上 下
219 / 464

水無杏里の物語(第18話)

しおりを挟む
 水無杏里ー蟲生みの魔女ー。

 彼女がそう呼ばれるに至ったのには、いくつかの過程があった。

 本来、杏里が持っていた異能力は治癒能力だけだった。それにより多くの人々を治療してきた彼女は、魔女というよりもむしろ聖女といった方が正しい存在だったはずだ。

 だが、彼女はある出来事から、新たなる能力を目覚めさせることになる。それが、彼女が「小人さんたち」と呼称する、超小型機械ーすなわちナノマシンを制御し、支配する能力だった。

 もともと、ナノマシンは前文明時代につくられた最先端技術の結晶だった。ただ、前文崩壊後も、ナノマシンだけは残り、人の知らぬところで密かに活動し続けていたのだ。

 水無杏里は、あることから、この「小人さんたち」を操ることができる能力を獲得した。最初、彼女は「小人さんたち」を医療活動に活用していた。これで、ケガや病に悩まされる人々を救うことができるー少なくとも、彼女の最初の動機は、人々の救済にあったはずなのだ・・・が。

「前文明時代の遺産に、簡単に手を出してしまった報いが、これか・・・」

 世羅姫は、うつろな瞳で自分を見つめ返してくる杏里の頬に手を伸ばしたーその時。

「・・・っつぅ!」

 実際に触れたわけでもないはずだが、指先に鋭い痛みが走るー荊だ。いや、荊そのものに触れたわけではないのだが、杏里の傍に近寄ろうとするだけで、どうやら相手に痛みを与えてくるようだった。

「荊自身の意志か・・・」

 それは、あたかもあらゆるものから杏里を遠ざけるかのようにーそして、荊自身がその意思でもって杏里を締め上げ続けているかのように。

「・・・誰も近寄らせないが、自らも拘束から逃れることがかなわない・・・か」

 指先に赤く血の塊が浮き出たのを確認しながら、世羅姫は独り言つ。

「究極の引きこもり・・・というわけね。蟲生みの魔女と呼ばれたお前も、こうなれば何もできないというわけか」

 現実の世界において、水無杏里は光り輝く樹木に、その半身をうずめられている。結局は、この世界での彼女と同じだ。無理やり樹木から引きはがそうとすれば、その樹木からの攻撃を受けてしまう。かといって、意識のない杏里自身は樹木から離れられないーただ、現実の世界での杏里は、冬眠状態に近いので、こちらのように意思疎通を図ることができないというだけのことだ。

「これは・・・まだしばらくかかりそうね」

 少なくとも、彼女を拘束するこの荊自身の力を弱めなくては、とてもではないが彼女の復活は到底不可能だ。

 蟲生みの魔女の復活ーそれが、世羅姫の望みだった。

「仕方がないわね。もう少しだけ、お前の記憶をのぞかせてもらうとしましょうか」

 世羅姫は、薄く微笑むと、再び意識を集中し始めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
 15歳ですべての者に授けられる【スキル】、それはこの世界で生活する為に必要なものであった。  世界は魔物が多く闊歩しており、それによって多くの命が奪われていたのだ。  ある者は強力な剣技を。またある者は有用な生産スキルを得て、生活のためにそれらを使いこなしていたのだった。  エメル村で生まれた少年『セン』もまた、15歳になり、スキルを授かった。  冒険者を夢見つつも、まだ村を出るには早いかと、センは村の周囲で採取依頼をこなしていた。

処理中です...