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第3章 虚ろなる人形
第80話 明菜と共に
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明菜に絵のモデルを依頼した勅使河原。もちろん、明菜は快く引き受けてくれた。
椅子に座り、微笑みを浮かべ、窓から入り込む淡い陽光に照らされた明菜の姿は、その容姿に関係なく美しいとさえ言えた。そして、それは真理も同じだった。
ー絵の中の少女たちは掛け値なく美しいー
人物画はあまり得意ではないとする勅使河原だったが、それでも彼女が人物画を描き続けるのは、こうした美を絵という名の虚構の中に封じ込めてしまえるからであろう。その点は、父も同じだったのかもしれない。そういう意味では、この時ばかりは父とのつながりを実感できたとも言っていいだろう。
「明菜さんは、やっぱり笑顔が似合うわね」
明菜がそう言われて、思わず相好を崩す。
「えへへ・・・」
照れ笑いなのか、少しばかり舌を出して見せる明菜。そういえば、真理も笑顔がよく似合う子だったなーと思い返していると、
「真理からも、よく言われましたよ。私って、結構泣き虫さんだから、小学校の頃からよく真理に励まされたんですよね。明菜は笑ってる方が可愛いよって・・・」
「そう。そんなことを、真理さんが・・・」
勅使河原は、彼女の話に耳を傾けつつ、筆を動かし続ける。
確かに、この子は笑顔が似合うかもしれない。だが、それ以上にお似合いの表情はある。そして、その表情を作り出すことができるのは、この世でただ一人、自分だけなのだ。
そういう内心の呟きはおくびにも出さないようにしながら、
「真理さん、早く見つかるといいわね」
真理が見つかる時は、自分も破滅することを意味する。それを十分自覚していながら、勅使河原は敢えてその言葉を口にしたのだった。
「・・・はい。必ず戻ってきてくれると信じてます」
一瞬、明菜の表情に陰りが見えたが、すぐにまた笑顔に戻る。
ーそう、真理は必ず、私たちの下へと帰ってきてくれる。だから、私もここで泣くわけにはいかないー
そんな彼女の内面が透けて見えるような笑顔だった。
ーもう二度と、真理が戻ってくることはないー
勅使河原がそう告げるのは、当然ながら、明菜の殺害直前になるだろう。その時に、この子の表情はどのように歪んでいくことになるのか、今から実に楽しみでもあった。
「できたわ、明菜さん・・・さあ、ご覧になって。あなたの絵よ」
明菜が、イーゼルに立てかけられた絵を覗き込む。
「わあ・・・」
明菜は目を輝かせ、一瞬言葉を忘れたかのように呆けていた。一方で、勅使河原は穏やかな表情を浮かべつつも、そんな彼女のことを内心では冷ややかに捉えていた。
ーこの程度の絵でも、やっぱりこの子達には上手だと思えるのかしらねー
自分の絵を「この程度」と認識していることからもわかる通り、勅使河原は自分の芸術家としての力量が決して高くないことは自覚している。それが、彼女の劣等感にもつながっているのだ。
ーゆえに、絵以外の形で、この少女を保管保存しなければならないのだー
「さすがです、勅使河原さん・・・私って、こんなに可愛かったかしら?」
絵の中の自分とにらめっこしながら、きゃっきゃと騒ぐ明菜を、滑稽にすら思い、一方でさらに勅使河原の劣等感は増していくのだった。
この後、この絵の主人は帰らぬ人となるのであるー
椅子に座り、微笑みを浮かべ、窓から入り込む淡い陽光に照らされた明菜の姿は、その容姿に関係なく美しいとさえ言えた。そして、それは真理も同じだった。
ー絵の中の少女たちは掛け値なく美しいー
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「明菜さんは、やっぱり笑顔が似合うわね」
明菜がそう言われて、思わず相好を崩す。
「えへへ・・・」
照れ笑いなのか、少しばかり舌を出して見せる明菜。そういえば、真理も笑顔がよく似合う子だったなーと思い返していると、
「真理からも、よく言われましたよ。私って、結構泣き虫さんだから、小学校の頃からよく真理に励まされたんですよね。明菜は笑ってる方が可愛いよって・・・」
「そう。そんなことを、真理さんが・・・」
勅使河原は、彼女の話に耳を傾けつつ、筆を動かし続ける。
確かに、この子は笑顔が似合うかもしれない。だが、それ以上にお似合いの表情はある。そして、その表情を作り出すことができるのは、この世でただ一人、自分だけなのだ。
そういう内心の呟きはおくびにも出さないようにしながら、
「真理さん、早く見つかるといいわね」
真理が見つかる時は、自分も破滅することを意味する。それを十分自覚していながら、勅使河原は敢えてその言葉を口にしたのだった。
「・・・はい。必ず戻ってきてくれると信じてます」
一瞬、明菜の表情に陰りが見えたが、すぐにまた笑顔に戻る。
ーそう、真理は必ず、私たちの下へと帰ってきてくれる。だから、私もここで泣くわけにはいかないー
そんな彼女の内面が透けて見えるような笑顔だった。
ーもう二度と、真理が戻ってくることはないー
勅使河原がそう告げるのは、当然ながら、明菜の殺害直前になるだろう。その時に、この子の表情はどのように歪んでいくことになるのか、今から実に楽しみでもあった。
「できたわ、明菜さん・・・さあ、ご覧になって。あなたの絵よ」
明菜が、イーゼルに立てかけられた絵を覗き込む。
「わあ・・・」
明菜は目を輝かせ、一瞬言葉を忘れたかのように呆けていた。一方で、勅使河原は穏やかな表情を浮かべつつも、そんな彼女のことを内心では冷ややかに捉えていた。
ーこの程度の絵でも、やっぱりこの子達には上手だと思えるのかしらねー
自分の絵を「この程度」と認識していることからもわかる通り、勅使河原は自分の芸術家としての力量が決して高くないことは自覚している。それが、彼女の劣等感にもつながっているのだ。
ーゆえに、絵以外の形で、この少女を保管保存しなければならないのだー
「さすがです、勅使河原さん・・・私って、こんなに可愛かったかしら?」
絵の中の自分とにらめっこしながら、きゃっきゃと騒ぐ明菜を、滑稽にすら思い、一方でさらに勅使河原の劣等感は増していくのだった。
この後、この絵の主人は帰らぬ人となるのであるー
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