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第三章 魔力返還と罪 10

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 それがなければ、孤軍奮闘しなければならない宮廷の中で息など出来はしなかった。

「あの人だけが私の救いだった!」

 鼻白まれ、誰にも相手をされない宮廷で、愛してくれた。お前が必要だと囁いてくれた。彼がいたからこそ自分は宮廷魔道士長をやれたのだ。

「だから愚かだというのだ。単に利用されたのにも気付かないとは。ヒルドブランドが討伐に加わっていたことに感謝するんだ」

 父から自分の全てを否定されたようで悔しくて、エドゼルはグッと拳を握り反論した。

「あいつが、あいつが私の魔力を吸収したのだ。そうでなければ私とワルドー様で魔王など倒せた!」

 そうだ、自分がここに来た目的はヒルドブランドを査問会にかけることだ。そしてワルドーの名誉を回復させる。

「……お前はどこまでも愚かになったのだな。ヒルドブランドにお前の魔力を吸収させたのは正解だった」

「それは……どういうことなのですか」

「お前が読むことの出来なかった最後の一冊、あれは魔力吸収の魔法だった。聖獣様が与えてくださった最後の一手なのだろう、魔力を持たないものでも魔王が倒せるための」

「何を……仰っているのですか」

「吸収されたものは魔力だけではなく、その者が使えた魔法までをも習得できると書いてあるそうだ。お前の愚行はアインホルン領まで響いていた。弟はもったいぶれと言っていたが、私はお前が堕ちたのだとすぐに分かったよ。だから本が読めたヒルドブランドに頼んだのだ、エドゼル。お前がこのまま平和の障害になるのなら、その魔力を全て吸い取ってくれと」

「な……」

 なぜそのような。と言おうとして自分が戦犯となっている現実を思い出した。

 言葉が出なかった。

「私欲で魔法を使う宮廷魔道士長など、言語道断だ」

 違う、私欲などではない。あの人を、愛しい人を守りたかっただけだ。ワルドーの力にただなりたかった、認めて貰いたかった、共に勝利の悦びを分かち合いたかった。

 自分だけはずっと傍にいて支えているのだと……。

 口にしようとした言葉を頭の中に並べ、そこにワルドー以外が出ていないことに気付いた。

 突き詰めれば、自分のためだ。

 彼に愛されるために、力を捧げていたに過ぎない。

 愕然とした。

 父は嘆息し、汚れたエドゼルの頬を撫でた。

「ワルドー様の幽閉が解かれたのは、王族の務めを果たさせるためだ。未だ罪は贖えていない。これからの彼の行動全てが贖罪に適しているかを問われるだろう。お前はどうなんだ、エドゼル。色欲に、承認欲に溺れたお前はどうやって罪を贖いうんだ」

 死んだ兵はたくさんいた。最後に残った数を数える方が早い。なにせ両手足の指で足りる数しかいなかったのだ。数万の軍勢で挑んでこれだ。もっと早くに黒魔道士が力を貸せば状況は変わっていた。それをせず彼らを死へと追いやったのは他でもない、エドゼルだ。

 後方にいてなお白魔道士は常に前線で戦う兵を治癒してきた。何かあればバリアを張り、兵を守ってきた。

 そして最もワルドーとエドゼルを糾弾したのは騎士団ではなく白魔道士だった。

 人の命を虫けらと同じだと思っているのかと罵ってきた。

 その通りだと思いはしなかっただろうか。ワルドーさえ生き残ればそれでいいと思ってはいなかったか。

 言葉を発さないエドゼルを見て父は嘆息した。お前には失望したと言われているようでもあり、エドゼルの頭は垂れた。

「お前がこれ程愚かだったとは……だからあの人に利用されたのか」

「違う、あの方は決してそのようなっ!」

「甘い言葉を囁けば簡単に靡く。黒魔法が手に入るなら男でも抱いてやる価値はある……あの方が側近に漏らした言葉だ」

「……うそだ、そんなはずはない……嘘だ!」

「現実を見るんだ、エドゼル! お前は自分の罪をもう一度考えるんだ! 行くぞ」

 腕を掴まれる。ヒルドブランド領に戻そうとしているのは一目瞭然で、エドゼルは父の手を振り払って駆け出した。

「エドゼル!」

「ちがう……違うっちがう!」

 そんなのは嘘に決まってる。ワルドーが自分を利用するために抱いたなど、騙すために愛を囁いてくれたなど、あるはずがない。

 砦の外へと走る間もずっとずっとそう心で叫び続けた。あの人は自分を愛していた、愛してくれた。でなければ彼に尽くした自分は愚かな道化師ではないか。

 けれど目が合ったあの一瞬、間違いなくワルドーは憎しみを持って睨めつけてきた。

 気のせいではない。
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