短き者達

雨彩 色時

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貝殻から本物は聞こえない

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 お前が海に行きたいと言うのから、お前を後ろに乗せて、自転車を走らせた。季節でも何でもない。もっと言えば季節外れだ。


「なぁ、こんな日に海なんて寒いだけだろ」
「私が行きたいんだから、季節なんて関係なーいの」

 到着が近付いてきた海を見て彼女は瞳を輝かせる。俺は白い息を吐いて寒いと呟くだけだ。


「ねぇ、海に着いたら貝殻探してよ。とびっきり綺麗なやつ」
「えぇー…寒いだけじゃん。ちょっと歩いたら帰るぞ」
「ダーメ。絶対探して」

 海に着くと彼女は砂浜を駆け回る。視線はずっと俺に向けて笑顔を振り撒き、大げさな手振りする。俺は軽く手を振って貝殻を探す。とびっきり綺麗と言葉が付いてくるような貝殻を。

「なぁこれなんてどうだ?」
「んー、惜しいね」

 彼女はなぜ急に海に行きたがり、貝殻を欲しているのだろうか?全く俺は検討がつかない。何も分からないまま貝殻を探している。


「これは?」「ダメ」
「じゃあ、これは?」「綺麗じゃない」
「これなら、どうだ?」「小さい」

 今は何時だろうか。そろそろ探し物をするにも暗すぎる。お手上げするしかないかも知れない。


「なぁこれ以上は暗くなるし危ない。明日また探してやるから今日は帰ろう」
「ダメ。今日じゃないとダメなの」

 今日この日を拘り、貝殻を欲する彼女には何か意図があるはずだ。この海は何度か来たことがある。


___________
_____
_


「これやるよ」
「何これ」
「貝殻」
「いらない」
「耳に当ててみろよ。海の音、聴こえるから」
「……本当だ!!凄い!!くれるの!?」
「やるよ。今度はとびっきり綺麗な貝殻も探してやる。だから…俺と」

 まだ幼い頃。こいつと海で遊んだ時だ。続きの台詞は幼い男の勢いってやつだ。


「思い出したよ」
「遅いよ」
「ガキの頃だから仕方ないだろ」
「アンタはまだガキでしょ」

 お前は俺をいつもバカにする癖に喜怒哀楽を俺に素直に振り撒く。だから、お前の我儘に付き合えれる。


「じゃあ、早く探してよ。私も寒いんだから」
「ガキじゃないんだから、もう貝殻なんていらないだろ」

 彼は私を抱き締める。悲しい顔を私は見せたくないし、彼も見たくないのだろう。その顔は彼の胸に収まる。海の音より鮮明に彼の鼓動が聴こえる。そして、愛する言葉を彼が囁いてくれた。
 きっとこれは貝殻からは決して聴こえないものである。彼のこの綺麗な鼓動も愛を感じさせる囁きは、この海から始まる。


 お前が俺に恋するように、波は必ずやってくる。
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