クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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ゴーストライター

ゴーストライター編 完

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 俺が入院している間に、いったいなにが起きたんだ?
 状況はいまいちわからない。ただ、わかっていることは、線引屋……間久辺が千葉連の幹部になっているということ。その情報を聞いてすぐに間久辺に連絡をしてみたが、電話に出やがらねぇ。
 退院した俺は、クラブ『モスキート』に真っ先に向かった。途中、マサムネのメンバー数人とすれ違い、声をかけられたが、目もくれずに先を進む。
 見えてきたのは、VIPルームの扉。扉を守るようにして立っているマサムネの部下の制止を振り切り、中に入った。 
 ソファにもたれていた人物が、物音に振り向いた。
「おう、御堂か。今日の昼に退院だって聞いていたから、来るのは夜かと思っていたよ」
 そこにいたのは、チームマサムネのリーダー、鍛島多喜親だ。
「退院してすぐに俺のところに挨拶にくるなんて、大した忠誠心じゃねえか」
「来た理由はわかってるんじゃないですか?」
「さあ、なんのことだ?」
「ーーーっつ、間久辺のことに決まってるだろ!」
 感情的になって怒鳴った俺に対し、鍛島は相変わらず飄々とした様子で俺を見ていた。調子が狂うな。
「……なんでだ。なんであいつを巻き込む! あいつは、喧嘩もできないただのオタクだ。そんなヤツを、俺たちの世界から抜け出せないようにするなんてどうかしてるっ!」
 言い終えてから、自分が恥ずかしくなった。
 あいつを裏側に引きずり込んだのは誰でもない、俺だったのだから。
 鍛島は、そんな俺の心情を悟っているかのように、小さく溜め息を吐いた 
「決めたのは誰でもない、間久辺本人だ。俺が止めてやる理由なんてないし、御堂、お前にも止める権利なんてない。それとも、お前と間久辺は仲良しこよしのお友達か?」
 小馬鹿にするような口調にカッとなったが、しかし、ここでこれ以上騒ぎたてたところで事態が好転するわけではない。チームマサムネ、そして千葉連合にとって線引屋の幹部入りは大きなメリットだ。それをわざわざ手放すような真似はしないだろう。
 それに、もしもここで騒いで、俺がチームマサムネから追い出されてしまったら、それこそ間久辺の動向を近くで見守ることが出来なくなってしまう。それは避けないとならない。
 これ以上鍛島と話しても無意味だと感じた俺は、VIPルームを出てそのままクラブを後にした。その足で『Master peace』に向かう。
 中に入ると、まるで待ち構えていたかのように、与儀さんがカウンターに立っていた。普段は紫煙を振り撒きながら、気だるそうにカウンターにもたれている姿がいまはない。彼女は入り口を見つめながら、誰かが入ってくるのをじっと待っているようだった。
「御堂、退院したのね。おめでとう」
「ありがとうございます。でも、待ってたのは俺じゃありませんよね」
 与儀さんは素直だ。入ってきたのが俺を見て、ほんの少し落胆したのが見てとれた。
「あいつーーー間久辺が来るのを待ってたんですか?」
 否定も肯定もせず、与儀さんはふぅっと息をついた。
「間久辺が大変なことになっているのは聞いているわ。あたしは、あいつに助けられた。だから、助けを求めてくれたらいくらでも力になるのに、連絡も来ないし、繋がらない。そんなに、あたしは頼りにならない?」
 憤りをあらわにする与儀さんを、俺は嗜めようとは思わなかった。俺もまったく同じ気持ちだったからだ。
 あいつの事情はなんとなくわかる。きっと、俺たちに危険が及ばないように、自分が千葉連幹部になることで俺たちのことを守ろうと考えたんだろう。
 でも、そんなのはクソ食らえだ。
「冗談じゃねぇ。あんなキモオタに守られるなんて、願い下げだ」
「ちょっと御堂、そんな言い方……」
 そこまで言いかけた与儀さんは、俺の顔を見て言葉を詰まらせた。
 そして、申し訳なさそうに、「ごめんなさい」と呟く。
「ふざんけんなっ、どうして俺が、あいつに守られなきゃなんねぇんだ!」
 そうだ。そんなのはおかしいっ。
 だってーーー

「ーーー俺たちは対等な立場なはずだろうっ!」

 その言葉は、ここにいない間久辺に向けた言葉だった。
 それがわかっていたからこそ、与儀さんはなにも答えなかったのだろう。彼女なら俺の不満もなにもかも受け入れてくれるのではないかと思い、俺は甘えてしまっている。
 だけど、ここで俺が悪態をついたところで、なにも変わりはしない。
 与儀さんもそのことがわかっていた。
「御堂、これからどうするつもり?」
 俺は、歪めていた表情を元に戻し、ぐっと奥歯に力を入れて返した。
「あいつに不良は似合わない。それなのに、俺のわがままで散々巻き込んできちまった。その上、何度も助けられてきたんだ」
 ずっとそうだった。初めてビルの壁にグラフィティを描いた時から、あいつには助けられてきたんだ。だから、今度は俺が助ける番だ。それが、アンダーグラウンドに引きずり込んでしまった俺の責任。そのためだったら、俺はどんなことでもしてみせる。
「ーーー必ず、連れ戻す」
 俺はそう、胸に固く誓った。


ーーーーーーーーーーーーーーーー



「ーーーまこと君。次どこ行く?」
 数歩先を歩いていたしょうがそう言って振り向く。
 こいつは同じ高校の一個下で、二年の中ではかなり気合いの入ったワルに分類される。三年の俺に喧嘩売ってきた後輩はこいつが初めてだった。
 まあ、もちろん返り討ちだけどな。
 それでも、なかなか気合い入ってたし、ボコボコにしてる内に、なんか気が合いそうな気がして、話をしてみたら、いつの間にかつるむようになっていた。
「俺は別にどこでもいいけど、いま金ねぇんだよな。翔は?」
「俺が金持ってるわけないじゃないっすか」
 そう言ってカラカラ笑う翔を小さく小突く。
「痛ってぇ」
 ひっぱたいた頭をさすりながら頭を低くした翔は、そこでなにかを発見したのか、「あっ」と小さく声をもらした。
「どうした、翔。小銭でも見つけたか?」
「違いますよ。てか、もっといいものです。いやぁ、丁度良いところに見つけましたよ」
 そう言った翔は、悪事を思い付いたように嫌らしく微笑んでいた。その視線の先を見ると、俺たちと同年代か、あるいは少し幼く見える男の姿があった。
「あの男がどうかしたのか?」
「あいつ、タメで同じ中学だったんですけど、そのときクラス同じで、結構便利だったんすよ。歩くサンドバッグ兼、ATMとして」
 嫌らしい笑みをさらに深めた翔は、タメだというガキの後をつけ始めた。
 そして、そのガキが薄暗い路地に入ると、「ラッキー」と声を弾ませる。
「翔、なにするつもりだ?」
「そんなの決まってるっしょ。財布巻き上げるんですよ」
 カツアゲか。まあ、わざわざ止めてやるほど俺は善人じゃないし、そもそも止める理由もねぇな。
 そう思い、翔の後をついて行った俺だが、段々と違和感を覚え始めた。
 あのガキは、いったいどこへ向かっているんだ。翔の話じゃ、一般人どころか、いじめられていたようなヤツのはずなのに、こんな人気のない路地に入って行くのは不自然じゃないだろう。
「なぁ、翔。ちょっと変じゃないか」
「え? あいつは変なヤツっすよ。というか、キモオタっす」
「いや、そうじゃなくて、なんか……」
 その先の言葉が思い付かず、詰まってしまう。
 適切な表現が思い付かなかったが、一度違和感を覚えてしまうと、その不自然さが際立って思えてしまう。
 状況も手伝って、その不自然さを不気味と感じてしまった。
 俺だって、カツアゲ紛いのことをしたことくらいある。
 だからこそ、この確かな違和感に気づくことができた。
 あのガキはなにかが違う。なにかがおかしい。
 少なくとも、翔が言うようなただのいじめられっ子じゃない。
「誠さん、さっきからなんなんすか? ひょっとして、ひよってるわけじゃないっすよね?」
「んな訳ねぇだろ!」
 思わず声を荒げてしまい、前を歩くガキが気づいてこちらを振り返った。
 なにやってるんすか、と翔の視線が物語る。   
 場所は路地裏。人通りもない道だ。こんな場所を歩いていたら、後を付けてきたことなどすぐに感づかれてしまうだろう。
 翔も同じことを思ったのか、忍び足をやめ、甲高い声で「よぉ」と言った。その声からは、余裕すら感じられた。
「久しぶりじゃねえか。俺のこと覚えてるか?」
 振り返ったガキは、別段驚いた様子も見せず、淡々とした態度で答える。
「ーーーもちろん。忘れたことなんてないよ。伊沼いぬま翔君」
「そうか。じゃあ話は早ぇ。ちょっと俺たち、いま金に困ってるんだよ。同級生のよしみで、金貸してくんねぇ?」
 翔の言い方は、誰がどう聞いても借りる側のそれではなかった。
 だが、ビビっているのか、ガキは言葉を返そうとしない。
「んだよ、相変わらずコミュ障だな。いいから金出せっつってんだよ」
 吐き捨てるように言った翔の言葉に、ガキはようやく口を開く。
「君こそ相変わらずだね。ぼくをいじめていた時のままーーークズのままだ」
「……あ?」
 ガキの言葉に、翔は笑顔を崩し、眉間に皺をよせた。
 そして、一気に距離を詰めると、胸ぐらを掴んで壁にガキの背中を押し付けた。
「あんまり調子こいてんじゃねえぞ。ボコして財布取り上げたって別に構わねぇんだからな」
 カッとなって暴力に訴える翔を、俺は落ち着かせようと一歩前に出た。
 その時、路地のさらに奥、曲がり角から浅黒い腕が伸びてきて、ガキの胸ぐらを掴む翔の腕をガッと掴みあげた。
 ギョッとする翔は、何事かわからないまま腕をひねりあげられ、地面に組伏せられた。
 あまりにも急な出来事に、呆然と立ち尽くしていた俺は、路地の奥から現れた人物を見て驚愕した。
「柊っ!?」
 あれはマッドシティ最大の不良グループ、マサムネ幹部の柊だ。
 武闘派でありながら、頭脳派としての側面も強く、チームを率いる実力を十分に持つ男として有名だ。
 なぜ、あの柊がここに。
 そんな風に驚いていると、さらに路地の奥から人影が現れる。
「ーーーちょっと柊! 抜け駆けしないでくれる? 私が軽やかに助けてさしあげようと思っていたところなのよっ!」
 甲高い声とともに現れた女。彼女にも見覚えがあった。
 確か、千葉連合に属するチーム、稲幕総会の鬼姫と呼ばれる生駒彩名いこまあやな
 なぜ鬼姫の異名で呼ばれているのか、いまのいままで知らなかった。
 だが、地面に倒されていた翔の顔面を容赦なく蹴りあげ、踏みつける姿を見て、恐怖とともに合点がいった。
 さらに続くように現れたのは、BIG BURNERの主要メンバーである大友久弥おおともひさやに、暴走半島のキリク・ブランカ。そして、一時期関東全域を制覇しかけたスカルライダーズのメンバーで、現在は麒麟児のリーダー角倉の右腕として動いている、如水丈治いくみじょうじまで姿を見せた。
 柊、生駒、大友、キリク、そして如水。
 県内の不良で知らない者がいないくらいの有名人が揃い踏みだが、不可解ではあった。彼ら、彼女らは同じ千葉連とはいえ、別のグループに属する不良たちだ。こんな意味もないような路地裏に集う理由がわからなかった。
 俺が混乱から声も出せずにいる間も、生駒の細足から繰り出される蹴りが翔の顔面を捉えていた。
「いい加減にしろ、殺すつもりか?」
 そう言って、生駒の攻撃する足を止めたのは柊だった。
「はっ、噂通りの堅物ね、柊。でも、こんな身の程知らずのバカに生きてる価値なんてある?」
「俺たちは暴れるためにこうして集まってる訳じゃないんだ。そのことを忘れるな」
 ふん、と鼻を鳴らした生駒は、攻撃こそやめたが不満に満ちた目をしていた。
「あんたこそ忘れているんじゃないの? 私たちの目的は、あの方を監視し、お守りすることにある。そのために、こうして各チームから派遣されているのでしょう?」
 あの方とはいったい誰のことだ? 
 疑問が頭を支配し、立ち尽くしていた俺に全員の視線が向かう。
 駄目だ、逃げなければっ。
 即座に体を反転させ、逃げの姿勢に入ったが、あまりにも遅かった。気づくと襟首を捕まれ、膝の裏を蹴られて地面に膝から崩れ落ちた俺。顔を上げると、見下すような姿勢で如水が立っていた。
「目撃者は対処しなければならない。だいたい、カツアゲなんてしようってくらいだ、返り討ちにされる覚悟くらいできているだろう? そうじゃなきゃ、突っ張る資格なんてねぇからな」
 覚悟がなかったわけじゃない。
 喧嘩だって何度となく経験している。
 だが、これほどまでに圧倒的な力を持つ不良を相手にする覚悟などあるはずがない。
 この状況に耐えられるようなヤツは頭のイカれたジャンキーか、あるいは最強の名を欲しいままにした、あの赤髪の喧嘩屋くらいのものだろう。
 どちらでもない俺は、この状況に命乞いすることしかできない。
「殺しはしねぇさ。ただ、当面は喋れないようになってもらう。それと、回復したあとも、俺たちのことを考えるのも嫌になるだろうな」
 如水は淡々と答えると、俺の背中を蹴り、そのまま踏みつけて地面にうつ伏せにさせた。
 痛みに悶えながら、俺は必死に助けてくれと懇願した。
 その間に、一時的に意識を失っていた翔が目を覚ました。恐怖から短い悲鳴を上げると、周囲を見渡して、やがて同級生だと言っていたガキに向けて叫んだ。
「おいっ、見てないで助けろよっ。警察呼べって、なぁ、間久辺・・・っ!」
 カツアゲしようとしておいてなにを言っているんだ、と俺でも思うが、他に助けを求める相手がいない。俺もあのガキに命乞いをしようと考えていると、ガキは心底呆れたように言った。
「クズの上に、プライドすらないんだね。ぼくが見てきたどの不良よりも、君はカッコ悪い。こんなヤツにいじめられていたなんて思うと、最悪な気分だよ」
 そう言って嘆息すると、次の瞬間、ガキの瞳の色が変わった。
 そんな風に錯覚してしまうほど、ガキの持つ雰囲気が一変したのだ。
「どうしますか、間久辺さん」
 お伺いを立てるように、生駒がへりくだった言い方をする。驚くべきことに、その相手は俺たちがツアゲしようと考えたガキだったのだ。 

「ーーーやれ」

 というガキの短い言葉に、翔と俺を押さえ込む生駒と如水が頷いた。
 激しく重たい攻撃が繰り返され、体がバラバラになってしまったのではないかというほどの痛みと同時に、自由が利かなくなる。立ち上がろうにも、手足の痛みが酷すぎて体を支えることなどできない。
 まぶたも腫れているのか、わずかな隙間から薄暗い路地裏の光を探る。
 辛うじて動く首を動かし、翔の様子を確認すると、手足がだらりと投げ出され、完全に意識を失っているようだった。
 柊、大友、キリク、そして翔を処理した生駒が、それぞれ進んだ先には、あのひ弱そうなガキの姿がある。
「もう寝てろ」
 如水の強烈な蹴りが顔面に入り、俺の意識も遠退いていく。
 最後にわずかに残る意識の中で、思った。
 あんな化け物どもの中心に立つガキ……間久辺とはいったい何者なんだ。
 答えは得られないまま、俺はブラックアウトした。
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