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淡い芽吹き
4淡い芽吹き
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パッと顔を上げると、苦しそうにも見える篤人の顔。そんなに気にしないで、大丈夫だから。そう思って口角を無理矢理上げた。
「うん、訊かれたらうまく話しておく」
じゃあ、もう行くね。とホテルのロビーに続くエレベーターに乗りこんだ。
エレベーターのドアが閉まるとき、見送ってくれている篤人に小さく手を振った。
今だけでいい、今だけはあなたの彼女だと言わせて。そう自分に言い聞かせてニコニコと笑顔を作った。
エレベーターを降りると、もう両親と弟、妹夫婦が待っていた。パタパタと駆け寄り、連れ立ってランチ会場へと向かう。
歩きながら、母親がこそこそと、私に話しかける。
「花音の彼氏すてきだね。びっくりした」
「あー、うん」
「え、なにお姉ちゃんもう彼氏できたの?」
妹の詩音が話に割って入ってくる。詩音とは年が近いせいか、恋愛に限らずいろいろな話をしてきた。篤人のことはさすがに話していないけれど、燎子に2回彼氏を取られたことは知っている。
母親の前で話すには、あんまり気が乗らなくて、そっけない返事をした。
「お母さん、花音は前の人と結婚するのかと思ってた」
「へ?」
元カレと一緒にいるのを見たときに、そんな雰囲気がしたと母親は言う。確かにあの頃はそんな話も出ていたかもしれない。
「美濃燎子。本当にひどいよね」
詩音がその名前を出すのでドキッとした。詩音は私より一つ年下、高校も同じだったので、いろんなことを実際に見ている。燎子とは委員会か何かで一緒になったこともあるらしい。
「美濃……さん?」
母親が不思議そうに私の顔を覗き込む。あんまり言いたくなくて口を噤んでいると、詩音が口を開く。
「お姉ちゃん、その人に2回も彼氏取られたんだよ」
「ちょっ……詩音」
「そうな、の……」
母親の顔が明らかに曇る。不穏な話に、私のことが心配になったのだろうか。
「お姉ちゃんになんの恨みがあんの? ほんとタチ悪い」
詩音がぶりぶりと怒る。私はあははと笑い飛ばしながら母親の顔を見た。絶句して、顔が青ざめているような気がする。あ、えっと……そんなに気にしないで?
「お母さん、大丈夫だよ。永井さんすっごく優しくしてくれてるから」
「契約上」とは言えないけれど、優しくしてもらっているのは間違いない。
「あ、そ、そう。よ、よかったわね。仲良くね」
「うん」
「あの、その、美濃さん? って、ご両親はいらっしゃるの?」
「えーっ……と、事情は知らないんだけどなんか施設から高校に通ってたってのはきいたことあるよ」
「施設……」
「どうかした?」
なんでもないと首を振るお母さん。
妙な雰囲気を感じたけれど、詩音のご主人がちょうど声をかけてきて、話はそこで終わった。
誕生祝いは、すごく楽しい時間だった。ゲラゲラいつものように笑い合ったけど、母は珍しく食事を少し残していた。
ニコニコと話す母親の瞳に、恐ろしいほど静かで深い海が、果てしなく広がっているように見えた。
「うん、訊かれたらうまく話しておく」
じゃあ、もう行くね。とホテルのロビーに続くエレベーターに乗りこんだ。
エレベーターのドアが閉まるとき、見送ってくれている篤人に小さく手を振った。
今だけでいい、今だけはあなたの彼女だと言わせて。そう自分に言い聞かせてニコニコと笑顔を作った。
エレベーターを降りると、もう両親と弟、妹夫婦が待っていた。パタパタと駆け寄り、連れ立ってランチ会場へと向かう。
歩きながら、母親がこそこそと、私に話しかける。
「花音の彼氏すてきだね。びっくりした」
「あー、うん」
「え、なにお姉ちゃんもう彼氏できたの?」
妹の詩音が話に割って入ってくる。詩音とは年が近いせいか、恋愛に限らずいろいろな話をしてきた。篤人のことはさすがに話していないけれど、燎子に2回彼氏を取られたことは知っている。
母親の前で話すには、あんまり気が乗らなくて、そっけない返事をした。
「お母さん、花音は前の人と結婚するのかと思ってた」
「へ?」
元カレと一緒にいるのを見たときに、そんな雰囲気がしたと母親は言う。確かにあの頃はそんな話も出ていたかもしれない。
「美濃燎子。本当にひどいよね」
詩音がその名前を出すのでドキッとした。詩音は私より一つ年下、高校も同じだったので、いろんなことを実際に見ている。燎子とは委員会か何かで一緒になったこともあるらしい。
「美濃……さん?」
母親が不思議そうに私の顔を覗き込む。あんまり言いたくなくて口を噤んでいると、詩音が口を開く。
「お姉ちゃん、その人に2回も彼氏取られたんだよ」
「ちょっ……詩音」
「そうな、の……」
母親の顔が明らかに曇る。不穏な話に、私のことが心配になったのだろうか。
「お姉ちゃんになんの恨みがあんの? ほんとタチ悪い」
詩音がぶりぶりと怒る。私はあははと笑い飛ばしながら母親の顔を見た。絶句して、顔が青ざめているような気がする。あ、えっと……そんなに気にしないで?
「お母さん、大丈夫だよ。永井さんすっごく優しくしてくれてるから」
「契約上」とは言えないけれど、優しくしてもらっているのは間違いない。
「あ、そ、そう。よ、よかったわね。仲良くね」
「うん」
「あの、その、美濃さん? って、ご両親はいらっしゃるの?」
「えーっ……と、事情は知らないんだけどなんか施設から高校に通ってたってのはきいたことあるよ」
「施設……」
「どうかした?」
なんでもないと首を振るお母さん。
妙な雰囲気を感じたけれど、詩音のご主人がちょうど声をかけてきて、話はそこで終わった。
誕生祝いは、すごく楽しい時間だった。ゲラゲラいつものように笑い合ったけど、母は珍しく食事を少し残していた。
ニコニコと話す母親の瞳に、恐ろしいほど静かで深い海が、果てしなく広がっているように見えた。
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