虚羽化人間CHAOS

大秦頼太

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第七話 前編

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主な登場人物
梶間一郎:17歳。虚羽化人間カオス。
山岸ワタル:9歳。カオスに父親を殺され恨んでいる。
梶間大作:一郎の父。虚羽化人間を作る実験をしていた。
箕輪:死亡。虚羽化人間ムカデロン。
武雄:死亡。虚羽化人間モスキートン。安部の甥。
荒幡トオル:製薬会社グラックス専務。27歳。火蟻と人の虚羽化人間。
向井:製薬会社グラックス社員。28歳。虚羽化人間ホーネット。
鈴峰カオル:製薬会社グラックス社員。女性。29歳。カマキリと人の虚羽化人間キュラマンティス。
米山:製薬会社グラックスの営業マン。26歳。
田村彦二:42歳。喫茶タームのマスター。
田村珠恵:13歳。彦二の娘。
橋立:36歳。刑事。
安村:週刊誌のライター。
倉持エイコ:71歳。製薬会社グラックスの筆頭株主。

●山中・森
   霧の立ち込める森の中をカオスが駆けていく。何かに追われているように、時々後ろを振り返る。手には、カオスブレイド。

ワタルの声「人殺し!」

   悲鳴にも似た叫び声を上げて、カオスはさらに森の奥へ逃げていく。

ワタルの声「パパを返せ!」

   振り返るカオス。ワタルが目の前に立っている。ワタルは、カオスを指差し、口を開く。しかしその声は梶間大作に変わっている。

梶間の声「お前は役立たずだ」

   カオスの肩をつかむ腕、箕輪がカオスの後ろに立っている。

箕輪「一郎君。君もこっち側の人間なのさ」
武雄の声「そうさ」

   振り返るとワタルの顔だけが武雄になっている。

武雄「お前は人殺しだ」

   武雄の笑い声がも木々に反射し、森を包む。
   カオスブレイドを振りかぶり、武雄に切りつけるカオス。

ワタル「僕も殺すの?」

   その声にカオスの腕が止まる。そこにはワタルの姿。もう武雄の顔はない。
   カオスの足元が沈み込む。姿はワタルなのに声は梶間の声。

ワタル(梶間の声)「お前はいつも邪魔ばかりする」

   カオス、森の大地に引きずり込まれていく。

●グラックス 社内・廊下
   ロングヘアーの美人社員鈴峰カオル(30)が、廊下を歩いている。すれ違う男も女も彼女を振り返る。
   まんざらでもないが、あえて意識しない振りをする鈴峰。

●会議室
   荒幡、向井、鈴木、米山、小林が席についている中、荒幡と向井がにらみ合いをしている。

荒幡「やってくれたな」
向井「何の話だ?」
荒幡「山岸の件だ」
向井「あれは俺じゃないよ。ミスは小林の部下のせいだ」
小林「わ、わたしの……」

   声を絞り出す小林。その小林を威嚇する向井。

向井「あ?」
荒幡「向井。お前のせいで、計画が狂ってばかりだ」
向井「俺のせいじゃない。大体、人を食うことを何故止める? 薬にするのも食うのも同じじゃねえか!」

   米山の眉がピクリと動く。

荒幡「お前のそういう率直に意見を述べるところを、俺は高く買っている。だがな、俺たちは弱い。人類すべてと戦争しても、きっと俺たちが負ける」
向井「ハッ! バカなこと言うなよ。俺は人間なんかには負ける気はしないね。あんなよわっちい生き物、他にはいないぜ」
荒幡「そう。弱いからこそ、本当の強さを知っているんだ。人間を侮るな」

   ドアをノックする音。返事を待たずにドアを開いて鈴峰が入ってくる。

鈴峰「来たわよ」
荒幡「ようこそ」

   鈴峰、室内を見回し、小林を見つけるとペロッと下で上唇をなめる。

鈴峰「餌が1匹いるわね」

   震え上がる小林。

荒幡「カオル」
鈴峰「冗談よ」
向井「チッ、蟷螂女かよ」
鈴峰「蜂オヤジ」
向井「あんだと?」

   立ち上がる向井。ねめつける鈴峰。

荒幡「やめろ」

   にらみ合う二人を制止する荒幡。

荒幡「鈴峰には、向井の変わりに粛清の指揮を執ってもらう」
向井「おい」
荒幡「お前の気分次第で進められては、時間が足りなくなるからな」
鈴峰「アハハハ」
向井「この」
荒幡「よせ。それで向井には、別の仕事をやってもらう」
鈴峰「ビルの窓拭きかしら? ブンブン飛んでやれば早いわよ」
荒幡「カオル」
鈴峰「冗談よ」
向井「冗談じゃねえ。くだらない仕事だったら、俺は抜けるぜ」

   部屋を出ていこうとする向井。

荒幡「これは実に重要で、君向きの仕事さ」

   荒幡は、気にすること無く窓際に向かって歩く。

荒幡「安部が動き出した、らしい」

   向井、足を止める。

向井「何?」
荒幡「なんでもマスコミと組んで、連続殺人のことを調べているそうだ」
鈴木「説明します。先日うちの諜報員が、安部と思われる人間を見つけました。安部は東邦新聞社に研究所のことを売り込んだそうです。この東邦新聞社というのが……」
向井「安倍の話をしろ! どこだ?」
鈴木「失礼しました。安部は諜報員の目を、いえ耳を逃れて消えたそうです」
荒幡「彼は、この研究になぜか精通しているね。まさか」

   荒幡は米山を見る。

米山「田村彦二は、もう喫茶店しかしてません」
荒幡「そういう約束だからな」
向井「落合だな」

   全員が向井を見る。

向井「あの野郎ならあの研究を他所に売ることだって考えてるだろうよ」
荒幡「他所……」
米山「他所、海外に出ると?」
向井「わかんねぇけどよ」
荒幡「アメリカやロシアに売られたら、とんでもないことになりそうだな。外来種は凶悪そうだ」

   荒幡笑う。

向井「よし、分かった。安部と落合を片付けて、資料を燃やす」
荒幡「いや、資料と落合は確保しよう。安部は任せる」
向井「あいつまずそうなんだよな。……じゃ、やることも決まったし、俺は行くぜ」

   向井、会議室を出て行く。

米山「荒幡さん。さっき、向井さんが言っていた薬のことですが、薬にするのも食べるのも同じってどういう意味ですか?」
鈴峰「原料は人間よ」
米山・鈴木「え」
荒幡「カオル」
鈴峰「いいじゃないの。どうせすぐにバレるんだろうし」

   鈴峰、にっこりと笑う。

鈴峰「外国産で悪いと思うけど、彼らも立派な人間よ」
米山「どうして」
鈴峰「失敗作の処理に困るでしょ? だからよ」
鈴木「と言うことは、共食いですか?」

   口を押さえて吐きそうになる鈴木。

鈴峰「違うわね。私たちのようになれなかった生き物だから、共食いじゃないわよ」
米山「荒幡さん、人間は食べないって言ったじゃないですか?」
荒幡「根本的にそれは無理だ。我々にあった食料は人間以外に考えられない」
米山「何故ですか?」
荒幡「何故かな? 遺伝子を求めているのか、ミトコンドリアを取り込んでいるのか? 進化の証なのか」
米山「進化……」
鈴木「それって、人間を捕食するために私たちが生まれてきたと言うことでしょうか?」
荒幡「そうかもしれないな」
米山「教授は、知っているんですか?」
荒幡「何を?」
米山「俺たちが人類の敵だって言うことを」
荒幡「そうだな。教授にはぜひともこっち側に来てもらいたいが、もはや脳だけで生きている人だから、それもかなわないな」
鈴峰「脳だけなんて、おいしそう」
荒幡「たぶんご存知だろう。肉体がないことなんてあの人にとって、それほど重要じゃないのだろうさ」

●珠恵の通っている女子高
   珠恵の通っている学校。

●グラウンド
   グラウンドを駆けているバスケットボール部の女子生徒たち。その中に、珠恵の姿がある。

女子生徒たち「ファイトー」

   フラフラ走る珠恵。その額には汗がにじむ。女子生徒の一人が声をかけてくる。

女子生徒A「大丈夫?」
珠恵「……うん」
女子生徒A「顔色悪いよ」
珠恵「ごめん。薬飲んでくる」

   足を止めて歩き出す珠恵。それを見た顧問が怒鳴り散らす。

顧問「田村! 復帰していきなりそれじゃ話にならんな! 辞めちまえ!」

   珠恵、野獣のような鋭い目つきで顧問をにらむ。顧問、絶対的な恐怖を覚えて腰が抜ける。

顧問「ぁぁぁぁ……」
珠恵「あ……」

   珠恵、正気に返り、校舎へとかけていく。
   おびえた表情で、珠恵を見送る顧問。

顧問「食われるかと思った」

●喫茶ターム・店内
   橋立と安村が向かい合ってテーブル席に座っている。橋立はコーヒー、安村は水を飲んでいる。

安村「まぁ、情報の出所は確かだと思うぜ」
橋立「すごい研究だな。繭の中で遺伝子を再構築して病気を治すのか」
安村「本当ならな」
橋立「この研究、どのくらいまで進んでたんだ?」

   カウンターの奥で、彦二がチラチラ二人を見ている。

安村「さあね」
橋立「隠し事は無しにしようぜ」
安村「……どうも、実験過程で人が死んだらしい」
橋立「そいつは……。投薬でか?」
安村「いや、食われてだ」
橋立「あ」

   橋立の脳裏に浮かぶ事件現場。

安村「どうした?」
橋立「なんでもない」
安村「隠し事はしないんだろ?」

   苦笑いする橋立。

橋立「事件現場の遺体の多くが、引きちぎられたり食いちぎられたりしたものだった」
安村「連続殺人事件の犯人は、食人鬼か」
橋立「そいつが逃げ出したのか」
安村「もしくは研究所を壊滅させたか」
橋立「壊滅……」
安村「矛盾もあるんだ。そこにいた医者がな、話を持ってきたわけだが、全部処理をしたって言ってるんだよな」
橋立「だが、事件は起こってる」
安村「ああ、それと今度のドームの事件。やり口は似てるよな。でもなぁ通り魔で政治家を狙うか?」
橋立「狙いをつけてきている?」
安村「どんな?」
橋立「さあな。共通点もない。以前は無差別。今度のは、政治家」
安村「な? たまたまだろ?」
橋立「たまたまビップルームに入り込んで、政治家を殺した? そっちのほうがありえないさ」
安村「個人的な恨みとか?」
橋立「いや、これはもっと大きな問題かもしれない。後ろ盾を得たのかもな」
安村「後ろ盾か。どんな?」
橋立「それを調べるのが、お前の仕事だろ?」

●山奥・山小屋
   貧乏臭い山小屋。

●山小屋の中
   一郎が寝ている。目を開ける一郎。
   おかゆを運んでくる老婆、倉持エイコがそれに気がつく。

倉持「起きたかい?」
一郎「……」
倉持「ここは本当に山奥さ」
一郎「……」
倉持「あんなところで倒れてたら、いつの間にか山の栄養になってしまうよ」
一郎「それでもよかった」
倉持「よかった。話は出来るようだね。とりあえずこれを食べな」

   倉持は一郎におかゆをお盆ごと渡す。それを見つめる一郎。

倉持「若いうちは、大きく悩むもんさ。でも、年をとると大したことないって思っちまうけどね」
一郎「俺は、大したことないだなんて思えません」
倉持「まぁ、若いうちは大いに悩めばいいさ」
一郎「俺は……」
倉持「まぁ、いいさ」

   倉持は、一郎の側を離れる。ゆっくりと窓まで歩き、開け放つ。風が、小屋の中に入ってくる。

倉持「人間の心も、こうやって窓を開けられれば、風通しもよくなるもんさ」

   おかゆを見つめる一郎。

倉持「どうしたのさ。おあがり」
一郎「俺、こういうのは食べないんです」
倉持「まぁ、自分はいいところの坊ちゃんだって言いたいのかい?」
一郎「違うんです。俺は、人を食った奴を食うんです。人殺しなんです」
倉持「は?」

   唖然とする倉持。次の瞬間大笑いをする。

倉持「人殺しを食うんなら、あんたはいい奴じゃないか」
一郎「俺も同じなんです」
倉持「そうか、あんた死神だったのかい」
一郎「え?」
倉持「それで、あたしを食べに来たんだね? 合点がいったよ」

   当惑する一郎。

倉持「私はね。今までにたくさんの人間の命を奪ってきた。そりゃあ、もう数え切れないほどのね」
一郎「あの……」
倉持「まぁ、お聞き。これでも昔は偉かったのよ。海外で色々悪いこともやってきたわ。国内の仕事を奪ったり、人間を売り飛ばしたり、土地を追い出したりね」

   倉持が近づいてくる。

倉持「それでも、誰も殺してないからいいことをしていると思ってたのよ。偽善者ぶってね」

   逆光で、倉持の顔は見えない。

倉持「ある日のことだった。一人の村人が、小さい子どもを抱いて私のところにやって来たのよ。子どもの父親だった。そうして、私にこういうの。お前のせいで死んだ。お前が殺したんだ」

   倉持が笑う。歯だけが影から浮かび上がる。

倉持「笑っちゃうでしょ? 自分に甲斐性がないのに、人のせいにして、何を言ってるんだ。このダメな父親はって、誰もがそう思うわよね。でも実際には違った。子どもが大事にしていた森を伐採したのよ。子どもはそこで動物を見るのが好きだった。それがある日、森がなくなっていて、子どもは猛獣に襲われたの」

   倉持の歯が消える。再び影だけが一郎を見る。

倉持「小さい子どもは、幼かったからじゃなくて、食べられて小さくなっていたのよ」
一郎「だけど、襲われたのはあなたのせいじゃなくて……」
倉持「慈悲深い死神さんね。私も最初はそう思ったわ。だけど、不意に気がついたの。日本人なら誰しもが人殺しなんだってね。この国で豊かな生活をするために、世界でどれくらいの人が犠牲になってるか知っている? 自分の住んでいた土地を追い出され、行くあてのない民族は殺されて、世界の木々が伐採されて、そこから未知のウイルスが現れて、原住民を殺していくの。車を運転するガソリンのために、毎日の用に戦争がおき、新しい燃料のために食べるものが無くなる。日本人は、人殺しの民族なのよ。直接手を下していないだけで、手がきれいだと思ってるの。本当は、血まみれの物で社会が作られているのにね」
一郎「でも、直接人を殺すのは、もっと罪深いものだと思います」
倉持「なぜ?」

   一郎の側によって行く倉持。その顔に光が当たる。とても優しい笑顔をしている。

倉持「どうしてそう思うのかしら? 誰かが武器で人を殺したとするわね。でも、武器を作る人間も武器を売る人間も武器を使う人間も誰が欠けても殺人は成立しない。そのどこかに関わってたんなら自分が人を殺したことには変わりがないのよ」
一郎「僕は、人間だと思っていました。でも、人間が人間を殺すなんて、おかしいんです」
倉持「俺、じゃないのね?」
一郎「え?」
倉持「でも、戦争では、人は人を殺すわよ?」
一郎「そんなの普通じゃない」
倉持「ううん。人間は、生き物は殺し合うのが普通なのよ。殺して相手を奪うことによって自分の存在を認めさせてきたの。そういう悲しい生き物なのよ」
一郎「だけど」
倉持「だけど、自分たちを他の生き物とは違う偉いものだと思って、他の生物を差別して、この大地の上にふんぞり返っている。でも、結局は人間同士で殺し合い。まったくこんな社会なんて、本当に嫌になるでしょ?」
一郎「……はい」
倉持「だから、だからこそ平和が大事だと思うのよ。人が人を殺すなんて、悲しいことだと思うのは、心があるからなの」
一郎「心」
倉持「心のない人間は、人を殺しても別に平気なの。だから自分が殺されても平気なの。それはつまり、人として生きていないってことなのよ」
一郎「僕は、死んでいるんでしょうか?」
倉持「死んでいる人間が、そんなに苦しむものかしらね?」
一郎「でも」
倉持「そうだ。あなた、世の中を捨てなさい。私と一緒にここで畑仕事をしましょう」
一郎「え?」
倉持「それがいいわ」
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