幸せの青い本

大秦頼太

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幸せの青い本 2

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「知ってる?」
 そう言いながらチアキが教室へと駆け込んでくる。サクラとミユキの側で急停止すると代わりに口を動かし始めた。
「ねえねえ、幸せの青い本って聞いたこと無い?」
 サクラが首をかしげる。ミユキが笑った。
「えー、なにそれ? いろいろ混ざってない?」
「青い鳥じゃなくて?」
 チアキは、ミユキとサクラの言葉を無視して話を続けた。
「兄貴が聞いた話なんだけど……」
 その噂話の出所ははっきりしていなかった。ただ、都内の高校生の中で広がっている噂だった。その青い本を見つけた人間は、願いをかなえることが出来、とてつもない幸運を手にすることができるのだと言う。
「アイドルのKってそれでオリコンの1位になったって話だよ」
 本人の努力は関係ない。むしろそういうものが無い方が、芸能界が夢の舞台であるかのような錯覚を引き起こさせるのだ。運命と言う名の目に見えない力が働くことによって、芸能人になれる。少女たちの中ではそれで十分だった。サクラの目が輝いた。
「私なら、獣医になる」
「私は、会社社長」
「そんなもの楽勝だって、もっとすごいものを願わなきゃ」
 チアキが二人に顔を近づけると、そこにちょうどやって来たアツコも参加してくる。
「なんか面白い話?」
 四人はサクラの席を囲むように顔を合わせた。
「うん、なんかね。願いが叶う本があるんだって」
「へー」
 サクラの説明にアツコはチアキを見る。チアキはにんまりとして話し始める。
「図書室の隅っこに青い本が置いてあることがあるんだって、誰も見たことがないような本で」
「デスノートじゃねえの」
 アツコがチアキを茶化す。それにサクラが乗る。
「デスノートは黒でしょ」
 チアキは二人を軽く小突く。
「いいから聞いて。図書室に一人でいる時にその本に気がつくんだって」
「きもちわるーい」
 ミユキが頬を押さえる。チアキはなんだか得意げになっていく。
「それで、表紙をめくるとその後ろに、「そなたの願い事を書け」って英語で書いてあるんだって」
「何で英語?」
「さあ?」
 ミユキが首をかしげるとみんなも同じように首をひねる。チアキも答えがわからないので話を続けた。
「それで、ページをめくっていくと何か色々書いてあるんだって」
「いろいろ?」
 サクラの疑い一つないまなざしにチアキは大満足だった。
「うん、お金が欲しいとか、地位が欲しいとか、名誉とか」
「地位だって、地位ほちいってか?」
 アツコが笑う。チアキはむきになる。
「誰それと結婚したいとか、そんなことも書いてあるんだって」
「へー」
 アツコはまるで興味が無いようだった。チアキはサクラとミユキを見つめた。アツコを相手にするのは時間のムダだと判断したようだった。
「まぁ、中には自分の敵を殺そうと願った奴もいるようだけどね」
「そんな本があったら、苦労しないよね」
 ミユキは半信半疑と言うところだった。アツコがそれを援護する。
「ほんと」
「あ、本だけに?」
 チアキが驚きの表情をアツコに向ける。アツコが慌てて両手を振りまくる。
「やめてよ。オヤジギャグじゃん」
「アツコ、オヤジじゃん。この女子校にいる数少ないオヤジの一人」
 サクラが明るく笑う。ミユキもアツコもつられて笑った。笑いかけたチアキが、あっと声を出す。
「そうそう書いちゃいけないこともあったんだった」
「何?」
 サクラの純真無垢な視線を受けてチアキはご満悦だった。そこにアツコが邪魔しに入る。
「下ネタとか?」
「バカ。えっと、たしかねぇ。願いは2つまで、3つ目を望んではいけない」
「へー」
 チアキの言葉をアツコは聞き流しているかのようだった。
「それで、二つ目が、死を拒んではならない」
「二つもあんの?」
 驚いたのはミユキだった。チアキはにやりとする。
「三つ目が」
「えー、うそー、もういいよ。あれもダメ、コレもダメってたくさん書いてあって、最後は自分で叶えられる願いを書けって書いてあるんだろ?」
「違うよ。願いを増やしてはならない。これだけ」
 拍子抜けしたのかミユキがチアキに向かってくる。
「えー、四つ目も作ろうよ。オヤジギャグ禁止」
「あいたたたた。あたしの存在意義が」
「あははは」
 机の上に崩れるアツコをサクラが笑った。チアキが不満そうに口を尖らせる。
「もう、真面目に聞いてよ」
「そんなもん真面目に聞くような話じゃないだろ」
「そうそう」
 アツコとミユキはあまり本気にしていないようだった。
「お前たち席につけー」
 担任の男性教師が教室に入ってくるが、おしゃべりは続く。若い男性教師にありがちな舐められ方だ。担任が一人の少女を招き入れると、教室は静かになっていく。背中まで流れる黒髪が目を引いた。全体的に華奢な作りで、触れた瞬間に崩れてしまいそうな危うさを周囲に与える。
 どこか別世界の人間。
 それを感じているからだろうか、担任教師もどこか緊張しているようだった。上ずった声が教室内に響き渡る。
「転入生の大島マコさんだ」
「大島です」
 マコは一礼する。薄いガラスを軽く弾いたような消えやすく美しいかすかな響きの声。顔を上げるとアツコが手を叩いた。
「うわ、超かわいいんですけどー」
「アツコ、手を出すなよ!」
 チアキが笑うと教室中が笑いに包まれた。それにつられるようにマコも笑った。
「誰か席を運んで来てあげて」
 担任の声にアツコが隣の席の子を蹴飛ばして、手を大きく振る。
「先生! ここ、この席が空いてます!」
 席から落とされた女子生徒は非難がましくアツコをにらんだ。担任教師が手を叩いて静止する。
「田口アツコ、席は君が用意すること。それと、君の隣は却下だ」
「そりゃ無いよー」
 アツコの悲鳴に教室が笑いに包まれた。
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