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王子様のキス

王子様のキス②

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 仕事の会議で、テイクアウトでコーヒーを大量に注文したことがあり、予約するときに自分の名前を言った。亮介はそれを覚えてくれて、いつのまにか未央さんと呼ばれるようになった。
 最初はくすぐったかったが、亮介にそう呼ばれると素直にうれしい。。
 他に名前で呼ばれている客もいないようで、特別感に浸った。
 穏やかに笑う顔。まるで王子さまみたい。
 その笑顔を見ていると、ゆっくり周りが白っぽくなって、夢から覚めた。

 気がついた時には病院のベットに寝ていた。
 医者の説明によると、原因不明の症状で倒れ、意識不明となった。結果としては貧血であったが、通りかかった人が人工呼吸、心臓マッサージをしてくれたとのこと。
 きょうは念のため入院して、よければ明日退院と言われた。

 あわててスマホを確認すると、職場からの連絡が30件になっていた。点滴が終わったところでベットを出て、会話を許可されたスペースで職場に電話をする。
「篠田です、すみません。実は、けさ駅で倒れてしまって。いま病院にいます」
「無事でよかった。たまたま篠田さんの様子を見かけた生徒さんがいて、知らせてくれたの。レッスンは代理でやっ たから安心して。……あ、清原(きよはら)さんにかわるね」
清原玲奈きよはられなは、未央の同期だ。先週育休から復帰してきたばかり。
「もしもし未央? 大丈夫なの?」
「心配かけてごめん、いまは大丈夫。検査結果がよければ、明日退院するよ」

 慌てた様子の玲奈の声。電話の裏の雑踏が、忙しさを物語る。

「ならよかった。こっちはなんとかするから安心してゆっくり休んで。そうそう──」
「なに?」
「あのコーヒーショップのイケメン店員、郡司くん。退院したらお礼言っときなよ。倒れた未央に、人工呼吸までして助けてくれたんだって」

 へー、郡司くんがね。と言いかけたところで思考が停止する。
「ぐんじくん……郡……司……ええっ!?」
 未央は思わず大きな声を出した。うつろな記憶しかなかったので、夢かと思っていたのだが、夢じゃなかったのかと電話口で狼狽える。
 玲奈と何を話したかもよくわからないほど混乱したまま電話を切り、とぼとぼと病室に戻った。
 唇に残る、優しい感触。ミントの香り。
 すべて亮介自身のものだったのだと思うと、顔から火が出そうだった。
 次の日、検査結果は良好だったので無事退院。手続きを済ませた。
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