2 / 18
幸せの青い本 2
しおりを挟む
2
「知ってる?」
そう言いながらチアキが教室へと駆け込んでくる。サクラとミユキの側で急停止すると代わりに口を動かし始めた。
「ねえねえ、幸せの青い本って聞いたこと無い?」
サクラが首をかしげる。ミユキが笑った。
「えー、なにそれ? いろいろ混ざってない?」
「青い鳥じゃなくて?」
チアキは、ミユキとサクラの言葉を無視して話を続けた。
「兄貴が聞いた話なんだけど……」
その噂話の出所ははっきりしていなかった。ただ、都内の高校生の中で広がっている噂だった。その青い本を見つけた人間は、願いをかなえることが出来、とてつもない幸運を手にすることができるのだと言う。
「アイドルのKってそれでオリコンの1位になったって話だよ」
本人の努力は関係ない。むしろそういうものが無い方が、芸能界が夢の舞台であるかのような錯覚を引き起こさせるのだ。運命と言う名の目に見えない力が働くことによって、芸能人になれる。少女たちの中ではそれで十分だった。サクラの目が輝いた。
「私なら、獣医になる」
「私は、会社社長」
「そんなもの楽勝だって、もっとすごいものを願わなきゃ」
チアキが二人に顔を近づけると、そこにちょうどやって来たアツコも参加してくる。
「なんか面白い話?」
四人はサクラの席を囲むように顔を合わせた。
「うん、なんかね。願いが叶う本があるんだって」
「へー」
サクラの説明にアツコはチアキを見る。チアキはにんまりとして話し始める。
「図書室の隅っこに青い本が置いてあることがあるんだって、誰も見たことがないような本で」
「デスノートじゃねえの」
アツコがチアキを茶化す。それにサクラが乗る。
「デスノートは黒でしょ」
チアキは二人を軽く小突く。
「いいから聞いて。図書室に一人でいる時にその本に気がつくんだって」
「きもちわるーい」
ミユキが頬を押さえる。チアキはなんだか得意げになっていく。
「それで、表紙をめくるとその後ろに、「そなたの願い事を書け」って英語で書いてあるんだって」
「何で英語?」
「さあ?」
ミユキが首をかしげるとみんなも同じように首をひねる。チアキも答えがわからないので話を続けた。
「それで、ページをめくっていくと何か色々書いてあるんだって」
「いろいろ?」
サクラの疑い一つないまなざしにチアキは大満足だった。
「うん、お金が欲しいとか、地位が欲しいとか、名誉とか」
「地位だって、地位ほちいってか?」
アツコが笑う。チアキはむきになる。
「誰それと結婚したいとか、そんなことも書いてあるんだって」
「へー」
アツコはまるで興味が無いようだった。チアキはサクラとミユキを見つめた。アツコを相手にするのは時間のムダだと判断したようだった。
「まぁ、中には自分の敵を殺そうと願った奴もいるようだけどね」
「そんな本があったら、苦労しないよね」
ミユキは半信半疑と言うところだった。アツコがそれを援護する。
「ほんと」
「あ、本だけに?」
チアキが驚きの表情をアツコに向ける。アツコが慌てて両手を振りまくる。
「やめてよ。オヤジギャグじゃん」
「アツコ、オヤジじゃん。この女子校にいる数少ないオヤジの一人」
サクラが明るく笑う。ミユキもアツコもつられて笑った。笑いかけたチアキが、あっと声を出す。
「そうそう書いちゃいけないこともあったんだった」
「何?」
サクラの純真無垢な視線を受けてチアキはご満悦だった。そこにアツコが邪魔しに入る。
「下ネタとか?」
「バカ。えっと、たしかねぇ。願いは2つまで、3つ目を望んではいけない」
「へー」
チアキの言葉をアツコは聞き流しているかのようだった。
「それで、二つ目が、死を拒んではならない」
「二つもあんの?」
驚いたのはミユキだった。チアキはにやりとする。
「三つ目が」
「えー、うそー、もういいよ。あれもダメ、コレもダメってたくさん書いてあって、最後は自分で叶えられる願いを書けって書いてあるんだろ?」
「違うよ。願いを増やしてはならない。これだけ」
拍子抜けしたのかミユキがチアキに向かってくる。
「えー、四つ目も作ろうよ。オヤジギャグ禁止」
「あいたたたた。あたしの存在意義が」
「あははは」
机の上に崩れるアツコをサクラが笑った。チアキが不満そうに口を尖らせる。
「もう、真面目に聞いてよ」
「そんなもん真面目に聞くような話じゃないだろ」
「そうそう」
アツコとミユキはあまり本気にしていないようだった。
「お前たち席につけー」
担任の男性教師が教室に入ってくるが、おしゃべりは続く。若い男性教師にありがちな舐められ方だ。担任が一人の少女を招き入れると、教室は静かになっていく。背中まで流れる黒髪が目を引いた。全体的に華奢な作りで、触れた瞬間に崩れてしまいそうな危うさを周囲に与える。
どこか別世界の人間。
それを感じているからだろうか、担任教師もどこか緊張しているようだった。上ずった声が教室内に響き渡る。
「転入生の大島マコさんだ」
「大島です」
マコは一礼する。薄いガラスを軽く弾いたような消えやすく美しいかすかな響きの声。顔を上げるとアツコが手を叩いた。
「うわ、超かわいいんですけどー」
「アツコ、手を出すなよ!」
チアキが笑うと教室中が笑いに包まれた。それにつられるようにマコも笑った。
「誰か席を運んで来てあげて」
担任の声にアツコが隣の席の子を蹴飛ばして、手を大きく振る。
「先生! ここ、この席が空いてます!」
席から落とされた女子生徒は非難がましくアツコをにらんだ。担任教師が手を叩いて静止する。
「田口アツコ、席は君が用意すること。それと、君の隣は却下だ」
「そりゃ無いよー」
アツコの悲鳴に教室が笑いに包まれた。
「知ってる?」
そう言いながらチアキが教室へと駆け込んでくる。サクラとミユキの側で急停止すると代わりに口を動かし始めた。
「ねえねえ、幸せの青い本って聞いたこと無い?」
サクラが首をかしげる。ミユキが笑った。
「えー、なにそれ? いろいろ混ざってない?」
「青い鳥じゃなくて?」
チアキは、ミユキとサクラの言葉を無視して話を続けた。
「兄貴が聞いた話なんだけど……」
その噂話の出所ははっきりしていなかった。ただ、都内の高校生の中で広がっている噂だった。その青い本を見つけた人間は、願いをかなえることが出来、とてつもない幸運を手にすることができるのだと言う。
「アイドルのKってそれでオリコンの1位になったって話だよ」
本人の努力は関係ない。むしろそういうものが無い方が、芸能界が夢の舞台であるかのような錯覚を引き起こさせるのだ。運命と言う名の目に見えない力が働くことによって、芸能人になれる。少女たちの中ではそれで十分だった。サクラの目が輝いた。
「私なら、獣医になる」
「私は、会社社長」
「そんなもの楽勝だって、もっとすごいものを願わなきゃ」
チアキが二人に顔を近づけると、そこにちょうどやって来たアツコも参加してくる。
「なんか面白い話?」
四人はサクラの席を囲むように顔を合わせた。
「うん、なんかね。願いが叶う本があるんだって」
「へー」
サクラの説明にアツコはチアキを見る。チアキはにんまりとして話し始める。
「図書室の隅っこに青い本が置いてあることがあるんだって、誰も見たことがないような本で」
「デスノートじゃねえの」
アツコがチアキを茶化す。それにサクラが乗る。
「デスノートは黒でしょ」
チアキは二人を軽く小突く。
「いいから聞いて。図書室に一人でいる時にその本に気がつくんだって」
「きもちわるーい」
ミユキが頬を押さえる。チアキはなんだか得意げになっていく。
「それで、表紙をめくるとその後ろに、「そなたの願い事を書け」って英語で書いてあるんだって」
「何で英語?」
「さあ?」
ミユキが首をかしげるとみんなも同じように首をひねる。チアキも答えがわからないので話を続けた。
「それで、ページをめくっていくと何か色々書いてあるんだって」
「いろいろ?」
サクラの疑い一つないまなざしにチアキは大満足だった。
「うん、お金が欲しいとか、地位が欲しいとか、名誉とか」
「地位だって、地位ほちいってか?」
アツコが笑う。チアキはむきになる。
「誰それと結婚したいとか、そんなことも書いてあるんだって」
「へー」
アツコはまるで興味が無いようだった。チアキはサクラとミユキを見つめた。アツコを相手にするのは時間のムダだと判断したようだった。
「まぁ、中には自分の敵を殺そうと願った奴もいるようだけどね」
「そんな本があったら、苦労しないよね」
ミユキは半信半疑と言うところだった。アツコがそれを援護する。
「ほんと」
「あ、本だけに?」
チアキが驚きの表情をアツコに向ける。アツコが慌てて両手を振りまくる。
「やめてよ。オヤジギャグじゃん」
「アツコ、オヤジじゃん。この女子校にいる数少ないオヤジの一人」
サクラが明るく笑う。ミユキもアツコもつられて笑った。笑いかけたチアキが、あっと声を出す。
「そうそう書いちゃいけないこともあったんだった」
「何?」
サクラの純真無垢な視線を受けてチアキはご満悦だった。そこにアツコが邪魔しに入る。
「下ネタとか?」
「バカ。えっと、たしかねぇ。願いは2つまで、3つ目を望んではいけない」
「へー」
チアキの言葉をアツコは聞き流しているかのようだった。
「それで、二つ目が、死を拒んではならない」
「二つもあんの?」
驚いたのはミユキだった。チアキはにやりとする。
「三つ目が」
「えー、うそー、もういいよ。あれもダメ、コレもダメってたくさん書いてあって、最後は自分で叶えられる願いを書けって書いてあるんだろ?」
「違うよ。願いを増やしてはならない。これだけ」
拍子抜けしたのかミユキがチアキに向かってくる。
「えー、四つ目も作ろうよ。オヤジギャグ禁止」
「あいたたたた。あたしの存在意義が」
「あははは」
机の上に崩れるアツコをサクラが笑った。チアキが不満そうに口を尖らせる。
「もう、真面目に聞いてよ」
「そんなもん真面目に聞くような話じゃないだろ」
「そうそう」
アツコとミユキはあまり本気にしていないようだった。
「お前たち席につけー」
担任の男性教師が教室に入ってくるが、おしゃべりは続く。若い男性教師にありがちな舐められ方だ。担任が一人の少女を招き入れると、教室は静かになっていく。背中まで流れる黒髪が目を引いた。全体的に華奢な作りで、触れた瞬間に崩れてしまいそうな危うさを周囲に与える。
どこか別世界の人間。
それを感じているからだろうか、担任教師もどこか緊張しているようだった。上ずった声が教室内に響き渡る。
「転入生の大島マコさんだ」
「大島です」
マコは一礼する。薄いガラスを軽く弾いたような消えやすく美しいかすかな響きの声。顔を上げるとアツコが手を叩いた。
「うわ、超かわいいんですけどー」
「アツコ、手を出すなよ!」
チアキが笑うと教室中が笑いに包まれた。それにつられるようにマコも笑った。
「誰か席を運んで来てあげて」
担任の声にアツコが隣の席の子を蹴飛ばして、手を大きく振る。
「先生! ここ、この席が空いてます!」
席から落とされた女子生徒は非難がましくアツコをにらんだ。担任教師が手を叩いて静止する。
「田口アツコ、席は君が用意すること。それと、君の隣は却下だ」
「そりゃ無いよー」
アツコの悲鳴に教室が笑いに包まれた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる