上 下
2 / 464

ユグドラシルの双子の主・和泉鏡香(第2話)

しおりを挟む
ーー鏡香視点ーー

「何者じゃ」

 声は空からだ。私ー和泉鏡香は空を見上げた。

 少女だ。年のころ大体13~14くらいの、まだあどけなさの残る少女。うちのチームのメンバーでいうのなら、早苗さんー清野早苗と同じくらいか一つくらい下だろうか。ツインテールが風になびいており、特徴的なドレスに身を包んだ魔女だ。腕組みをしつつ空の上で仁王立ちといった感じでこちらを見下ろしている。

 魔女とは言っても、特に箒を乗り回しているわけではない。魔女が箒に乗って空を飛び回るというのは、どうやら前文明での物語の上でそうなっていたというだけのことらしい。

 もっとも、世の中には面白半分で試しにやってみようとする者は大勢いる。

 ただ、実際に試してみたところ、ものすごく安定性が悪く、コントロールも難しいため、前文明でイメージされていたほどうまく飛行できるというわけでもないらしい。自力で風や重力を操ることで飛行した方が数倍楽であるという話もちらほら聞かれる。

 結論としてーただお尻が痛いだけで実用性なしーということらしかった。全く夢のない話だ。

 彼女も自分の魔力のみで宙に浮いているといった感じだ。おそらくこれは風魔法の一種だろう。先ほどの道中で、強風で髪を抑える必要があったが、彼女が巻き起こしていたものなら納得がいく。

「何者かと尋ねておる。このわしが秋の領域の魔女モリガンであることを知ってのことか」

 年齢にふさわしいとは思えない、古風な口調である。

「あらあら、すみません。とても可愛らしい魔女さんで、ちょっとびっくりしてしまいました」

 この領域の近くのコミュニティで聞いていた魔女のイメージとだいぶかけ離れた少女の姿に、実際驚いた。

「このわしを可愛らしいだと?なめるなよ侵入者」

 どうやら私が「可愛らしい」といったことが気に障ったようだ。子ども扱いされるのがお気に召さない性分らしい。

 顔立ちは整っている。まるでお人形さんのようだ。こちらに向けられたどこか不快といった表情も、見る者によっては庇護欲を刺激してしまう要素がある。

「なるほど、あなたがここの魔女さんですね」

 彼女の存在を改めて確認する。

「私は和泉鏡香と申します。この近くのコミュニティの皆さんから、あなたのことは色々と窺っておりますよ」

「ほう」

 こちらの話に興味を示してくれたようだ。口元に軽く笑みを浮かべている。そしてその瞳にはどこか挑戦的な輝きが宿っていた。

「ええ、なかなかいたずら好きさんのようで、コミュニティの皆さんもお困りの様子でした」

「は!」

 彼女ー魔女モリガンは嘲るような笑みを浮かべてー実際に嘲っているのだろうがー吐き捨てた。

「あの腰抜けども、たかが畑の真ん中に穴をあけて水車小屋ぶっ壊した程度で何を騒いでおるか。異能もろくに使えない連中め」

 モリガンは、風魔法の力を弱めて地上に降りてきた。広場の真ん中辺りに立つと、今度は腰に手を当てて

「あっはっはー!」

と、なぜか勝ち誇ったように笑い出す。

「あらあら、困った子ですね~」

 これは少し「お仕置き」が必要になりそうね、と私は彼女に聞こえぬよう小さな声で呟いた。

 私がここを訪れた理由は2つ。コミュニティに悪さをする魔女と大型の蟲の退治。両対象とも、この秋の領域の森林の中で活動しているということだったので、私はその両方を退治するべくここを訪れたというわけだ。

 そして、今、目の前に第1対象がいるわけだが・・・まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは正直想像していなかった。

 そもそも、コミュニティの人間たちは彼女の姿をよく見ることができなかったらしい。ただ、突然空からやってきてコミュニティの建物や畑を壊しまくったということしか聞いていない。空高い場所から魔法を発動しまくっていたため、コミュニティの人たちがその姿をきちんと確認できなかったようだ。

 何かを叫んでいたとも言っていたが、それはこれから本人に確認した方が早いだろう。

「わしの縄張りに入り込み、勝手にキノコを取りまくるとは・・・実に不届きな連中め、だから懲らしめてやったのだ。ただ、ちぃとばかし勢いが余って派手にぶっ壊してしもうたがな」

 なるほど、それが原因か・・・。本人が自分からあっさりと喋ってくれたおかげでおおよその事情は理解できた。

「・・・そうでしたか。ところで、コミュニティの方々は、以前からあなたのことを知っていたのですか?」

 魔女の縄張りと知っていれば、何の力も持たないコミュニティの住人たちーシヴィリアンズと呼ばれているーがそう簡単にここを訪れるわけもない。ましてやキノコ採りなどで来るとはとても思えない。

 多分、知らずに入り込んだのだろう。そして、それを見た彼女が、報復にコミュニティを襲撃したーただ、勢い余って「派手にやりすぎた」のだろう。

 ふう、光景が目に浮かぶようだわ。

「このわしの存在を知らんということ自体けしからんわ!」

 どうやら、魔女らしくそれなりにプライドも高いようだ。つまりは、自分の存在をろくに知らなかったということも、シヴィリアンズに対して腹を果てる原因の一つなのだろう。

 最も、そのプライドに似合うだけの魔力は確かにあるようだが・・・。

「というわけで、自己紹介も兼ねてコミュニティのシヴィリアンズに魔法を披露してやったのだ」

 あっはっはー!と笑いながら、モリガンは自慢げに胸を反らしている。
 
 事情は大体把握した。もちろん、この辺りの森が彼女の縄張りだということは、後でシヴィリアンズにもお知らせるとして、コミュニティにご迷惑をかけたというのも事実なので、ここは彼女を少し「懲らしめる」必要があるだろう。

「事情は分かりました。でも、いきなりコミュニティの建物を破壊したり畑に穴をあけてはいけませんね~」

 これは久々に「バトル」に発展しそうだ。

 おそらく、私の口元は愉悦と期待に歪んでいるだろうー私は、久しぶりの高揚感を覚えた。

「ほう、お主、このわしに説教をするつもりか、この領域最大の魔女であるわしに」

「領域最大の割にはあまり知られていないようでしたが・・・」

 思わず出てきた疑問の言葉に、モリガンはガクッと肩を落とした・・・地味にショックだったらしい。

「ええい、やかましいわ!」

 地団駄を踏みつつ彼女が抗議する。

 ・・・今まで見ていた限りでは、そんなに悪い子というわけではなさそうだが、やはり「お仕置き」は必要である。

 私は彼女の仕草にくすりと笑いつつも、さっそく「バトル開始」の宣言をすることにした。

「あなたの言い分はよくわかりました。ただ、さすがにコミュニティの建物や畑を壊してしまったというのはやりすぎです。これは・・・少しお仕置きが必要ですね」

 彼女を静かに見据え、

「では、《ユグドラシル》が双子の王・和泉鏡香・・・参ります」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【短編】婚約破棄したので、もう毎日卵かけご飯は食べられませんよ?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ふふん♪ これでやっとイチゴのタルトと、新作の二種類の葡萄のトライフル、濃厚プリンが食べられるわ♪) 「もうお前の顔を見るのもウンザリだ、今日限りで貴様とは婚約破棄する!」 (え?) とあるパーティー会場での起こった婚約破棄。政略結婚だったのでアニータはサクッと婚約破棄を受け入れようとするが──。 「不吉な黒い髪に、眼鏡と田舎くさい貴様は、視界に入るだけで不快だったのだ。貴様が『王国に繁栄を齎すから』と父上からの命令がなければ、婚約者になどするものか。俺は学院でサンドラ・ロヴェット嬢と出会って本物の恋が何か知った! 」 (この艶やかかつサラサラな黒髪、そしてこの眼鏡のフレームや形、軽さなど改良に改良を重ねた私の大事な眼鏡になんて不遜な態度! 私自身はどこにでもいるような平凡な顔だけれど、この髪と眼鏡を馬鹿にする奴は許さん!)  婚約破棄後に爆弾投下。 「我が辺境伯──いえトリス商会から提供しているのは、ランドルフ様の大好物である、卵かけご飯の材料となっているコカトリスの鶏生卵と米、醤油ですわ」 「は?」 これは鶏のいない異世界転生した少女が、あの手この手を使って再現した「卵かけご飯」のお話?

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...