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5月1日夜7時。仕事を終えた長島伸幸は出雲市駅の高速バスターミナルにいた。これから夜行バスで名古屋へ向かうためだ。昨年、出雲へと戻った伸幸にとっては1年振りの名古屋となる。ゴールデンウィークがカレンダー通りの休みになり、大学の同窓会に参加するついでに名古屋を廻ろうと4泊5日の予定を立てた。
バスの出発まであと1時間ある。伸幸は、近くの牛丼屋でとりあえずの夕食を食べた。牛丼屋を出て、隣のコンビニ出て缶ビールとつまみを買って駅に戻った。未だバスの到着まで10分ある。伸幸は喫煙コーナーで缶コーヒー片手にタバコを吸って待つことにした。
バスが到着した。伸幸はバスへと乗車する。車内は4列シートになっていて、伸幸の座席は前列の3-A窓側の座席だった。
夜8時半、バスは少し遅れて出雲市駅を出発した。出雲からは15人が乗車した。伸幸の隣は未だ座っていない。夜9時半、バスは松江駅に到着し、10人の乗客が乗り合わせた。伸幸の隣にも人がやって来た。伸幸と同じ位の若い女の人だ。細身の綺麗なその人は、ハイボール片手にしていて、既に酔った状態だった。伸幸の隣に座ると直ぐに目を閉じた。伸幸の肩に凭れかかって眠っていた。伸幸は少し萎縮しながらも缶ビールを開けた。
朝6時半、バスは15分遅れて名古屋駅に到着した。隣に座っている人は未だ眠っている。伸幸はその人の肩を叩いて起こしにかかった。「うーん。」と寝ぼけ眼を擦りながら答えた。中々動く気配がない。最終的に最後に降りる客となった。
「起こして頂いてありがとうございました。」
「いえいえ。」
女の人は荷物を持って歩き始めた。伸幸は自分の荷物を持って行かれることに気がついて、その人を呼び止める。
「あの、すみません。」
「はい。」
「荷物、間違ってますけど…」
「あっ、すみません。」
女の人は素直に応じた。
荷物を受け取ると伸幸は近くの喫茶店でモーニングを食べた。名古屋のモーニングは少し違う。珈琲に付いてくるのが多い。パン、ゆで卵、サラダ、フルーツ…。これだけでお腹が満たされていく。モーニングを食べ終えると伸幸は一服した。次に乗る名鉄電車の時刻を調べる。時計を見ると朝7時半を過ぎていた。8時10分に直通の一部特別車で、乗車券だけで乗れるようだ。
伸幸は喫茶店を出ると銀時計のある新幹線口から名鉄電車のある金時計方面へと歩いた。連絡口を通り、名鉄の改札口に着く。券売機で知多奥田までの往復を買って4番ホームに行った。特急電車は定時で到着した。一般車の車両に乗り込んだが、名古屋から乗る人が多くて伸幸は座ることが出来なかった。金山、神宮前と名古屋市内で降りる人は少なかった。知多半田を過ぎた頃、ようやく伸幸は座ることに成功した。
「まもなく、知多奥田~」
アナウンスが流れて電車が到着すると、それまで降りる人は少なかったのに、この駅で多くの人が降りていく。どうやらここの大学の学生が殆どだったようだ。
朝9時、特急電車で50分かかって到着した。予定の11時までは未だ少し時間がある。伸幸は駅構内にあるカフェに入って珈琲を飲むことにした。
「長島くん。」
「尾関先生、お久しぶりです。」
偶然にも講師を依頼してきた尾関真由美教授と合流した。
「尾関先生、今日は呼んで頂いてありがとうございました。」
「こちらこそありがとう。今日はもう一人来ることになってるの。もう少しで来ると思うんだけど…」
伸幸と尾関はもう一人を待った。朝10時、特急電車が到着した。尾関に近づく女の人がいた。その顔に伸幸はハッとした。偶然にもバスで一緒だったその人だった。女の人も直ぐに気づいた。
「長島さんですよね。私、牧野絵里です。バスではすみませんでした。」
「いえいえ。でも、なぜ僕の名前を知ってるんですか?」
「入学して直ぐに一緒に時間割を作ってもらったじゃないですか。」
だとしても、伸幸が4年のときの1年。深くは関わっていない。学生時代の伸幸は、大学にある障害学生支援センターという所で学生スタッフとして活動していた。他にもサークルや団体に所属していて、何故だか、名前だけが独り歩きすることが多かった。しかも本名ではなくあだ名が独り歩きしていた。
11時、尾関教授が担当するボランティア論の講義が始まった。1年次の必修科目ということもあって、高校卒業したばかりのフレッシュな学生が多い。伸幸が15分、牧野が15分話して90分の講義が終わった。
講義が終わると昼休みになり、学生たちは足早に講義室から出て行った。尾関と牧野、伸幸の3人は、荷物を片付けると生協の食堂で昼ごはんを食べることにした。食べ終えると、講義棟で尾関と別れた。
駅までの坂道を牧野と歩いた。駅に着いて時計を見ると昼1時を過ぎた頃だった。次の特急電車まで40分ある。伸幸は再びカフェで時間を潰そうと決めた。
「絵里ちゃん、僕は特急電車に乗るんだけど。」
「じゃあ、私も同じのに乗りますよ。」
帰りも同じ電車になり二人でカフェに入った。伸幸は珈琲、牧野はオレンジジュースを頼んだ。
「絵里ちゃん、タバコを吸っても良いかな?」
「はい。」
伸幸はタバコに火を点け一服した。珈琲を飲んで一休みを終えて店を出た。特急電車まであと10分ある。
「長島さん、どちらまでですか?」
「僕は名古屋までだよ。」
「私も同じです。」
ホームに上がり特急電車を待った。昼2時台の特急電車が到着した。二人は電車に乗り込む。近くに空いている二人掛けの座席に座った。伸幸は不意に眠たくなった。バスで寝付けなかったのが今の時間になって襲って来たのだろう。自然と瞼が下がり、気がつけば牧野の肩に凭れて眠っていた。
「長島さん、名古屋に着きましたよ。」
牧野の声かけに伸幸は目を覚ました。名鉄名古屋に到着し、二人は降りた。改札口を出て時計を見ると昼3時前だった。金時計まで二人は一緒に歩いた。
「長島さん、この後は?」
「ホテルにチェックインしようかと思って。」
「私も。私は金時計側ですので。」
「うん。じゃあ、ここで。」
二人は金時計で別れた。伸幸は新幹線口に進み、ホテルにチェックインした。チェックインを終えてホテルを出た伸幸は地下鉄の改札口に向かった。土日エコきっぷを発券機で買って、東山線に向かった。伏見駅で鶴舞線に乗り換え、上前津で降りた。
上前津で降りて8番出口を出ると、大須商店街に入った。招き猫の広場に差し掛かると、その前にあるメイドカフェのメイドから声をかけられた。
「幸さん。久しぶりだね~。」
「久しぶり。」
声をかけられた流れで店内に入った。
「ご主人様のご入国です。」
「ようこそ、めいどランドへ。」
窓側端の席へ座った。ポイントカードの国民証をメイドに渡すと入国の儀式を始めた。伸幸は珈琲を頼むと、この後の予定を確認した。注文した珈琲は直ぐにやって来た。
「じゃあ、一緒にお願いします。」
「はい。」
「いきます。美味しくなーれ、萌え萌えキュルルーン。」
珈琲におまじないをかけるとメイドは離れた。伸幸は時間を確認すると、夕方4時を過ぎた所で、次の予定は夜7時半の同窓会。間は3時間ほどある。伸幸はスマートフォンを取り出すとSNSを開いた。
伸幸は基本的にSNSに投稿はしないが、休日や時間が取れた時、一人で旅行した時に近況をアップする位だった。伸幸は久しぶりにアップした。写真のアップはしないで、出雲に乗ったバスから今までのことをアップした。
伸幸は延長することなく出国(退店)した。店を出たその足で招き猫を過ぎ、新天地通り商店街に入った。この商店街の中にあるゲームセンターに入っていった。店内に入り、音楽ゲームのある2階に進んだ。伸幸はポップンミュージックの台まで行ったが、既に並んでいるので最後尾で待った。自分の番になり、100円で4曲プレイすると、ポップンミュージックの台から離れた。
隣接している万松寺ビルのエスカレーターで3階に上った先にある小さなカフェに入った。
「お帰りなさい。」
カウンターに7人も座ると満席になる小さなうさ耳のメイドカフェだった。伸幸が入った時、店内にには人がおらず、まったりとしていた。珈琲を注文し、暇つぶしに漢字のクロスワードを始めた。暫くして珈琲が届いた。
「お待たせしました。初めまして、ししゃもです。宜しくお願いします。」
「幸です。よろしく。」
ししゃもといううさ耳のメイドと暫く話をしているともう一人のメイドがやって来た。
「あっ、幸さん。お帰り。久しぶりだね。」
「かのんちゃん、久しぶり。」
久しぶりに会う顔見知りのメイドも加わり話が盛り上がった。
夜6時になり伸幸はカフェを出た。ゲームセンターに戻り再びポップンミュージックに100円を投じて1プレイしてゲームセンターを出た。途中の招き猫の広場にある喫煙所で一服していると、大須のアイドルが路上ライブをしていた。アイドルのライブを見るのに観客がその広場を占拠するほどの数が押し寄せていた。伸幸も久しぶりに見る景色に懐かしく思えた。気がつくとそのライブを最後まで見ていた。
夜7時、伸幸は上前津駅に戻り、地下鉄に乗った。上前津駅から鶴舞線で御器所に向かい、そこから桜通線に乗り換えて国際センターに到着し、集合場所へと向かうと、そこに牧野の姿があった。伸幸は思わぬ偶然に驚いた。
「絵里ちゃん!?」
「私も今日、参加するんですよ。」
今日は障害学生支援センターの同窓会で学生スタッフのOBやサークルのOBなどが集まる同窓会だった。参加者は10人ほど。揃ったところで店に向かった。国際センターから江川線を北上した所にある中華料理の店に入った。
夜9時、一次会が終了し、メンバーと別れた。伸幸と牧野、そして浅井の3人が残った。
「やっぱりこの3人が残ったか。」
「そうだね。意外だったよ。絵里ちゃんも飲めるなんて。」
「私もお酒、好きですから。」
「じゃあ、もう一軒行こうか。」
伸幸は二人を連れて江川線を六句町のバス停を目指してさらに北上した。バス停の近くにある「六句のくらちゃん」という小さな居酒屋に入った。
「いずもくーん、久しぶり!」
「お久しぶりです。時間、大丈夫ですか?」
「良いよ。入って、入って。」
カウンターの奥には常連の塩野さんと野崎さんの二人が座っていた。
「いずもくーん、久しぶり。」
「お久しぶりです。隣座って良いですか?」
「良いよ。座って、座って。」
3人は隣に座った。伸幸はハイボール、二人はビールを注文し、食べ物も唐揚げ、豚平など適当に注文した。久しぶりに入ったお店で話は尽きることがなかった。閉店の夜11時になり、浅井は終電があるためここで別れた。野崎と塩野さんも同じくここで別れ、大将と3人で近くのスナックに行った。深夜1時まで飲むと店を出た。
完全に酔った牧野は伸幸にくっ付いて離れない。タクシーで牧野の泊まるホテルまで送り届けて部屋を出ようとすると、牧野の手が伸幸の服を掴んで離さない。伸幸はそっと牧野のの手を離してその場を離れ、自分の泊まるホテルに戻った。ホテルに戻ると牧野のからLineが届いていた。
「どうして帰っちゃったんですか。ずっと一緒にいたかったのに。」
予想外のメッセージだった。伸幸は酔った勢いなのだろうと思い、返信をした。
「ありがとう。でも、今日はゆっくり休んで。また朝、会えるし、ね。」
「言いましたね。朝、また絶対会ってくださいよ。」
「分かったよ。じゃあ、朝9時半に銀時計にする?」
「良いんですか?行きます、絶対。」
Lineのやり取りを終えた伸幸は、そのまま眠りについた。
朝9時半、伸幸はホテルのチェックアウトを済ませると集合場所の銀時計に向かった。銀時計に到着すると、牧野が先に着いて待っていた。
「遅くなってごめんね。」
「大丈夫です。私も今、着いた所なので。」
牧野の様子は昨日と変わらず笑顔だった。伸幸は少し安心した。やはり酒の勢いだったのかと思った。
「朝、どこで食べます?」
「せっかく名古屋だし、マメダ珈琲で。」
「そうですね。」
二人は銀時計近くの地下街にあるマメダ珈琲に入った。日曜日の朝、店内は家族連れで賑わっていた。喫煙ルームが空いていて、二人はそこに座った。
「いらっしゃいませ。」
「モーニング2つ。珈琲で。」
注文を終えると沈黙になった。
「ごめん。タバコを良いかな?」
「はい。」
伸幸はタバコに火を点ける。この雰囲気をどうすれば良いのか分からない。吸い終わる頃、モーニングが届いた。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
一先ずモーニングを食べ始める。
食べ終わる頃、牧野が口火を切った。
「長島さんって今、彼女いますか?」
「今?いないよ。」
「えっ、じゃあ倉本さんは?」
「瑞希?違うよ。」
「そうなんですか!?てっきり付き合っているのかと思ってました。」
牧野は伸幸に探りを入れ始めた。
瑞希と伸幸は在学中から一緒にいることが多かった。伸幸が瑞希のグループと一緒に講義を受けるようになってから。最初は仲間内での行動が、次第に二人で行動するようになり、気がつけば当たり前のように二人で行動することが多くなった。卒業してからもそれが続いていて、在学中から浮いた話として何度も上がったことがある。
「長島さん、昨日のLineのことですけど。」
「うん。」
伸幸は改めて座り直した。
「長島さん。私、本気ですから。長島さんはお酒の勢いだと思っていると思いますけど。」
「…うん。」
「ずっと倉本さんと付き合っているものだと思って諦めていたけど、今聞いて違うと分かったので、改めて言います。私、長島さんのことが好きです。」
「…うん。」
伸幸は相槌を打つことしか出来なかった。
「…私じゃ、ダメですか?」
「ダメじゃないよ。」
「じゃあ、私と付き合ってくれますか?」
「…うん。僕で良いの?」
「私は長島さんが、良いです。」
「…分かった。」
「やった!ありがとうございます。」
「こちらこそ、ありがとう。」
絵里は喜んだ。目には涙を浮かべていた。
「絵里ちゃん、泣かないで。」
「ごめんなさい。嬉しくて。」
「これ、使って。」
伸幸は絵里にハンカチを差し出した。女性が涙する姿はどうして良いのか分からない。絵里は涙を拭いた。
「長島さん、今日どうされるんですか?」
「今日は瑞希と会う約束してるんだ。その後、夜行バスで出雲に帰るよ。」
「バスのチケットはもう、買われました?」
「いや、まだだよ。この後、買うつもり。」
「その予定、私も一緒して良いですか?」
「大丈夫だけど、絵里ちゃんの予定は?」
「休みは明日までなので、変更出来ます。」
「なら、良いよ。」
「やった。」
朝食を終えた二人はマメダ珈琲を出た。その足で夜行バスの切符売り場へ向かった。夜行バスの切符を買って駅に戻った。時計を見ると10時20分になっていた。瑞希との約束の時間まで10分ある。二人は待ち合わせの金時計に向かった。金時計には沢山の人がいた。その中から探し出すのは難しかった。伸幸は瑞希に電話をかける。電話しながらようやく瑞希と合流出来た。
「遅くなってごめん。待った?」
「ううん。私も今着いた所。あれ?メロだけじゃないんだ。」
「うん。瑞希と会うって言ったら、一緒に来たいって。良いかな?」
「それは大丈夫だよ。絵里ちゃん、久しぶり。」
「倉本さん、お久しぶりです。」
瑞希は絵里を笑顔で迎えた。絵里も笑顔で瑞希に挨拶した。
「瑞希、今日はどこ行く?」
「とりあえず本屋行って良い?」
「分かった。」
3人は駅を出て、バスターミナル近くの本屋に入った。その後、本屋近くのカラオケに入った。カラオケは3時間セットを選んだ。401の部屋は10人が入れる部屋だった。部屋に入り荷物を置くとフリードリンクのコップを持って飲み物を取りに行った。部屋は禁煙でタバコはホールで吸うことになった。
3人が部屋に戻ると瑞希がデンモクを持って曲を選んだ。それから絵里、伸幸と順番にデンモクが回ってくる。
4曲ずつ歌った頃、伸幸はタバコと携帯を持って部屋を出る。伸幸が出たのを確認すると絵里は瑞希の所に詰め寄った。
「倉本さん、今日は飛び入りで来てすみませんでした。」
「良いけど、とうしたの?」
「長島さんが心配だったので。」
「メロが?何で?」
瑞希は直ぐにピンと来なかった。絵里は続けた。
「倉本さんは、長島さんのこと、どう思ってるんですか?」
「メロ?どうって…、メロは親友だよ。」
瑞希は絵里の問いかけに素直に応じた。絵里はさらに続ける。
「本当に、そうですか?」
「えっ?」
「私は、男女の友情は無いと思います。」
「どうしたの?」
瑞希は少し困惑した。絵里は畳み掛けるように瑞希に言った。
「私は、ずっと長島さんと倉本さんは付き合っているものだと思っていました。」
瑞希は絵里の言葉に苦笑いした。
「あ~、その事ね。無いから安心して。」
絵里は未だ納得がいかない。何故なら大学在学中、伸幸には不思議と浮いた話がシャボン玉のように出ては消えていく感じだった。
「私、心配なんです。長島さん、色々な所に所属していて、毎日大学が閉まるまでいて、朝も一番にいる。なのに、自分のことはお構いなしだし、基本的に断ることしないし、無計画で能天気、なのに情緒不安定な所が。」
瑞希は絵里の言葉に驚いた。
「絵里ちゃんも私と同じこと思ってたのね。」
瑞希は不思議と絵里に同調した。
「絵里ちゃんと私が抱くメロへの感情は同じだっのね。でも、絵里ちゃんはどうして恋心に変わっていったの?」
「それは、やっぱり、どうしても彼を取られたくないって思ったからです。」
「でも、私たちと絵里ちゃんが大学被ってたのって、1年だけだよね?」
「そうなんですけど、長島さん、卒業してからも支援センターのイベントや行事に都合が合えば来てくれて、その都度親身になって話を聞いてくれたりして。」
絵里の話を聞きながら瑞希は、フッと息が漏れた。絵里も連鎖するように息が漏れる。
「メロらしいね。」
「ですよね。私、初めてなんですよね。長島さんのような男の人と会ったの。」
「だよね。中々いないと思うよ~。あんな変わり者。」
「倉本さんもそう思います?」
「もちろん。」
「ですよね。」
顔を合わせて二人はお腹を抱えて笑った。
伸幸は部屋を出てトイレで用を済ませるとホールのドリンクバー横にある喫煙室に入った。タバコに火を点け、一息を入れる。どのタイミングで部屋に戻ろうかを考えた。吸い始めた最初の1本が吸い終わる。伸幸は、絵里にLineを送る。
「頃合い良い頃、連絡して。」
返事は直ぐに来ない。伸幸は、2本目のタバコに火を点ける。スマホでSNSを見ながら待つことにした。中々返事が来ない。2本目のタバコも吸い終わった。喫煙室の中にある自販機がICカードを使えることを知り、伸幸は持っているICカードの残金で缶コーヒーを買った。
「ごめん。戻ってきて良いよ。」
絵里から返事がある事を確認した伸幸は、缶コーヒーを飲み干すと喫煙室を出た。伸幸が部屋に戻ると、瑞希と絵里の中が急激に良くなっている印象を受けた。
「どうしたの?二人とも。急に仲良くなって。」
「だって、絵里ちゃん可愛いじゃん。聞いたよ。絵里ちゃんと付き合うことにしたんだって?何で言ってくれないの。」
「ごめん。隠すつもりは無かったんだけど。」
「まっ、おめでとう。」
「ありがとう。瑞希も心配かけてごめんね。」
「うん。」
デンモクが再び瑞希から回り始める。そここらは休憩なしで残り時間を過ごした。瑞希とはここで別れた。
絵里と伸幸は、夜行バスの時間まで名古屋駅の地下街で過ごした。出雲への帰りのバスで伸幸は一度も起きることなく熟睡した。名古屋での予定は思っていた以上に短くなったが、その分、密度の濃い2日間になった。
また、これからいつもの日常に戻っていく。ゆかりのある場所での日々は、日常に彩りを添える香辛料、スパイスの様なものだと思う。旅行が好きで、もちろん一期一会で訪れる場所と人もそうだが、ゆかりのある場所となるとその気持ちが倍増する感じがする。
出雲に到着した翌日、伸幸はゲームセンターの音楽ゲームのフロアにいた。名古屋に数え切れないくらい存在しているのとは反して、出雲では市内で唯一無二の場所が伸幸には不思議と落ち着く。しばらく音楽ゲームを楽しみ、タバコを吸ってゲームセンターを出た。
土曜日、出雲に遊びに来た絵里を伸幸は案内した。出雲市駅北口の時計台で待ち合わせた二人は、伸幸の運転する車に乗り、出雲大社へと向かった。出雲ドームを経由した大型農道を通るルートで向かい、無事に出雲大社への参拝を終えた二人は農道沿いにある喫茶店で一休みを極めたのだった。
バスの出発まであと1時間ある。伸幸は、近くの牛丼屋でとりあえずの夕食を食べた。牛丼屋を出て、隣のコンビニ出て缶ビールとつまみを買って駅に戻った。未だバスの到着まで10分ある。伸幸は喫煙コーナーで缶コーヒー片手にタバコを吸って待つことにした。
バスが到着した。伸幸はバスへと乗車する。車内は4列シートになっていて、伸幸の座席は前列の3-A窓側の座席だった。
夜8時半、バスは少し遅れて出雲市駅を出発した。出雲からは15人が乗車した。伸幸の隣は未だ座っていない。夜9時半、バスは松江駅に到着し、10人の乗客が乗り合わせた。伸幸の隣にも人がやって来た。伸幸と同じ位の若い女の人だ。細身の綺麗なその人は、ハイボール片手にしていて、既に酔った状態だった。伸幸の隣に座ると直ぐに目を閉じた。伸幸の肩に凭れかかって眠っていた。伸幸は少し萎縮しながらも缶ビールを開けた。
朝6時半、バスは15分遅れて名古屋駅に到着した。隣に座っている人は未だ眠っている。伸幸はその人の肩を叩いて起こしにかかった。「うーん。」と寝ぼけ眼を擦りながら答えた。中々動く気配がない。最終的に最後に降りる客となった。
「起こして頂いてありがとうございました。」
「いえいえ。」
女の人は荷物を持って歩き始めた。伸幸は自分の荷物を持って行かれることに気がついて、その人を呼び止める。
「あの、すみません。」
「はい。」
「荷物、間違ってますけど…」
「あっ、すみません。」
女の人は素直に応じた。
荷物を受け取ると伸幸は近くの喫茶店でモーニングを食べた。名古屋のモーニングは少し違う。珈琲に付いてくるのが多い。パン、ゆで卵、サラダ、フルーツ…。これだけでお腹が満たされていく。モーニングを食べ終えると伸幸は一服した。次に乗る名鉄電車の時刻を調べる。時計を見ると朝7時半を過ぎていた。8時10分に直通の一部特別車で、乗車券だけで乗れるようだ。
伸幸は喫茶店を出ると銀時計のある新幹線口から名鉄電車のある金時計方面へと歩いた。連絡口を通り、名鉄の改札口に着く。券売機で知多奥田までの往復を買って4番ホームに行った。特急電車は定時で到着した。一般車の車両に乗り込んだが、名古屋から乗る人が多くて伸幸は座ることが出来なかった。金山、神宮前と名古屋市内で降りる人は少なかった。知多半田を過ぎた頃、ようやく伸幸は座ることに成功した。
「まもなく、知多奥田~」
アナウンスが流れて電車が到着すると、それまで降りる人は少なかったのに、この駅で多くの人が降りていく。どうやらここの大学の学生が殆どだったようだ。
朝9時、特急電車で50分かかって到着した。予定の11時までは未だ少し時間がある。伸幸は駅構内にあるカフェに入って珈琲を飲むことにした。
「長島くん。」
「尾関先生、お久しぶりです。」
偶然にも講師を依頼してきた尾関真由美教授と合流した。
「尾関先生、今日は呼んで頂いてありがとうございました。」
「こちらこそありがとう。今日はもう一人来ることになってるの。もう少しで来ると思うんだけど…」
伸幸と尾関はもう一人を待った。朝10時、特急電車が到着した。尾関に近づく女の人がいた。その顔に伸幸はハッとした。偶然にもバスで一緒だったその人だった。女の人も直ぐに気づいた。
「長島さんですよね。私、牧野絵里です。バスではすみませんでした。」
「いえいえ。でも、なぜ僕の名前を知ってるんですか?」
「入学して直ぐに一緒に時間割を作ってもらったじゃないですか。」
だとしても、伸幸が4年のときの1年。深くは関わっていない。学生時代の伸幸は、大学にある障害学生支援センターという所で学生スタッフとして活動していた。他にもサークルや団体に所属していて、何故だか、名前だけが独り歩きすることが多かった。しかも本名ではなくあだ名が独り歩きしていた。
11時、尾関教授が担当するボランティア論の講義が始まった。1年次の必修科目ということもあって、高校卒業したばかりのフレッシュな学生が多い。伸幸が15分、牧野が15分話して90分の講義が終わった。
講義が終わると昼休みになり、学生たちは足早に講義室から出て行った。尾関と牧野、伸幸の3人は、荷物を片付けると生協の食堂で昼ごはんを食べることにした。食べ終えると、講義棟で尾関と別れた。
駅までの坂道を牧野と歩いた。駅に着いて時計を見ると昼1時を過ぎた頃だった。次の特急電車まで40分ある。伸幸は再びカフェで時間を潰そうと決めた。
「絵里ちゃん、僕は特急電車に乗るんだけど。」
「じゃあ、私も同じのに乗りますよ。」
帰りも同じ電車になり二人でカフェに入った。伸幸は珈琲、牧野はオレンジジュースを頼んだ。
「絵里ちゃん、タバコを吸っても良いかな?」
「はい。」
伸幸はタバコに火を点け一服した。珈琲を飲んで一休みを終えて店を出た。特急電車まであと10分ある。
「長島さん、どちらまでですか?」
「僕は名古屋までだよ。」
「私も同じです。」
ホームに上がり特急電車を待った。昼2時台の特急電車が到着した。二人は電車に乗り込む。近くに空いている二人掛けの座席に座った。伸幸は不意に眠たくなった。バスで寝付けなかったのが今の時間になって襲って来たのだろう。自然と瞼が下がり、気がつけば牧野の肩に凭れて眠っていた。
「長島さん、名古屋に着きましたよ。」
牧野の声かけに伸幸は目を覚ました。名鉄名古屋に到着し、二人は降りた。改札口を出て時計を見ると昼3時前だった。金時計まで二人は一緒に歩いた。
「長島さん、この後は?」
「ホテルにチェックインしようかと思って。」
「私も。私は金時計側ですので。」
「うん。じゃあ、ここで。」
二人は金時計で別れた。伸幸は新幹線口に進み、ホテルにチェックインした。チェックインを終えてホテルを出た伸幸は地下鉄の改札口に向かった。土日エコきっぷを発券機で買って、東山線に向かった。伏見駅で鶴舞線に乗り換え、上前津で降りた。
上前津で降りて8番出口を出ると、大須商店街に入った。招き猫の広場に差し掛かると、その前にあるメイドカフェのメイドから声をかけられた。
「幸さん。久しぶりだね~。」
「久しぶり。」
声をかけられた流れで店内に入った。
「ご主人様のご入国です。」
「ようこそ、めいどランドへ。」
窓側端の席へ座った。ポイントカードの国民証をメイドに渡すと入国の儀式を始めた。伸幸は珈琲を頼むと、この後の予定を確認した。注文した珈琲は直ぐにやって来た。
「じゃあ、一緒にお願いします。」
「はい。」
「いきます。美味しくなーれ、萌え萌えキュルルーン。」
珈琲におまじないをかけるとメイドは離れた。伸幸は時間を確認すると、夕方4時を過ぎた所で、次の予定は夜7時半の同窓会。間は3時間ほどある。伸幸はスマートフォンを取り出すとSNSを開いた。
伸幸は基本的にSNSに投稿はしないが、休日や時間が取れた時、一人で旅行した時に近況をアップする位だった。伸幸は久しぶりにアップした。写真のアップはしないで、出雲に乗ったバスから今までのことをアップした。
伸幸は延長することなく出国(退店)した。店を出たその足で招き猫を過ぎ、新天地通り商店街に入った。この商店街の中にあるゲームセンターに入っていった。店内に入り、音楽ゲームのある2階に進んだ。伸幸はポップンミュージックの台まで行ったが、既に並んでいるので最後尾で待った。自分の番になり、100円で4曲プレイすると、ポップンミュージックの台から離れた。
隣接している万松寺ビルのエスカレーターで3階に上った先にある小さなカフェに入った。
「お帰りなさい。」
カウンターに7人も座ると満席になる小さなうさ耳のメイドカフェだった。伸幸が入った時、店内にには人がおらず、まったりとしていた。珈琲を注文し、暇つぶしに漢字のクロスワードを始めた。暫くして珈琲が届いた。
「お待たせしました。初めまして、ししゃもです。宜しくお願いします。」
「幸です。よろしく。」
ししゃもといううさ耳のメイドと暫く話をしているともう一人のメイドがやって来た。
「あっ、幸さん。お帰り。久しぶりだね。」
「かのんちゃん、久しぶり。」
久しぶりに会う顔見知りのメイドも加わり話が盛り上がった。
夜6時になり伸幸はカフェを出た。ゲームセンターに戻り再びポップンミュージックに100円を投じて1プレイしてゲームセンターを出た。途中の招き猫の広場にある喫煙所で一服していると、大須のアイドルが路上ライブをしていた。アイドルのライブを見るのに観客がその広場を占拠するほどの数が押し寄せていた。伸幸も久しぶりに見る景色に懐かしく思えた。気がつくとそのライブを最後まで見ていた。
夜7時、伸幸は上前津駅に戻り、地下鉄に乗った。上前津駅から鶴舞線で御器所に向かい、そこから桜通線に乗り換えて国際センターに到着し、集合場所へと向かうと、そこに牧野の姿があった。伸幸は思わぬ偶然に驚いた。
「絵里ちゃん!?」
「私も今日、参加するんですよ。」
今日は障害学生支援センターの同窓会で学生スタッフのOBやサークルのOBなどが集まる同窓会だった。参加者は10人ほど。揃ったところで店に向かった。国際センターから江川線を北上した所にある中華料理の店に入った。
夜9時、一次会が終了し、メンバーと別れた。伸幸と牧野、そして浅井の3人が残った。
「やっぱりこの3人が残ったか。」
「そうだね。意外だったよ。絵里ちゃんも飲めるなんて。」
「私もお酒、好きですから。」
「じゃあ、もう一軒行こうか。」
伸幸は二人を連れて江川線を六句町のバス停を目指してさらに北上した。バス停の近くにある「六句のくらちゃん」という小さな居酒屋に入った。
「いずもくーん、久しぶり!」
「お久しぶりです。時間、大丈夫ですか?」
「良いよ。入って、入って。」
カウンターの奥には常連の塩野さんと野崎さんの二人が座っていた。
「いずもくーん、久しぶり。」
「お久しぶりです。隣座って良いですか?」
「良いよ。座って、座って。」
3人は隣に座った。伸幸はハイボール、二人はビールを注文し、食べ物も唐揚げ、豚平など適当に注文した。久しぶりに入ったお店で話は尽きることがなかった。閉店の夜11時になり、浅井は終電があるためここで別れた。野崎と塩野さんも同じくここで別れ、大将と3人で近くのスナックに行った。深夜1時まで飲むと店を出た。
完全に酔った牧野は伸幸にくっ付いて離れない。タクシーで牧野の泊まるホテルまで送り届けて部屋を出ようとすると、牧野の手が伸幸の服を掴んで離さない。伸幸はそっと牧野のの手を離してその場を離れ、自分の泊まるホテルに戻った。ホテルに戻ると牧野のからLineが届いていた。
「どうして帰っちゃったんですか。ずっと一緒にいたかったのに。」
予想外のメッセージだった。伸幸は酔った勢いなのだろうと思い、返信をした。
「ありがとう。でも、今日はゆっくり休んで。また朝、会えるし、ね。」
「言いましたね。朝、また絶対会ってくださいよ。」
「分かったよ。じゃあ、朝9時半に銀時計にする?」
「良いんですか?行きます、絶対。」
Lineのやり取りを終えた伸幸は、そのまま眠りについた。
朝9時半、伸幸はホテルのチェックアウトを済ませると集合場所の銀時計に向かった。銀時計に到着すると、牧野が先に着いて待っていた。
「遅くなってごめんね。」
「大丈夫です。私も今、着いた所なので。」
牧野の様子は昨日と変わらず笑顔だった。伸幸は少し安心した。やはり酒の勢いだったのかと思った。
「朝、どこで食べます?」
「せっかく名古屋だし、マメダ珈琲で。」
「そうですね。」
二人は銀時計近くの地下街にあるマメダ珈琲に入った。日曜日の朝、店内は家族連れで賑わっていた。喫煙ルームが空いていて、二人はそこに座った。
「いらっしゃいませ。」
「モーニング2つ。珈琲で。」
注文を終えると沈黙になった。
「ごめん。タバコを良いかな?」
「はい。」
伸幸はタバコに火を点ける。この雰囲気をどうすれば良いのか分からない。吸い終わる頃、モーニングが届いた。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
一先ずモーニングを食べ始める。
食べ終わる頃、牧野が口火を切った。
「長島さんって今、彼女いますか?」
「今?いないよ。」
「えっ、じゃあ倉本さんは?」
「瑞希?違うよ。」
「そうなんですか!?てっきり付き合っているのかと思ってました。」
牧野は伸幸に探りを入れ始めた。
瑞希と伸幸は在学中から一緒にいることが多かった。伸幸が瑞希のグループと一緒に講義を受けるようになってから。最初は仲間内での行動が、次第に二人で行動するようになり、気がつけば当たり前のように二人で行動することが多くなった。卒業してからもそれが続いていて、在学中から浮いた話として何度も上がったことがある。
「長島さん、昨日のLineのことですけど。」
「うん。」
伸幸は改めて座り直した。
「長島さん。私、本気ですから。長島さんはお酒の勢いだと思っていると思いますけど。」
「…うん。」
「ずっと倉本さんと付き合っているものだと思って諦めていたけど、今聞いて違うと分かったので、改めて言います。私、長島さんのことが好きです。」
「…うん。」
伸幸は相槌を打つことしか出来なかった。
「…私じゃ、ダメですか?」
「ダメじゃないよ。」
「じゃあ、私と付き合ってくれますか?」
「…うん。僕で良いの?」
「私は長島さんが、良いです。」
「…分かった。」
「やった!ありがとうございます。」
「こちらこそ、ありがとう。」
絵里は喜んだ。目には涙を浮かべていた。
「絵里ちゃん、泣かないで。」
「ごめんなさい。嬉しくて。」
「これ、使って。」
伸幸は絵里にハンカチを差し出した。女性が涙する姿はどうして良いのか分からない。絵里は涙を拭いた。
「長島さん、今日どうされるんですか?」
「今日は瑞希と会う約束してるんだ。その後、夜行バスで出雲に帰るよ。」
「バスのチケットはもう、買われました?」
「いや、まだだよ。この後、買うつもり。」
「その予定、私も一緒して良いですか?」
「大丈夫だけど、絵里ちゃんの予定は?」
「休みは明日までなので、変更出来ます。」
「なら、良いよ。」
「やった。」
朝食を終えた二人はマメダ珈琲を出た。その足で夜行バスの切符売り場へ向かった。夜行バスの切符を買って駅に戻った。時計を見ると10時20分になっていた。瑞希との約束の時間まで10分ある。二人は待ち合わせの金時計に向かった。金時計には沢山の人がいた。その中から探し出すのは難しかった。伸幸は瑞希に電話をかける。電話しながらようやく瑞希と合流出来た。
「遅くなってごめん。待った?」
「ううん。私も今着いた所。あれ?メロだけじゃないんだ。」
「うん。瑞希と会うって言ったら、一緒に来たいって。良いかな?」
「それは大丈夫だよ。絵里ちゃん、久しぶり。」
「倉本さん、お久しぶりです。」
瑞希は絵里を笑顔で迎えた。絵里も笑顔で瑞希に挨拶した。
「瑞希、今日はどこ行く?」
「とりあえず本屋行って良い?」
「分かった。」
3人は駅を出て、バスターミナル近くの本屋に入った。その後、本屋近くのカラオケに入った。カラオケは3時間セットを選んだ。401の部屋は10人が入れる部屋だった。部屋に入り荷物を置くとフリードリンクのコップを持って飲み物を取りに行った。部屋は禁煙でタバコはホールで吸うことになった。
3人が部屋に戻ると瑞希がデンモクを持って曲を選んだ。それから絵里、伸幸と順番にデンモクが回ってくる。
4曲ずつ歌った頃、伸幸はタバコと携帯を持って部屋を出る。伸幸が出たのを確認すると絵里は瑞希の所に詰め寄った。
「倉本さん、今日は飛び入りで来てすみませんでした。」
「良いけど、とうしたの?」
「長島さんが心配だったので。」
「メロが?何で?」
瑞希は直ぐにピンと来なかった。絵里は続けた。
「倉本さんは、長島さんのこと、どう思ってるんですか?」
「メロ?どうって…、メロは親友だよ。」
瑞希は絵里の問いかけに素直に応じた。絵里はさらに続ける。
「本当に、そうですか?」
「えっ?」
「私は、男女の友情は無いと思います。」
「どうしたの?」
瑞希は少し困惑した。絵里は畳み掛けるように瑞希に言った。
「私は、ずっと長島さんと倉本さんは付き合っているものだと思っていました。」
瑞希は絵里の言葉に苦笑いした。
「あ~、その事ね。無いから安心して。」
絵里は未だ納得がいかない。何故なら大学在学中、伸幸には不思議と浮いた話がシャボン玉のように出ては消えていく感じだった。
「私、心配なんです。長島さん、色々な所に所属していて、毎日大学が閉まるまでいて、朝も一番にいる。なのに、自分のことはお構いなしだし、基本的に断ることしないし、無計画で能天気、なのに情緒不安定な所が。」
瑞希は絵里の言葉に驚いた。
「絵里ちゃんも私と同じこと思ってたのね。」
瑞希は不思議と絵里に同調した。
「絵里ちゃんと私が抱くメロへの感情は同じだっのね。でも、絵里ちゃんはどうして恋心に変わっていったの?」
「それは、やっぱり、どうしても彼を取られたくないって思ったからです。」
「でも、私たちと絵里ちゃんが大学被ってたのって、1年だけだよね?」
「そうなんですけど、長島さん、卒業してからも支援センターのイベントや行事に都合が合えば来てくれて、その都度親身になって話を聞いてくれたりして。」
絵里の話を聞きながら瑞希は、フッと息が漏れた。絵里も連鎖するように息が漏れる。
「メロらしいね。」
「ですよね。私、初めてなんですよね。長島さんのような男の人と会ったの。」
「だよね。中々いないと思うよ~。あんな変わり者。」
「倉本さんもそう思います?」
「もちろん。」
「ですよね。」
顔を合わせて二人はお腹を抱えて笑った。
伸幸は部屋を出てトイレで用を済ませるとホールのドリンクバー横にある喫煙室に入った。タバコに火を点け、一息を入れる。どのタイミングで部屋に戻ろうかを考えた。吸い始めた最初の1本が吸い終わる。伸幸は、絵里にLineを送る。
「頃合い良い頃、連絡して。」
返事は直ぐに来ない。伸幸は、2本目のタバコに火を点ける。スマホでSNSを見ながら待つことにした。中々返事が来ない。2本目のタバコも吸い終わった。喫煙室の中にある自販機がICカードを使えることを知り、伸幸は持っているICカードの残金で缶コーヒーを買った。
「ごめん。戻ってきて良いよ。」
絵里から返事がある事を確認した伸幸は、缶コーヒーを飲み干すと喫煙室を出た。伸幸が部屋に戻ると、瑞希と絵里の中が急激に良くなっている印象を受けた。
「どうしたの?二人とも。急に仲良くなって。」
「だって、絵里ちゃん可愛いじゃん。聞いたよ。絵里ちゃんと付き合うことにしたんだって?何で言ってくれないの。」
「ごめん。隠すつもりは無かったんだけど。」
「まっ、おめでとう。」
「ありがとう。瑞希も心配かけてごめんね。」
「うん。」
デンモクが再び瑞希から回り始める。そここらは休憩なしで残り時間を過ごした。瑞希とはここで別れた。
絵里と伸幸は、夜行バスの時間まで名古屋駅の地下街で過ごした。出雲への帰りのバスで伸幸は一度も起きることなく熟睡した。名古屋での予定は思っていた以上に短くなったが、その分、密度の濃い2日間になった。
また、これからいつもの日常に戻っていく。ゆかりのある場所での日々は、日常に彩りを添える香辛料、スパイスの様なものだと思う。旅行が好きで、もちろん一期一会で訪れる場所と人もそうだが、ゆかりのある場所となるとその気持ちが倍増する感じがする。
出雲に到着した翌日、伸幸はゲームセンターの音楽ゲームのフロアにいた。名古屋に数え切れないくらい存在しているのとは反して、出雲では市内で唯一無二の場所が伸幸には不思議と落ち着く。しばらく音楽ゲームを楽しみ、タバコを吸ってゲームセンターを出た。
土曜日、出雲に遊びに来た絵里を伸幸は案内した。出雲市駅北口の時計台で待ち合わせた二人は、伸幸の運転する車に乗り、出雲大社へと向かった。出雲ドームを経由した大型農道を通るルートで向かい、無事に出雲大社への参拝を終えた二人は農道沿いにある喫茶店で一休みを極めたのだった。
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