人魚奇譚CLARISSA

ISABELLA

第十二場

●第十二場●
　　　海の上。
　　　ハンクの乗っている船とボルドーの乗っている船。ハンクはボルドーには気がつかない。

ハンク　　ベル！　ベルー！

ボルドー　ハンク！　こんな所で何してやがる！

ハンク　　うるさい。後にしろ。
ボルドー　そうは行くか。お前のおかげで俺は解雇されたんだからな。
ハンク　　それはおめでとう。ここには塩水しかないが、好きなだけ飲んでくれ。
ボルドー　あんまりなめた口を利くんじゃねえぞ。
ハンク　　帰ったらゆっくり聞いてやるさ。
ボルドー　帰れたらな。……そうだ。ここで上手くやって帰れば、俺はまたアルモンド家で仕事が出来る。
ハンク　　それは良かったな。
ボルドー　お前が悪いんだぞ。
ハンク　　忙しいんだほっといてくれ。
ボルドー　なあ、ハンク。借金は後どれくらい残っているか知ってるか？
ハンク　　さあな。だがもうほとんど無いはずだ。金貨20枚くらいか？　もう少しで終わる。ほとんど無いようなもんさ。
ボルドー　そうだ。ほとんど無い。でも、まだ残ってる。
ハンク　　俺は今忙しいんだ。いい加減にしないと怒るぞ？
ボルドー　お前が死ねば借金は誰のものになる？
ハンク　　忙しいって（言ってるんだ！）　……何？
ボルドー　お前、心臓が悪いんだってな？

　　　ハンク、青ざめる。ボルドーが自分を殺そうとしていることがわかってしまう。

ボルドー　そうさ。お前が死ねば借金はお前の家のまだ小さなガキのものになる。大変だな。まだハイハイも出来ないのに海に出なきゃならないなんて。海に出て漁が出来なければ、借金は増える。漁が出来るようになるまで一体何年かかるだろうな？　そうそうお前には賭け事が好きな弟がいたよな？　町から追い出された奴が。お前の子どもの面倒はきっとそいつが見るだろうなぁ。
ハンク　　まったく立派な人間だよ。お前は。
ボルドー　最後の言葉はそれでいいのか？　この大きな船にぶつかればお前の船なんて粉々だぞ！　許しを請え、俺に命乞いをしろ！　秘密を俺に教えろ！　そうしたら助けてやる。なあ、ハンク！
ハンク　　俺は死なないぞ！　泳いでだって戻って見せるからな！
ボルドー　こんな冷たい海に落ちてみろ。お前の心臓は１分も持たずに止まっちまうだろうさ。船をぶつけろ！　あいつの船を真っ二つにしてやれ！　なあにこっちの船の方が飛び切りでかいんだ。あいつの船の横っ腹に突き刺さればこっちは無傷だ！
ハンク　　ベル！　ヨハン！

　　　船がぶつかる音、暗転。