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迷宮の主
迷宮の主 19
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19
ネジフが振るう戦斧が丸蟲の外殻を押しつぶす。赤黒い液体が周囲に飛び散る。通路は五人ほどの人間が歩きまわれるほど広い。四方にナサインが置いた黒い炎が燃え上がり周囲の闇を吸い込んでいた。その炎の中心にナサインたちは立っている。前後からうずくまった大人くらいの大きさの硬い外殻を身にまとった丸蟲が無数に集まってくる。
「飛んで来たら打ち落とせ。噛まれるなよ。痛いからな!」
ナサインの声は叫び声に近かった。黒い長い棒を両手に丸蟲の接近を阻んでいるが、その顔には余裕は無かった。一匹払う側からもう一匹が飛び出してくる。それを避けると味方に当たる。
「クソ、前の連中が巣をいじりやがった!」
シビトは飛んでくる丸蟲を拳で打ち落とし、脚で踏み抜く。反対側ではネジフが戦斧で丸蟲を両断するのであった。しかし、その数は一向に衰えなかった。
「死にたくねえよ。死にたくねえんだよ」
ネジフは涙と鼻水を目一杯溜め込みながら戦斧を降り続ける。モンテールは荷物で虫を避けるのに必死だった。
「どうにかならないの!」
ウイカの叫びも必死だった。転がる丸蟲の上を飛び跳ねながら、攻撃を避け自分に注意を向けさせていた。
「もういや!」
そう叫ぶウイカが見ている方向には、人一倍大きな丸蟲が見える。
「こんなところで」
ナサインは手に持っていた長い杖を床に突き刺す。そして両手を広げると長い杖は霧散し、代わりに手のひらに黒い鋭い矢じりのようなものがいくつも生まれ出でる。
「死んだら節約もないか。ネジフ下がれ!」
ネジフが振り返り地面にうずくまったところに丸蟲が飛び掛る。ナサインは両手をネジフの立っていた方向へ向けると黒い鏃を一度にすべて放出した。
固い金属同士がぶつかり合うような音がしてネジフは顔をゆっくりと上げる。目の前に丸蟲の顔があり、驚いて飛び退るが、戦斧が何かに引っかかり抜くことが出来ない。
「ちくしょう! 何なんだよ」
「ネジフ早く来い!」
「斧が、俺の斧が!」
後方の丸蟲たちは黒い細長い糸によってその場に縫い付けられていた。その硬い糸の間に戦斧の刃が巻き込まれ抜けなくなっていたのだ。
呼びかけるナサインの額には汗がにじみ、ふら付きながら前方からやってくる丸蟲を避けていた。
「さっきのもう一度出来ないの?」
ウイカが丸蟲を蹴り飛ばしながらナサインに近づいていく。
「今は無理だ。ネジフ! 早くこっちに来い」
「武器が引っかかってるのよ!」
ウイカはネジフの元に走る。ネジフは戦斧を引き抜こうとするが先が引っかかり、押しても引いても抜くことは出来なかった。
「先祖から貰った大事な斧なんだぞ。手放したら殺される」
そこにウイカがすべりこんで来る。
「ネジフ。落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかよ。バカヤロウ」
「ネジフ。斧はあたしが絶対にここから取り出すから、みんなを助けてあげて」
ネジフはウイカと戦斧を交互に見る。
「でも」
ウイカはネジフの手に自分の手を重ねる。
「信じて。あたしを信じて」
「武器がねえよ」
「斧を届けるまで、あいつらをボールだと思って蹴飛ばしてればいいのよ」
「……ボールか。丸いもんな」
ネジフは笑った。ウイカも笑った。
「任しとけ」
ネジフは立ち上がってモンテールを追いかける丸蟲を蹴り飛ばす。それは物凄い勢いで他の丸蟲に命中する。
「こりゃ、おもしれえ」
ウイカはそれを見てから、戦斧を見る。糸に縫い付けられた丸蟲たちはまだうごめいている。下手に腕を入れれば食いちぎられるかもしれなかった。
「難易度高いな」
ウイカは舌をちろっと出して、戦斧を持ち上げる。丸蟲の口と黒い糸を交互に避けながら、戦斧を取り出せる隙間を探す。
黒い糸に縫い付けられた丸蟲たちのその奥に、新手の丸蟲が見える。丸蟲は身動きの出来なくなった仲間の身体を食いちぎり出していた。その光景に思わず手に持っていた斧の柄を取り落としそうになる。
「落ち着いて」
ウイカはそうやって自分を落ち着かせる。蠢く丸蟲、上部に大きな隙間を見つけたが、ウイカの背では届きそうに無かった。他にはそんな隙間は望めそうにも無かった。唇を噛む。
「壁を蹴り上げて、それで……。ダメだ。失敗したら斧は向こうに行っちゃう」
ウイカは悔しさに顔を歪ませる。
「やっと見つけたのに!」
丸蟲の共食いはさらに進んでいる。黒い糸が食い切ることが出来ないと知ると丸蟲たちは迷宮の壁をかじり始めた。
「神様……」
ウイカがはっとする。
「モンテール! モンテールこっちに来て」
突如呼ばれたモンテールは逃げ回りながらウイカを見る。背伸びをして斧を持ち上げているのが見えた。
「ははあ、あれを取れと言うのか。しかし、私とて僧侶の端くれ。刃物をこの身に持つことは許されぬことなのです」
ウイカは何度もモンテールを呼ぶ。モンテールはウイカの元に走っていく。
「ですから、僧侶の端くれですからね……」
「そこに四つんばいになって」
「え?」
「早く! 乗るよ!」
促されるままに四つんばいになった瞬間、ウイカがモンテールの背中に乗り隙間から戦斧を通し、その腕の中に取り戻した。そのままの勢いでネジフの元に駆けて行く。
「モンテール、ありがと!」
「なんの!」
顔を上げると丸蟲の顔が目の前にあってモンテールは叫び声を上げて後ろに飛びのいて壁に後頭部を打ちつける。
ネジフが振るう戦斧が丸蟲の外殻を押しつぶす。赤黒い液体が周囲に飛び散る。通路は五人ほどの人間が歩きまわれるほど広い。四方にナサインが置いた黒い炎が燃え上がり周囲の闇を吸い込んでいた。その炎の中心にナサインたちは立っている。前後からうずくまった大人くらいの大きさの硬い外殻を身にまとった丸蟲が無数に集まってくる。
「飛んで来たら打ち落とせ。噛まれるなよ。痛いからな!」
ナサインの声は叫び声に近かった。黒い長い棒を両手に丸蟲の接近を阻んでいるが、その顔には余裕は無かった。一匹払う側からもう一匹が飛び出してくる。それを避けると味方に当たる。
「クソ、前の連中が巣をいじりやがった!」
シビトは飛んでくる丸蟲を拳で打ち落とし、脚で踏み抜く。反対側ではネジフが戦斧で丸蟲を両断するのであった。しかし、その数は一向に衰えなかった。
「死にたくねえよ。死にたくねえんだよ」
ネジフは涙と鼻水を目一杯溜め込みながら戦斧を降り続ける。モンテールは荷物で虫を避けるのに必死だった。
「どうにかならないの!」
ウイカの叫びも必死だった。転がる丸蟲の上を飛び跳ねながら、攻撃を避け自分に注意を向けさせていた。
「もういや!」
そう叫ぶウイカが見ている方向には、人一倍大きな丸蟲が見える。
「こんなところで」
ナサインは手に持っていた長い杖を床に突き刺す。そして両手を広げると長い杖は霧散し、代わりに手のひらに黒い鋭い矢じりのようなものがいくつも生まれ出でる。
「死んだら節約もないか。ネジフ下がれ!」
ネジフが振り返り地面にうずくまったところに丸蟲が飛び掛る。ナサインは両手をネジフの立っていた方向へ向けると黒い鏃を一度にすべて放出した。
固い金属同士がぶつかり合うような音がしてネジフは顔をゆっくりと上げる。目の前に丸蟲の顔があり、驚いて飛び退るが、戦斧が何かに引っかかり抜くことが出来ない。
「ちくしょう! 何なんだよ」
「ネジフ早く来い!」
「斧が、俺の斧が!」
後方の丸蟲たちは黒い細長い糸によってその場に縫い付けられていた。その硬い糸の間に戦斧の刃が巻き込まれ抜けなくなっていたのだ。
呼びかけるナサインの額には汗がにじみ、ふら付きながら前方からやってくる丸蟲を避けていた。
「さっきのもう一度出来ないの?」
ウイカが丸蟲を蹴り飛ばしながらナサインに近づいていく。
「今は無理だ。ネジフ! 早くこっちに来い」
「武器が引っかかってるのよ!」
ウイカはネジフの元に走る。ネジフは戦斧を引き抜こうとするが先が引っかかり、押しても引いても抜くことは出来なかった。
「先祖から貰った大事な斧なんだぞ。手放したら殺される」
そこにウイカがすべりこんで来る。
「ネジフ。落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかよ。バカヤロウ」
「ネジフ。斧はあたしが絶対にここから取り出すから、みんなを助けてあげて」
ネジフはウイカと戦斧を交互に見る。
「でも」
ウイカはネジフの手に自分の手を重ねる。
「信じて。あたしを信じて」
「武器がねえよ」
「斧を届けるまで、あいつらをボールだと思って蹴飛ばしてればいいのよ」
「……ボールか。丸いもんな」
ネジフは笑った。ウイカも笑った。
「任しとけ」
ネジフは立ち上がってモンテールを追いかける丸蟲を蹴り飛ばす。それは物凄い勢いで他の丸蟲に命中する。
「こりゃ、おもしれえ」
ウイカはそれを見てから、戦斧を見る。糸に縫い付けられた丸蟲たちはまだうごめいている。下手に腕を入れれば食いちぎられるかもしれなかった。
「難易度高いな」
ウイカは舌をちろっと出して、戦斧を持ち上げる。丸蟲の口と黒い糸を交互に避けながら、戦斧を取り出せる隙間を探す。
黒い糸に縫い付けられた丸蟲たちのその奥に、新手の丸蟲が見える。丸蟲は身動きの出来なくなった仲間の身体を食いちぎり出していた。その光景に思わず手に持っていた斧の柄を取り落としそうになる。
「落ち着いて」
ウイカはそうやって自分を落ち着かせる。蠢く丸蟲、上部に大きな隙間を見つけたが、ウイカの背では届きそうに無かった。他にはそんな隙間は望めそうにも無かった。唇を噛む。
「壁を蹴り上げて、それで……。ダメだ。失敗したら斧は向こうに行っちゃう」
ウイカは悔しさに顔を歪ませる。
「やっと見つけたのに!」
丸蟲の共食いはさらに進んでいる。黒い糸が食い切ることが出来ないと知ると丸蟲たちは迷宮の壁をかじり始めた。
「神様……」
ウイカがはっとする。
「モンテール! モンテールこっちに来て」
突如呼ばれたモンテールは逃げ回りながらウイカを見る。背伸びをして斧を持ち上げているのが見えた。
「ははあ、あれを取れと言うのか。しかし、私とて僧侶の端くれ。刃物をこの身に持つことは許されぬことなのです」
ウイカは何度もモンテールを呼ぶ。モンテールはウイカの元に走っていく。
「ですから、僧侶の端くれですからね……」
「そこに四つんばいになって」
「え?」
「早く! 乗るよ!」
促されるままに四つんばいになった瞬間、ウイカがモンテールの背中に乗り隙間から戦斧を通し、その腕の中に取り戻した。そのままの勢いでネジフの元に駆けて行く。
「モンテール、ありがと!」
「なんの!」
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