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番外編 恨みの理由

2恨みの理由

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「母は体調を崩して、私が中学2年の時に亡くなった。親戚との付き合いもなかったし、施設に入ったの」
 施設では、温かく迎えられて、悲しかった傷も癒えたという。
「遺品整理をしていたときに、母の日記を見つけてね」
 急に美濃さんの声色が変わる。明らかにドス黒くて、重たい雰囲気、いや怒りを纏った言えばいいのだろうか。
「藤原さんのお母さんへの恨みが、長く長く綴られていたの。どこかのタイミングで、娘がいるのも知ったみたい」
「……そう、なんですか」
「藤原さんのお母さんが、私のお父さんを奪った。そう書いてあったわ」
「……」
小さく息をついて、窓の外を見た美濃さん。降り始めた雨は雷雨になり、雷鳴が轟いている。
 しばらくして美濃さんはまたこちらに視線を向けて、話を続けた。「でも、その日記を読んだ時はそうなんだくらいにしか思わなかったし、私はお父さんの名前がわかっただけでも嬉しかった」
 美濃さんのお母さんは、日記をつける習慣があったらしく、付き合っていた頃のことも書いてあり、その中に父親の名前が何度も出てきたそうだ。
「それが恨みに変わったのは、高校生の時に藤原さんに実際に会うことになってからなの」
 
 花音の父親は、研究所で働いていて、ネットで検索すると顔写真と名前がでてくるそうだ。
「授業参観の時、藤原さんを見にきたご両親とすれ違った時に気がついたわ」
 たまたま、写真と同じスーツ姿だったのでよくわかったと言う。
「3人で仲良さそうに話している姿を見て愕然とした」
 それから、花音にまるで恋でもするかのようにずっと目で追い続けたそうだ。
 
「名前に負けず劣らず、かわいくて、きれいで頭もいい。先生からの信頼も厚くて、先輩の彼氏もいる。どこをとっても、羨望の塊でしかなかった」
 大きく息をつく美濃さん。誰かを羨ましいと思う気持ちは、人として健全な思考であると思うけれど、それがなぜ恨みに変わったのだろう。
「それが、妬みと僻みに変わったのは2年生の夏休みが開けた頃だった」
 美濃さんは、進路に悩んでいた。身寄りのない中、大学生になるには越えなければいけないハードルが多すぎて、頭がパンクし、不安でいっぱいだったという。「全てが羨ましくなったの。本当ならそれは全部自分のものだったかもしれないと思ったら、藤原さんの持っているもの全部奪ってやりたくなった」
 母を失い、絶望の中で進学を志願し、バイトと勉学の両立に疲れ果てていたと笑いながら話している美濃さんから、その大変さが伝わってくる。
「それで、彼氏を奪ったと?」
「ええ。女性にだらしない人だったみたいで、すごく簡単だった」
 風見さんのことも、美濃さんは見抜いていたのだろうか。
「大学に行っても、彼女が気になって仕方なかったわ」
 私立のお嬢様大学に通った花音は、大学の広告モデルとしてホームページや電車の中吊り広告によく載っていたらしい。
「地元の雑誌の読者モデルをやったり、ミスキャンパス東海ブロック代表になったり、ことあるごとに目についてどうかなりそうだった」
 大学を卒業し、秘書の仕事を始め、自分に合っているとやりがいを感じていた。次のステップにと選んだのが、うちの会社だったそうだ。「もう藤原さんのこともすっかり忘れていたのに、また再会するとは思ってなかった」
 心の奥に埋めた嫉妬と妬みが、再会の刺激によって芽を出した。手始めに、また彼氏を奪ってやろうと思ったが、風見さんの方から、機密情報の持ち出しを持ちかけられたらしい。
「その時は、ちょうど社長にパスワードを教えてもらったところだったし、タイミングが合ってしまったの」
 恋人関係を偽装してもらう代わりに、機密情報を風見さんに渡す。それだけのことだと思ったと言う。
「私も、それ以上のことを想像しなかったからいけないんだけど。まさか社外に売るとは思ってなかった。BOM社に機密情報を売っていると気がついたのは実は最近でね」
 バッカみたい。うまく風見さんに利用されちゃったとくすくす美濃さんが笑う。
「もう全部終わりにするわ。いつまでも藤原さんを恨んでも仕方ないし」
「……」
「機密情報漏えいは、終わりが見えなかったから、この展開はむしろありがたかった」
 そう美濃さんは、穏やかに微笑んだ。
「本当に、藤原さんへの恨みは無くなったんですか?」
「……実はね、藤原さんと永井さんが付き合ってるって知った時、お似合いだなと思ったの」「……俺を誘ってきたのは、また彼氏を奪うつもりなのだと思ってました」
「そう……ね。でも永井さんは難しいだろうなと思ってた。本当にごめんなさい」
 そこまで言って美濃さんは黙った。
「……それで全部ですか?」
「ええ」
「社長と不倫関係にあったというのは?」
「あんなおじいさん相手にしないわ。仕事上は気に入られていたと思うけど」
 おじいさん、ね。女にだらしない父親を持つと、なにかと苦労する。あんなんでも自分の父親なのだから仕方ないと諦めてはいるけれど。
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