3 / 96
冬のあほうつかい
冬のあほうつかい 2
しおりを挟む
2
氷の城から麓の町ノースフロストまでの間には平野が広がっている。秋が来る頃には雪が降り始めるが土地自体は非常肥沃である。しかし、町の実情から見れば誰も耕作などはしない。そのため平野は春から夏にかけて草原となりトナカイやヘラジカなどの大型の草食動物、リスやウサギなど小動物などが活動をし、キツネやテン、クズリ、グリズリーやオオカミなどの肉食動物が草食動物を狩る豊かな自然環境が存在している。一般的にはこういった豊かな草原は猟師たちにとっては夢のような猟場になるのだが氷の城の庭とも言える場所であり、ほとんどやってくることはない。冬になれば動物たちも冬眠や西に移動していき草原は深い雪に埋もれる。
平野の南側はノースフロストに至るのだが冬場はひと気がない。この町は冬に生活をするには危険で過酷な環境のために住人も冬の間はもっと南の町へ移動してしまう。ただこの町は氷の城の前哨基地となるため、シミュラも過去には冬場のうちに町を破壊するなどの手段を用いたこともあった。しかし、何度か襲撃をすると町側にも対策をされてしまった。春に攻勢をかけても敵勢力も数が多くシミュラの戦力が削られてしまうことになり、冬にわざわざ仕掛けても町自体が季節労働者向けのようなものなので人と物資は一緒に南へ移動してしまう。そのためわざわざ攻め込んでも奪い取るものもない。町を囲う塀も板塀程度の物なので人がやってくる春が来るたびに新しく直されてしまうのでわざわざ破壊しても意味がなかった。使役している生き物を動かせば食料が必要だし、迷宮より魔物を出動させ動かすにはかなりの量の魔素と呼ばれる燃料がいる。さらに魔素を魔物に供給するには迷宮の中でなければならない。シミュラは迷宮の主であっても外で魔素を補給させるすべを知らなかった。氷の城の防衛も大事であるが、その地下にある迷宮の奥にある物を守り抜かなければならない。魔物を外に送りすぎてしまうと腕利きの冒険者達に迷宮を攻略されシミュラは永遠とも呼べる命と強力な魔力を失うのである。冬は数少ない冒険者の相手をしていればいいが、春になると周辺国家や傭兵団の軍隊をいくつか相手にしなければならない。その間をすり抜けて入り込む冒険者も厄介なものだった。
そんなにぎやかな春が北の大地にやってくる。草原の肉食動物が目覚める頃、ノースフロストにも人間の姿をした猛獣たちが大挙してやってくるわけだ。
「氷の城には財宝が溜め込まれている」
「城の奥には世の支配者になれる力が眠っている」
彼らはそんな噂話を信じてやってくるわけである。そうなると軍隊や冒険者に物資を供給する商人たちも繁忙期を迎えることになる。港には軍船や商船がひっきりなしに横付けされ人や荷物を降ろし、寒々としていた町は一気に膨張していく。ただ立ち並ぶ店は家屋と言うよりはいつでも即撤収できるようテントのような屋台系のものであった。
とにかく戦いやすい季節ということもあってノースフロストは一気に賑わいを見せるわけである。
やってくる者たちにとってはいい季節だが、攻め込まれるシミュラにとっては迷惑なものだった。周辺に生息している動物を魔力で操ることも可能だがずっと兵力として使い続けるわけにも行かない。無理な使い方をすれば彼らの生息数にも影響を与えるし、そうなると動物の数を増やすことができずやがては兵力を整えることもできずに詰むことにもなり得る。
他にも魔力で氷の巨人を動かすこともできるが細かい命令はできない上に数体作るのがやっとである。氷の巨人自体は凄まじい攻撃力ではあるが、寒さで土地を荒らす。使いすぎれば動物たちの食料がなくなってしまう。その代わりの火力となるのは氷の砲台や投石機ではあるが、敵味方が入り乱れた場面では使うことができない。
この地を守ることは想像以上に繊細で難しいのである。
シミュラの家系は代々この地を治めてきたが、何度か迷宮の主の地位を奪われてしまったことがある。それでもこの地を取り返すことができたのは、シミュラが有能であると言うよりはこの地の防衛が想像以上に困難であるということを現しているのだろう。
シミュラにはもう血の繋がった家族はいない。父は迷宮の維持に失敗し、母もその時に殺された。兄は争奪戦で破れ、貧しさの中で妹を病気で喪った。ようやく氷の城を取り戻したのは百三十年以上前のことだった。冒険者の中に紛れ、魔物と戦い罠に阻まれ仲間をすべて失いながらもようやく手に入れたものだった。
迷宮の主になってからしばらくは順調だったが冒険者達の間に「攻略本」なるものが共有され始めたあたりから難しくなった。一定の冒険者達は迷宮探索を途中で切り上げてそこまでの記録を集めて本としてまとめているのである。仲間を失っても、迷宮攻略を続けるような冒険者ではなく冒険で得た情報を売るという稼ぎ方が登場したために罠や謎掛けがほぼ無力化され深部にたどり着く冒険者が爆発的に増えた。その対応のために蓄えた資材や資金などが使用されて財政の赤字が長らく続いてしまった。
そんな中、シミュラを救ったのが亜法使いの子供たちであった。その行いは失った妹の代わりを求めただけだったのかもしれないが、シミュラは周辺の村々で身寄りのない子供を見つけると氷の城へ連れてきて育てていた。そんな中の一人がある日、魔法を使ったのだ。シミュラが教えたわけではない。普通、魔法を使うには触媒のようなものが必要となる。シミュラは周辺の水気を使うことで氷を作ったり、物を温めたり、溶かしたりできる。
「シムラ様! 空からアメが降ってきたよ! 僕ね、アメアメアメなめるアメ~ってお空にお願いしたんだよ」
後になってわかったことだが亜法使いになる子供はシミュラの名前を正確に言えない。
その時、呼び名を注意することなく降ってきた雨を見に行ったのは、その時期に雨が降ることが珍しかったのとその量によっては雪が融かされて雪崩が起きることがあるからだった。そうして見に行った先で驚きの声を上げた。天候はよく晴れ雨など降っておらず、冬の日の中でもだいぶ穏やかな天気だった。大騒ぎをする子供たちの目の前の雪の上にカラフルな点が落ちていることに気がついた。雪の上に飛び出してはしゃぐ子供たちを見てシミュラは「お待ちなさい! キッチンで洗ってもらってから口の中に入れるのですよ!」などと言うしかできなかった。
原理は分からなかったが、亜法使いはその身の内にある無限の想像力で不可能を可能にしてしまうようだった。
それからというもの歴代の亜法使いの子供たちは迷宮の新しい階層を作り、豊かな発想により様々な罠や謎を作り出し冒険者の侵入をほぼ完全に防ぐようになった。やがて大人になった元亜法使いたちは他の子供達と同じようにその後も城で生活するか外の世界に旅立つかを自ら決めることができた。氷の城で育った者は城で寿命を迎えた者や戦死した者、時々戻ってきてまた旅立つ者と様々だったが、亜法使いだった者は好奇心が旺盛で氷の城に残り続ける者は少なかった。
氷の城から麓の町ノースフロストまでの間には平野が広がっている。秋が来る頃には雪が降り始めるが土地自体は非常肥沃である。しかし、町の実情から見れば誰も耕作などはしない。そのため平野は春から夏にかけて草原となりトナカイやヘラジカなどの大型の草食動物、リスやウサギなど小動物などが活動をし、キツネやテン、クズリ、グリズリーやオオカミなどの肉食動物が草食動物を狩る豊かな自然環境が存在している。一般的にはこういった豊かな草原は猟師たちにとっては夢のような猟場になるのだが氷の城の庭とも言える場所であり、ほとんどやってくることはない。冬になれば動物たちも冬眠や西に移動していき草原は深い雪に埋もれる。
平野の南側はノースフロストに至るのだが冬場はひと気がない。この町は冬に生活をするには危険で過酷な環境のために住人も冬の間はもっと南の町へ移動してしまう。ただこの町は氷の城の前哨基地となるため、シミュラも過去には冬場のうちに町を破壊するなどの手段を用いたこともあった。しかし、何度か襲撃をすると町側にも対策をされてしまった。春に攻勢をかけても敵勢力も数が多くシミュラの戦力が削られてしまうことになり、冬にわざわざ仕掛けても町自体が季節労働者向けのようなものなので人と物資は一緒に南へ移動してしまう。そのためわざわざ攻め込んでも奪い取るものもない。町を囲う塀も板塀程度の物なので人がやってくる春が来るたびに新しく直されてしまうのでわざわざ破壊しても意味がなかった。使役している生き物を動かせば食料が必要だし、迷宮より魔物を出動させ動かすにはかなりの量の魔素と呼ばれる燃料がいる。さらに魔素を魔物に供給するには迷宮の中でなければならない。シミュラは迷宮の主であっても外で魔素を補給させるすべを知らなかった。氷の城の防衛も大事であるが、その地下にある迷宮の奥にある物を守り抜かなければならない。魔物を外に送りすぎてしまうと腕利きの冒険者達に迷宮を攻略されシミュラは永遠とも呼べる命と強力な魔力を失うのである。冬は数少ない冒険者の相手をしていればいいが、春になると周辺国家や傭兵団の軍隊をいくつか相手にしなければならない。その間をすり抜けて入り込む冒険者も厄介なものだった。
そんなにぎやかな春が北の大地にやってくる。草原の肉食動物が目覚める頃、ノースフロストにも人間の姿をした猛獣たちが大挙してやってくるわけだ。
「氷の城には財宝が溜め込まれている」
「城の奥には世の支配者になれる力が眠っている」
彼らはそんな噂話を信じてやってくるわけである。そうなると軍隊や冒険者に物資を供給する商人たちも繁忙期を迎えることになる。港には軍船や商船がひっきりなしに横付けされ人や荷物を降ろし、寒々としていた町は一気に膨張していく。ただ立ち並ぶ店は家屋と言うよりはいつでも即撤収できるようテントのような屋台系のものであった。
とにかく戦いやすい季節ということもあってノースフロストは一気に賑わいを見せるわけである。
やってくる者たちにとってはいい季節だが、攻め込まれるシミュラにとっては迷惑なものだった。周辺に生息している動物を魔力で操ることも可能だがずっと兵力として使い続けるわけにも行かない。無理な使い方をすれば彼らの生息数にも影響を与えるし、そうなると動物の数を増やすことができずやがては兵力を整えることもできずに詰むことにもなり得る。
他にも魔力で氷の巨人を動かすこともできるが細かい命令はできない上に数体作るのがやっとである。氷の巨人自体は凄まじい攻撃力ではあるが、寒さで土地を荒らす。使いすぎれば動物たちの食料がなくなってしまう。その代わりの火力となるのは氷の砲台や投石機ではあるが、敵味方が入り乱れた場面では使うことができない。
この地を守ることは想像以上に繊細で難しいのである。
シミュラの家系は代々この地を治めてきたが、何度か迷宮の主の地位を奪われてしまったことがある。それでもこの地を取り返すことができたのは、シミュラが有能であると言うよりはこの地の防衛が想像以上に困難であるということを現しているのだろう。
シミュラにはもう血の繋がった家族はいない。父は迷宮の維持に失敗し、母もその時に殺された。兄は争奪戦で破れ、貧しさの中で妹を病気で喪った。ようやく氷の城を取り戻したのは百三十年以上前のことだった。冒険者の中に紛れ、魔物と戦い罠に阻まれ仲間をすべて失いながらもようやく手に入れたものだった。
迷宮の主になってからしばらくは順調だったが冒険者達の間に「攻略本」なるものが共有され始めたあたりから難しくなった。一定の冒険者達は迷宮探索を途中で切り上げてそこまでの記録を集めて本としてまとめているのである。仲間を失っても、迷宮攻略を続けるような冒険者ではなく冒険で得た情報を売るという稼ぎ方が登場したために罠や謎掛けがほぼ無力化され深部にたどり着く冒険者が爆発的に増えた。その対応のために蓄えた資材や資金などが使用されて財政の赤字が長らく続いてしまった。
そんな中、シミュラを救ったのが亜法使いの子供たちであった。その行いは失った妹の代わりを求めただけだったのかもしれないが、シミュラは周辺の村々で身寄りのない子供を見つけると氷の城へ連れてきて育てていた。そんな中の一人がある日、魔法を使ったのだ。シミュラが教えたわけではない。普通、魔法を使うには触媒のようなものが必要となる。シミュラは周辺の水気を使うことで氷を作ったり、物を温めたり、溶かしたりできる。
「シムラ様! 空からアメが降ってきたよ! 僕ね、アメアメアメなめるアメ~ってお空にお願いしたんだよ」
後になってわかったことだが亜法使いになる子供はシミュラの名前を正確に言えない。
その時、呼び名を注意することなく降ってきた雨を見に行ったのは、その時期に雨が降ることが珍しかったのとその量によっては雪が融かされて雪崩が起きることがあるからだった。そうして見に行った先で驚きの声を上げた。天候はよく晴れ雨など降っておらず、冬の日の中でもだいぶ穏やかな天気だった。大騒ぎをする子供たちの目の前の雪の上にカラフルな点が落ちていることに気がついた。雪の上に飛び出してはしゃぐ子供たちを見てシミュラは「お待ちなさい! キッチンで洗ってもらってから口の中に入れるのですよ!」などと言うしかできなかった。
原理は分からなかったが、亜法使いはその身の内にある無限の想像力で不可能を可能にしてしまうようだった。
それからというもの歴代の亜法使いの子供たちは迷宮の新しい階層を作り、豊かな発想により様々な罠や謎を作り出し冒険者の侵入をほぼ完全に防ぐようになった。やがて大人になった元亜法使いたちは他の子供達と同じようにその後も城で生活するか外の世界に旅立つかを自ら決めることができた。氷の城で育った者は城で寿命を迎えた者や戦死した者、時々戻ってきてまた旅立つ者と様々だったが、亜法使いだった者は好奇心が旺盛で氷の城に残り続ける者は少なかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる