ?」
ヤバい、人のこと心配している場合じゃない。
石神さんの言葉に、ぼくは平静を装いながら答える。
「ぼく、与儀さんのお店でバイトしてるんだ」
「バイト?」
そう聞き返してきたのは絵里加だった。眉毛がピクッと動く。
「待ってアニキ。バイトの話なんて知らないんだけど」
「え? ああ、そうだね。言い忘れてた。ぼくバイト始めたんだ」
「それ、ママ知ってるの?」
「……いや」
迂闊だった。そうだ、ぼくはバイトしていることをご両親はじめ、絵里加にも隠していたんだ。バイトのことを説明するのが面倒で、とりあえず隠すことにしていたのをすっかり失念していた。
いきなりスマホを取り出した絵里加は、画面をタッチしてなにがしか操作し始める。
「なにやってるの?」と問うと、絵里加は即座に答えた。
「ママに言いつけるから」
「待って待って待ってっ!」
慌てて止めに入るぼく。絵莉花が召喚しようとしている、『間久辺家の女帝ゴッドマザー』は、間久辺の名を冠する者の身動きを封じる能力がある。間久辺属性にとって効果は抜群だ。
「それにしても意外だね」
と鈴の音のように心地よい声で喋りだした加須浦さんによって、ぼくの強制収容所送りは免れた。
そんな心境を知らぬまま、加須浦さんは言葉を継ぐ。
「あのGAGA丸さんと知り合いってことは、間久辺君もヒップホップ好きなんだよね」
目を爛々と輝かせる加須浦さんは、興奮した様子で話し続ける。
「プロのライターの与儀さんを知ってるってことは、もちろん線引屋さんのことも知ってるよね? なんか、ネットの噂だとイベントでGAGA丸さんと線引屋さんが一緒にいたって話をよく目にするし、もしかして間久辺君、線引屋さんの正体知ってる?」
ぼくがその線引屋です、なんて言えるわけがない。
ぼくは首を左右に振って、「知らないよ」と答えた。
「そっか」と残念そうに言った加須浦さんは、懐かしむようにこう言った。
「また、憧れの線引屋さんと二人きりで会いたいな」
そんなこともあったな。
クラブ『モスキート』で彼女と会ったことは、驚きのあまり鮮明に覚えていた。うん。あのときの加須浦さんも可愛かったなぁ。
そんな風に思わず恍惚とした表情で加須浦さんを見つめていると、その隣の石神さんが、ただでさえ切れ長な目をさらに細めてぼくを睨んだ。
逃げるように慌てて視線を逸らすぼく。
なんていうか、変な気分だ。
別に石神さんとはなにもないのに、後ろめたい気持ちになってくる。それは、彼女がぼくに少なからず好意を寄せてくれていることを知っているからだろうか。それとも、石神さんに好意を持ち始めた自分自身の気持ちを裏切っているという罪悪感からくる後ろめたさだろうか。その答えは判然としなかった。
それからすぐに、収拾がつかなくなる前に解散を促したのは御堂だった。隣の席の様子を窺ってみると、与儀さんと侭さんはすでに仲直りしたようだ。どうやら、明日ライズビルで行われるクリスマスツリーのライトアップショーを二人で見に行くことで話がまとまったらしい。確かに、のろけ話を聞かされる前にお開きにした方がいいだろう。
そもそも、このメンバーが一堂に会するのはあまりにも危険だ。ぼくが線引屋だと知らないメンバーにとっては、どう見ても不良としか思えない連中とぼくが一緒にいるのは不自然な光景だろう。会話が弾み、ボロが出る前に解散した方が良いという御堂の判断は正しいと思う。
それに、心配なことが一つある。
ぼくらは勝手に美果ちゃんを連れてお店に入ってしまったが、それからもう一時間近く経っている。だというのに、彼女がなぜ逃げていたのか、なにに追われていたのか、なに一つとして聞き出せていなかったのだ。
店を出る頃には、辺りは夕焼けに染まっていた。ぼくらは、それぞれ別れて帰ることになった。
与儀さんと侭さんは『Master peace』へ行き、江津はランニングの続きに戻るらしい。御堂は、駅前に適当に停車させたバイクが気がかりなのか、急いで走って行った。絵里加、加須浦さん、石神さんはゆったりと駅の方へ向かって歩き出す。
去り際、背中を向けたまま石神さんがぼくに言う。
「明日のクリスマスパーティー。夕方五時に駅前のカラオケ集合だから。時間厳守」
それじゃあ、と言い逃げするみたいに彼女は歩き出した。
残されたぼくとアカサビさん、そして美果ちゃんはなんとなくアスリート通りを歩く。
ぼくは、流石に黙っていられなくなり、口を開く。
「ねえ美果ちゃん。そろそろ聞かせてくれる? さっき、どうして男の人たちから逃げていたの?」
相手は子供だし、そろそろ本気で家に帰すことを考えないとまずい。だが、ただ帰せばいいという訳でもないだろう。なにかトラブルを抱えているのなら、見過ごすことはできない。
ぼくの言葉から、少女がなにか問題を抱えていると察したアカサビさんは、その瞳を真剣な色に変える。
アカサビさんは、瞳を真っ直ぐ正面に向けながら口を開いた。
「その男たちの数、何人だった?」
「え? えーと、三人くらいだったかな。それがどうかしたんですか?」
そう答えながら、アカサビさんの視線の先を見ると、明らかにキョロキョロして挙動不審な三人の男たちがこちらに向かって歩いてきていた。それはまさしく、ライズビルで美果ちゃんを探していた男たちに違いなかった。
こちらが発見するということは、相手に気付かれるのも時間の問題。すぐに男たちはぼくらと一緒に歩く美果ちゃんを発見し、声をあげた。
「こら、逃げるなっ!」
男が発した言葉にハッとして、ぼくは隣を見た。
すると、そこにはさっきまで一緒に並んで歩いていたはずの美果ちゃんの姿がない。振り返ると、走り出した美果ちゃんが、周囲もよく見ずに大通りへと出て行った。その先には車通りも多い車道がある。美果ちゃんは走る速度を緩めぬまま、いままさに車道に飛び出そうとする。
向こうからやってくる車と、美果ちゃんとの距離が接近する。
このままでは轢かれてしまう。
ぼくは慌てて走り出したが、反応があまりにも遅く、間に合いそうもなかった。けたたましいクラクションの音が鳴り響き、「危ないっ!」、と声を張り上げたが、車道に踏み出してしまった美果ちゃんにとって、その警告がいまさら意味を成さないことは明らかだ。
そのとき、視界の端ですごい速さで飛び出した影が見えた。動けなくなっているぼくをよそに、真っ先に美果ちゃんの側へと走って行ったのはアカサビさんだった。彼は、美果ちゃんの上着のフードを掴むと、思い切り引き寄せ、歩道の方へと美果ちゃんを引き戻した。
あわや大惨事という事態を間一髪のところで阻止したアカサビさんは、流石に焦ったのか長い息を吐き出す。
それから、掴んだままのフードを引き寄せ、美果ちゃんをぐいっ引き寄せる。
なにをするつもりかと観察していると、ぼくと一緒に近づいていた男たちに、美果ちゃんをあっさり引き渡してしまった。
「アカサビさんっ!」
ぼくは声を荒げ、反抗を示した。この男たちは、美果ちゃんを追い回していた張本人だ。事実、彼女は男に腕を掴まれると、嫌がった様子で暴れる。助けないと。
だが、男に飛び付こうとするぼくを力ずくで止めてきたアカサビさんによって、ぼくの決心は易々と砕かれた。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言って男の一人が頭を下げた。
後の二人は、暴れる美果ちゃんを取り押さえたまま、行ってしまう。男たちが見えなくなる頃、ようやくぼくを押さえる力を緩めたアカサビさんの腕を振りほどき、言った。
「……なんでだよアカサビさんっ。どうして美果ちゃんを渡したりするんだ!」
「落ち着け」
「ふざけるなっ。落ち着いていられるかよ! あの子が嫌がってるの見えなかったのかよ!」
食って掛かるぼくの襟首を掴みあげたアカサビさんは、鋭い眼光を向け、一言。
「黙れ」
あまりの恐怖で、熱くなった感情が一気におさまり、同時に冷静な思考が甦ってくる。
そもそも、ぼくはあの男たちを悪者と決めてかかっていたが、そんな証拠はどこにもない。ただ少女が逃げているから、そこに勝手にストーリーを付けて考えてしまっただけだ。それに考えてみると、事情がわからないとはいえ、アカサビさんが理由もなく追われている少女を引き渡すとも思えない。
「ーーーねえ、アカサビさん。あなたは、あの子のなにを知ってるんですか?」
最終的に許してもらうために、二人の仲直りの手助けをしなくてはならなくなった。
席に戻ったぼくは、バッと右腕を持ち上げ、言った。
「席替えターイム!」
状況がいまいち掴めていないのか、女性陣をはじめ男性陣も困惑していた。だけどしょうがないじゃないか。侭さんが与儀さんに許してもらうために手を貸してくれって頼んでくるんだもん。こういう役目、ボッチに頼んじゃ駄目だよ。役割の重さに胃に穴が開きそうだ。
「まあ、こんな機会滅多にないし、いろんな人と交流するのは良い機会だよな」
そう言って立ち上がった江津は、流石我がクラスのコミュニティーマスター、迷いがなかった。その言葉を皮切りに立ち上がった面々が、思い思いの方向に足を向ける。
その結果、女性陣がいた席の方にアカサビさん、江津、御堂、侭さんがゲルマン民族並みの大移動をしてくる。
押し寄せてきた男共に追い出されるように、女性陣が反対の六人席に移動した。
ーーーおい野郎ども、これじゃあ意味ないだろう。席を入れ換えただけでメンバー変わってないよ。コミュ障かまったく。
まあ、この男臭さに安心しているぼくも大概だけどさ。
それにしても、これでは席を立った意味がない。仕切り上手な江津に頼んで、メンバーのシャッフルをやってもらう。
ぼくが座っている方の席に、加須浦さん、絵里加、石神さんが並んで座る。この並びは変化ないが、まぁ、偶然遭遇した彼女たちを引き離すのは酷だと判断したのだろう。その正面に、ぼくと江津が並ぶ。江津は隣でグッと親指を立て、意味深に顎をしゃくって石神さんのことを示す。なんかよくわからないけど、余計な気遣いをしてくれているようだ。
不安なのが隣のテーブルだ。そもそもの目的は侭さんと与儀さんを仲直りさせることにあるのだが、まあ二人も子供じゃないんだし、同じテーブルになれば話し合ってわだかまりも消えるだろう。それはいい。ただ、その向かい側にアカサビさん、美果ちゃん、御堂の並びで座っている。二人とも子供の扱いとか下手そうだし、ものすごく心配になる。
さりげなく観察していると、美果ちゃんのコップが空になるのを見たアカサビさんが、飲み放題のジュースを取りに席を立った。戻ってきたアカサビさんが乱暴に美果ちゃんの頭を撫でたが、ぼくのときとは違い、手が振り払われることはなかった。意外に、アカサビさんは子供の扱いに長けてるようだ。
……まさか、実は子供いますとかいう衝撃的事実が飛び出したりはしないだろうな? アカサビさんの私生活は謎に包まれ過ぎていてなにが飛び出してくるかわかったものじゃないよ。
「ーーーで、さっきのウチの質問にまだ真面目に答えてもらってないんだけど、間久辺。あの与儀さんって人とはどういう関係なわけ?」
ヤバい、人のこと心配している場合じゃない。
石神さんの言葉に、ぼくは平静を装いながら答える。
「ぼく、与儀さんのお店でバイトしてるんだ」
「バイト?」
そう聞き返してきたのは絵里加だった。眉毛がピクッと動く。
「待ってアニキ。バイトの話なんて知らないんだけど」
「え? ああ、そうだね。言い忘れてた。ぼくバイト始めたんだ」
「それ、ママ知ってるの?」
「……いや」
迂闊だった。そうだ、ぼくはバイトしていることをご両親はじめ、絵里加にも隠していたんだ。バイトのことを説明するのが面倒で、とりあえず隠すことにしていたのをすっかり失念していた。
いきなりスマホを取り出した絵里加は、画面をタッチしてなにがしか操作し始める。
「なにやってるの?」と問うと、絵里加は即座に答えた。
「ママに言いつけるから」
「待って待って待ってっ!」
慌てて止めに入るぼく。絵莉花が召喚しようとしている、『間久辺家の女帝ゴッドマザー』は、間久辺の名を冠する者の身動きを封じる能力がある。間久辺属性にとって効果は抜群だ。
「それにしても意外だね」
と鈴の音のように心地よい声で喋りだした加須浦さんによって、ぼくの強制収容所送りは免れた。
そんな心境を知らぬまま、加須浦さんは言葉を継ぐ。
「あのGAGA丸さんと知り合いってことは、間久辺君もヒップホップ好きなんだよね」
目を爛々と輝かせる加須浦さんは、興奮した様子で話し続ける。
「プロのライターの与儀さんを知ってるってことは、もちろん線引屋さんのことも知ってるよね? なんか、ネットの噂だとイベントでGAGA丸さんと線引屋さんが一緒にいたって話をよく目にするし、もしかして間久辺君、線引屋さんの正体知ってる?」
ぼくがその線引屋です、なんて言えるわけがない。
ぼくは首を左右に振って、「知らないよ」と答えた。
「そっか」と残念そうに言った加須浦さんは、懐かしむようにこう言った。
「また、憧れの線引屋さんと二人きりで会いたいな」
そんなこともあったな。
クラブ『モスキート』で彼女と会ったことは、驚きのあまり鮮明に覚えていた。うん。あのときの加須浦さんも可愛かったなぁ。
そんな風に思わず恍惚とした表情で加須浦さんを見つめていると、その隣の石神さんが、ただでさえ切れ長な目をさらに細めてぼくを睨んだ。
逃げるように慌てて視線を逸らすぼく。
なんていうか、変な気分だ。
別に石神さんとはなにもないのに、後ろめたい気持ちになってくる。それは、彼女がぼくに少なからず好意を寄せてくれていることを知っているからだろうか。それとも、石神さんに好意を持ち始めた自分自身の気持ちを裏切っているという罪悪感からくる後ろめたさだろうか。その答えは判然としなかった。
それからすぐに、収拾がつかなくなる前に解散を促したのは御堂だった。隣の席の様子を窺ってみると、与儀さんと侭さんはすでに仲直りしたようだ。どうやら、明日ライズビルで行われるクリスマスツリーのライトアップショーを二人で見に行くことで話がまとまったらしい。確かに、のろけ話を聞かされる前にお開きにした方がいいだろう。
そもそも、このメンバーが一堂に会するのはあまりにも危険だ。ぼくが線引屋だと知らないメンバーにとっては、どう見ても不良としか思えない連中とぼくが一緒にいるのは不自然な光景だろう。会話が弾み、ボロが出る前に解散した方が良いという御堂の判断は正しいと思う。
それに、心配なことが一つある。
ぼくらは勝手に美果ちゃんを連れてお店に入ってしまったが、それからもう一時間近く経っている。だというのに、彼女がなぜ逃げていたのか、なにに追われていたのか、なに一つとして聞き出せていなかったのだ。
店を出る頃には、辺りは夕焼けに染まっていた。ぼくらは、それぞれ別れて帰ることになった。
与儀さんと侭さんは『Master peace』へ行き、江津はランニングの続きに戻るらしい。御堂は、駅前に適当に停車させたバイクが気がかりなのか、急いで走って行った。絵里加、加須浦さん、石神さんはゆったりと駅の方へ向かって歩き出す。
去り際、背中を向けたまま石神さんがぼくに言う。
「明日のクリスマスパーティー。夕方五時に駅前のカラオケ集合だから。時間厳守」
それじゃあ、と言い逃げするみたいに彼女は歩き出した。
残されたぼくとアカサビさん、そして美果ちゃんはなんとなくアスリート通りを歩く。
ぼくは、流石に黙っていられなくなり、口を開く。
「ねえ美果ちゃん。そろそろ聞かせてくれる? さっき、どうして男の人たちから逃げていたの?」
相手は子供だし、そろそろ本気で家に帰すことを考えないとまずい。だが、ただ帰せばいいという訳でもないだろう。なにかトラブルを抱えているのなら、見過ごすことはできない。
ぼくの言葉から、少女がなにか問題を抱えていると察したアカサビさんは、その瞳を真剣な色に変える。
アカサビさんは、瞳を真っ直ぐ正面に向けながら口を開いた。
「その男たちの数、何人だった?」
「え? えーと、三人くらいだったかな。それがどうかしたんですか?」
そう答えながら、アカサビさんの視線の先を見ると、明らかにキョロキョロして挙動不審な三人の男たちがこちらに向かって歩いてきていた。それはまさしく、ライズビルで美果ちゃんを探していた男たちに違いなかった。
こちらが発見するということは、相手に気付かれるのも時間の問題。すぐに男たちはぼくらと一緒に歩く美果ちゃんを発見し、声をあげた。
「こら、逃げるなっ!」
男が発した言葉にハッとして、ぼくは隣を見た。
すると、そこにはさっきまで一緒に並んで歩いていたはずの美果ちゃんの姿がない。振り返ると、走り出した美果ちゃんが、周囲もよく見ずに大通りへと出て行った。その先には車通りも多い車道がある。美果ちゃんは走る速度を緩めぬまま、いままさに車道に飛び出そうとする。
向こうからやってくる車と、美果ちゃんとの距離が接近する。
このままでは轢かれてしまう。
ぼくは慌てて走り出したが、反応があまりにも遅く、間に合いそうもなかった。けたたましいクラクションの音が鳴り響き、「危ないっ!」、と声を張り上げたが、車道に踏み出してしまった美果ちゃんにとって、その警告がいまさら意味を成さないことは明らかだ。
そのとき、視界の端ですごい速さで飛び出した影が見えた。動けなくなっているぼくをよそに、真っ先に美果ちゃんの側へと走って行ったのはアカサビさんだった。彼は、美果ちゃんの上着のフードを掴むと、思い切り引き寄せ、歩道の方へと美果ちゃんを引き戻した。
あわや大惨事という事態を間一髪のところで阻止したアカサビさんは、流石に焦ったのか長い息を吐き出す。
それから、掴んだままのフードを引き寄せ、美果ちゃんをぐいっ引き寄せる。
なにをするつもりかと観察していると、ぼくと一緒に近づいていた男たちに、美果ちゃんをあっさり引き渡してしまった。
「アカサビさんっ!」
ぼくは声を荒げ、反抗を示した。この男たちは、美果ちゃんを追い回していた張本人だ。事実、彼女は男に腕を掴まれると、嫌がった様子で暴れる。助けないと。
だが、男に飛び付こうとするぼくを力ずくで止めてきたアカサビさんによって、ぼくの決心は易々と砕かれた。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言って男の一人が頭を下げた。
後の二人は、暴れる美果ちゃんを取り押さえたまま、行ってしまう。男たちが見えなくなる頃、ようやくぼくを押さえる力を緩めたアカサビさんの腕を振りほどき、言った。
「……なんでだよアカサビさんっ。どうして美果ちゃんを渡したりするんだ!」
「落ち着け」
「ふざけるなっ。落ち着いていられるかよ! あの子が嫌がってるの見えなかったのかよ!」
食って掛かるぼくの襟首を掴みあげたアカサビさんは、鋭い眼光を向け、一言。
「黙れ」
あまりの恐怖で、熱くなった感情が一気におさまり、同時に冷静な思考が甦ってくる。
そもそも、ぼくはあの男たちを悪者と決めてかかっていたが、そんな証拠はどこにもない。ただ少女が逃げているから、そこに勝手にストーリーを付けて考えてしまっただけだ。それに考えてみると、事情がわからないとはいえ、アカサビさんが理由もなく追われている少女を引き渡すとも思えない。
「ーーーねえ、アカサビさん。あなたは、あの子のなにを知ってるんですか?」
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