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第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 8

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(もうお前たちを許せない)

 地面の揺れを借りて崩れていない場所を飛び魔王へと近づき、怒りを全て刃に込め兇悪な存在へと向けた。油断していた魔王も、突然近づき剣を向けるヒルドブランドに、手を金属へと変えて応戦する。魔法が途切れたことで揺れ動いていた地面は静まり、割れ目もなく元の状況へと戻る。地中に落ちた黒魔道士が床の上で気を失っているのが見え、今のが幻影だったのだと気付く。

「黒魔道士、お前らが持ってる魔法をここで繰り出せ! ヒルを援護するんだ!!」

 シュタインが叫ぶ。さすがに今まで信じていたエドゼルに裏切られたと思った宮廷魔道士たちも、この極限の場で彼の指示に従う選択を放棄した。気概のある一人が炎を繰り出せば、次から次へと己の最も得意とする魔法で参戦していった。

 同時に騎士たちもヒルドブランドに続き魔王へと切り込んでいく。

「貴様ら、私の指示なく動くな!」

 ワルドーが何かを叫ぶが誰も耳を貸すことはなかった。シュタインを中心に兵も魔道士も動いていく。そしてその補佐をするようにインガルベアトが防御魔法を使い始めた。

「私が魔王を討つ! エドゼル補助を」

「はいっ」

 自分の活躍を夢見ていたワルドーは現状をまだ理解していない。皆が命を賭けて戦っているこの場を、演習の舞台とでも思っているのか未だ連携も取らずに目立とうとしている。同時に、彼に盲目となっているエドゼルもまた、他の兵がその場にいるというのに、ワルドーの走る道を空けさせるように風の魔法で吹き飛ばしていく。

 その中にはヒルドブランドもいた。魔法が近づいてくる感覚にとっさに避けたが、何人かは吹き飛ばされてしまった。

「ぅおぉぉぉぉ!」

 振りの大きな剣技で魔王に切り込もうとしたワルドーはすぐさま剣を止められ、魔王によって弾かれる。

「一度戻って体勢を立て直せっ!」

 味方からの邪魔があるとは思いもしないシュタインはすぐさま指示を出し、兵も従う。ヒルドブランドも後方に下がった。

「何をしているのです、エドゼル。味方を巻き添えにする必要はない!」

 すぐ傍にいたエドゼルに小声で言うと、酷く冷たい視線が向かれた。それは、かつてアインホルンの領民から向けられたものと同じだった。

「私に指図するな」

 あれほど自分を慈しんでくれた従兄は、そこにはいなかった。

「気をつけろ、魔法が来る!」

 シュタインの声に慌てて魔王に目を向ければ、片手でワルドーをいなしもう片手を天に掲げていた。そこから酷く淀んだ水が吹き上がる。

「毒だ!」

 ヒルドブランドが叫んだ。見たことがある、かつて黒魔法を繰り出して自分を苛もうとした父が出したのと同じ色だ。あの時は母がすぐに神殿に連れて行ってくれたからなんとか肢体は無事だったが、回復に何日もかかったのを思い出す。

 エドゼルはすぐさま強固なシールドを張った、自分とワルドーにだけ。

 しかし今回は他の黒魔道士が全員の頭上に水の膜を張りそれを防いだ。

「なぜっ! なぜ貴方は!」

 ヒルドブランドはエドゼルの細い肩を掴んだ。

「私とワルドー様だけで魔王は倒せる。お前たちがいては邪魔だ」

 変わらず虫けらを見るような目つき。ヒルドブランドは奥歯を噛み締めぐっと肩を握る手に力を入れた。

「……もう貴方は私が憧れていた従兄殿ではない」

 もうあの優しいエドゼルではないんだ。ならば……。

 腹に力を入れ、それから手を放した。くたりとエドゼルが膝を折った。

「死にたくなかったら、部屋の隅に隠れてください……貴方は邪魔だ」

 ヒルドブランドは魔王へとゆっくりと近づいていった。

 二人が話している間も、騎士と黒魔道士たちがシュタインの命令に従い、魔王を攻撃していくが、それを悉く邪魔するかのようにワルドーが立ち回っている。

 周囲が見えていない不穏分子。誰の目にもそれは確かだというのに、それにすら気付かないくらい盲目なエドゼルは、この場に不要だ。

 ヒルドブランドはゆっくりと歩き出した。

 金に近い茶色い髪がゆっくりと色を変えていく。

 剣を落とし、身につけていた鎧も一つまた一つと床に落としていく。そうして全てを脱ぎ捨て魔王にいいように振り回されているワルドーの後ろに立った。また腹に力を入れてから美しいまでの金髪ごと頭を掴み、その身体を後ろに投げた。

「なっ!」
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