短き者達

雨彩 色時

文字の大きさ
上 下
18 / 57

携帯電話

しおりを挟む
 僕にとって携帯電話は緊急時の対応用具か音楽プレーヤーとしか思えない。それ以外にも様々な事を出来るのは知っている。あくまでそれは知識にはあって利用はしていない。
 僕が携帯画面を見る時間なんて、1時間あるか怪しい。クラスの生徒が授業中にいじって、没収されて落ち込んでいる生徒を見て僕はなぜか羨ましいと思った。そして、そう思った自分が凄く惨めに感じた。


 ある日のことである。下校中に財布の落とし物を拾ったから、交番に届けて名前を書いている最中に息を切らしながら入っている女子がいた。制服を見ると僕と同じ学校だ。

「えっと…あの…すいません、さい、ふ! 届いてませんでしたか!?」


 交番に来る前に色々と探した様子だ。髪は乱れて、随分と険しい顔をしている。最後の頼みと言った感じで、返答次第ではそのまま倒れそうだった。

「…っ!? それ!!! それ私の財布!」


 彼女は僕が拾った財布を人差し指を向けて近付いた。どうやら持ち主はすぐに見つかった様だ。僕も書類を記入するのは面倒と思っていたので、助かる。彼女は中身を確認してホッとした。物騒な世の中だから僕は気にしないが、目の前で確認するのは気持ちのいい行動ではない。

「ライブのチケットある…良かったぁ。ほっっっっとにありがとう」
「それ…」


 僕はつい声を出してしまった。彼女の持つチケットは僕も持っていたからだ。お金よりも音楽ライブのチケットを確認するってことはかなりのファンだろう。

「ん? 何?」
「いや、何でも…。じゃあ持ち主は見つかりましたし、僕はこれで」


 警察官に軽くお辞儀をして、その場を離れようとすると彼女は腕を掴んできた。

「お礼! お礼させてよ!」


 僕の返答なんか待たずにそのまま腕を引っ張って、彼女は嬉しそうに歩き出す。チケットが見つかった事が体と表情で理解出来る。

「何か食べたい物ある? お礼に奢ってあげる!」
「いや、別に」
「何よそれ!? 全く…じゃあ私が選ぶけど文句言わないでよね?」


 彼女に連れられてお店へ入る。女性が多く、僕は自然と肩身が狭く感じた。彼女は俺に何も聞かずに店員に注文した。店員が持ってきたのはパンケーキだ。

「ここのパンケーキ美味しいの。ねぇ、君さ。このバンド知ってるでしょ?」
「え? いや、知ってるけど。何で分かったの?」
「カバンに付いてるそれ。缶バッチ」


 僕は目立たないと思って付けた一つの缶バッチを彼女はいつの間にか見えた様だ。当てた事が嬉しいのか笑顔で僕を見つめる。

「チケットありがとね。拾ってくれたのが君で本当に良かった」
「いや、拾ったのは財布だけど…。まぁ、うん。どういたしまして。僕も行くから気持ちは分かるよ」
「えっ!? 本当に!? じゃあ、一緒に行こ?」


 僕は「うん」と返事をしたら彼女はまた嬉しそうに笑う。そんな彼女を見ていたら僕も笑みが溢れた。

「連絡先教えて」


 連絡先なんて両親のしか無かった僕にとって、彼女の一件は凄く新鮮味があった。彼女とは好きなバンドはもちろん、お互いの事を教えたり通話もした。
 徐々に学校内で会ったり、一緒に帰ったりと楽しい日々を過ごす。僕の朝はいつも携帯画面で天気を見ることから始まっていたが、彼女に"おはよう"を送る事が朝の始まりになった。授業中は彼女から返信がないか気にするようになる。

 もし、没収なんてされたら僕はいつかの生徒の様にひどく落ち込むだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

お漏らし・おしがま短編小説集 ~私立朝原女学園の日常~

赤髪命
大衆娯楽
小学校から高校までの一貫校、私立朝原女学園。この学校に集う女の子たちの中にはいろいろな個性を持った女の子がいます。そして、そんな中にはトイレの悩みを持った子たちも多いのです。そんな女の子たちの学校生活を覗いてみましょう。

処理中です...