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ユグドラシルの双子の主・和泉奏多(第4話)
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ーー奏多視点ーー
晶君に頭を下げられた。どうやら、彼は後学のために僕が害蟲駆除しているところを見学していたいらしい。
正直、これほどの蟲ともなれば、危険なのでできれば離れていてほしかったが、しかし、考えてみれば彼も優秀な結界術師。本人が言うように、いざとなれば自分の身は自分で守ることができるだろうし、逆に、場合によっては彼の助けを必要とすることになるかもしれない。
「いいよ」
少し逡巡したが、ここは彼にも害蟲駆除に参加してもらった方がいいだろうと判断した。
「ただし、どうしても危なくなった時には僕に構わず退散するんだ。これだけの蟲だからね。僕でも少しばかり手古摺ることになるかもしれないよ」
「わかりました」
晶君が即答する。
「では奏多さん。オレはこの蔵に張り巡らせている結界を少し広げて、中の蟲を蔵の外へとおびき出します」
「ああ、頼んだよ」
まるで、既に手順がわかっているかのように、晶君は動き始めた。この結界自体は蟲を閉じ込めるだけのものなので、人間自体は素通りすることができるが、それでもまさか密閉された狭い蔵の中で(蔵としては確かに大きいとはいえ)蟲退治は難しいだろう。蔵の外、半径数メートル程度なら何とか戦えるはず。あとは、これ以上外のエリアに逃げ出すことがないように、この場で仕留めるだけだ。
「ではー」
晶君は、懐から何かを取り出した。よく見てみると、それは横笛だった。
前文明時代、日本という国(不思議なことだが、この日本という国は、「ニホン」「ニッポン」と二つの呼び方があったらしい)に「雅楽」というものが存在した。これは、日本最古の芸術の一つともされており、日本独自の古典音楽と舞を融合させたなかなかに風雅なものであった。僕が実際に目にしたのは、前文明時代の映像物発掘作業の収集施設に収録されていたものだった。
この雅楽で使われている楽器の中に、龍笛と呼ばれるものがあるが、晶君が今取り出したものはそれに近い形状のものだった。
雅楽には3つの形態が存在する。その1つが「管弦」で、ここで龍笛が使用されているのだ。他は「舞楽」と「歌謡」だが、これらは雅楽器の演奏に併せて「舞」と「歌」を奉するのだ。
古来より、歌や踊りには特殊な力が宿るとされている。もっとも、これは「魔力を伴えば」という条件が付く。魔力の波動を歌や踊りで増幅させることで、その特殊な力を現世に降ろさせるというわけだ。
ただ、魔法発動の際に、昔の人々が用いたとされる「詠唱」は、今となっては否定的な見方が大半となっている。それ自体の効果は期待できないというのが一般的な見方だ。まあ、身もふたもないことを言えば、「単なるかっこつけ」くらいにしかならないというわけだ。
晶君は懐から取り出した龍笛を唇に当てた。そしてー
見事な笛の音が辺りに響き渡る。とても美しい音色だった。一瞬、蟲退治にここを訪れたのを忘れかけるほどに、その旋律は僕を魅了させた。おそらく、彼が前文明時代に生まれていれば、それこそ本当の雅楽士として活躍していたのではなかろうか。
もちろん、この笛の音には、彼自身の魔力の波動が込められている。それに合わせて二重結界の領域もだんだん広まってきた。蔵の外側半径10メートルくらいか。それに伴い、蔵の中の蟲も窓から湧いて出てきたようだ。
巨大な黒い影が、窓から溢れ出る。そして・・・よく見ると、その影を構成知っているのは、なんと文字!?まさかとは思ったが、本の文字を食っている蟲だけに、その体の構成要素も文字ということなのだろうか。一つ一つの文字が、まるでそれ自体に意志があるかの如く蠢き、こちらに襲い掛からんとするさまは、確かに不気味なものがある。
僕は、素早く「魔眼」で蟲の本体を見極めようとした。だが、「何か」に阻まれているのか、うまく見つけ出すことができない。これは結構厄介な手合いかもしれない。
「ふう」
晶君は、笛を吹くのをやめると、
「こいつがどんな奴か、これでお判りいただけたでしょう。なんというか・・・」
にやりと笑みを浮かべ、冗談めかしながら、
「文字が群生化したようなやつです。まさしく、リアルの「文字化け」ですね」
確かに、言われてみればそうである。というか、それ以外に表現のしようがなかった。まあ、3次元の「文字化け」という現象があるのなら、まさしく今目の前にいるのがそれだろう。
「本体の位置さえ捉えることができれば、オレでも何とかできそうなんですが」
「僕も、さっきから蟲の「核」を探しているのだけど、なぜかこいつの場合、それをうまく見つけられないんだ」
僕の「魔眼」がうまく作用していないーということではなく、うまくは言えないが、表現するのならやはり「何かに阻まれている」という感じだった。今までにないケースである。
「さすがにこんな文字ばかりのやつに、通常の攻撃が通用するとは思えないし、これは結構手古摺るかもしれない」
おそらく、この文字一つ一つに蟲の魔力が込められているはずだから、通常の手段では駆除できないだろう。
さて、どうしたものかー
僕は蟲を目の前に、しばらくの間思案する羽目になったー
晶君に頭を下げられた。どうやら、彼は後学のために僕が害蟲駆除しているところを見学していたいらしい。
正直、これほどの蟲ともなれば、危険なのでできれば離れていてほしかったが、しかし、考えてみれば彼も優秀な結界術師。本人が言うように、いざとなれば自分の身は自分で守ることができるだろうし、逆に、場合によっては彼の助けを必要とすることになるかもしれない。
「いいよ」
少し逡巡したが、ここは彼にも害蟲駆除に参加してもらった方がいいだろうと判断した。
「ただし、どうしても危なくなった時には僕に構わず退散するんだ。これだけの蟲だからね。僕でも少しばかり手古摺ることになるかもしれないよ」
「わかりました」
晶君が即答する。
「では奏多さん。オレはこの蔵に張り巡らせている結界を少し広げて、中の蟲を蔵の外へとおびき出します」
「ああ、頼んだよ」
まるで、既に手順がわかっているかのように、晶君は動き始めた。この結界自体は蟲を閉じ込めるだけのものなので、人間自体は素通りすることができるが、それでもまさか密閉された狭い蔵の中で(蔵としては確かに大きいとはいえ)蟲退治は難しいだろう。蔵の外、半径数メートル程度なら何とか戦えるはず。あとは、これ以上外のエリアに逃げ出すことがないように、この場で仕留めるだけだ。
「ではー」
晶君は、懐から何かを取り出した。よく見てみると、それは横笛だった。
前文明時代、日本という国(不思議なことだが、この日本という国は、「ニホン」「ニッポン」と二つの呼び方があったらしい)に「雅楽」というものが存在した。これは、日本最古の芸術の一つともされており、日本独自の古典音楽と舞を融合させたなかなかに風雅なものであった。僕が実際に目にしたのは、前文明時代の映像物発掘作業の収集施設に収録されていたものだった。
この雅楽で使われている楽器の中に、龍笛と呼ばれるものがあるが、晶君が今取り出したものはそれに近い形状のものだった。
雅楽には3つの形態が存在する。その1つが「管弦」で、ここで龍笛が使用されているのだ。他は「舞楽」と「歌謡」だが、これらは雅楽器の演奏に併せて「舞」と「歌」を奉するのだ。
古来より、歌や踊りには特殊な力が宿るとされている。もっとも、これは「魔力を伴えば」という条件が付く。魔力の波動を歌や踊りで増幅させることで、その特殊な力を現世に降ろさせるというわけだ。
ただ、魔法発動の際に、昔の人々が用いたとされる「詠唱」は、今となっては否定的な見方が大半となっている。それ自体の効果は期待できないというのが一般的な見方だ。まあ、身もふたもないことを言えば、「単なるかっこつけ」くらいにしかならないというわけだ。
晶君は懐から取り出した龍笛を唇に当てた。そしてー
見事な笛の音が辺りに響き渡る。とても美しい音色だった。一瞬、蟲退治にここを訪れたのを忘れかけるほどに、その旋律は僕を魅了させた。おそらく、彼が前文明時代に生まれていれば、それこそ本当の雅楽士として活躍していたのではなかろうか。
もちろん、この笛の音には、彼自身の魔力の波動が込められている。それに合わせて二重結界の領域もだんだん広まってきた。蔵の外側半径10メートルくらいか。それに伴い、蔵の中の蟲も窓から湧いて出てきたようだ。
巨大な黒い影が、窓から溢れ出る。そして・・・よく見ると、その影を構成知っているのは、なんと文字!?まさかとは思ったが、本の文字を食っている蟲だけに、その体の構成要素も文字ということなのだろうか。一つ一つの文字が、まるでそれ自体に意志があるかの如く蠢き、こちらに襲い掛からんとするさまは、確かに不気味なものがある。
僕は、素早く「魔眼」で蟲の本体を見極めようとした。だが、「何か」に阻まれているのか、うまく見つけ出すことができない。これは結構厄介な手合いかもしれない。
「ふう」
晶君は、笛を吹くのをやめると、
「こいつがどんな奴か、これでお判りいただけたでしょう。なんというか・・・」
にやりと笑みを浮かべ、冗談めかしながら、
「文字が群生化したようなやつです。まさしく、リアルの「文字化け」ですね」
確かに、言われてみればそうである。というか、それ以外に表現のしようがなかった。まあ、3次元の「文字化け」という現象があるのなら、まさしく今目の前にいるのがそれだろう。
「本体の位置さえ捉えることができれば、オレでも何とかできそうなんですが」
「僕も、さっきから蟲の「核」を探しているのだけど、なぜかこいつの場合、それをうまく見つけられないんだ」
僕の「魔眼」がうまく作用していないーということではなく、うまくは言えないが、表現するのならやはり「何かに阻まれている」という感じだった。今までにないケースである。
「さすがにこんな文字ばかりのやつに、通常の攻撃が通用するとは思えないし、これは結構手古摺るかもしれない」
おそらく、この文字一つ一つに蟲の魔力が込められているはずだから、通常の手段では駆除できないだろう。
さて、どうしたものかー
僕は蟲を目の前に、しばらくの間思案する羽目になったー
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