15 / 53
第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 5
しおりを挟む
「……嘘だ。従兄殿は誰よりも高潔な人だ、そのようなことは……」
アインホルン領でいつも助けてくれたエドゼルがそんなことをするなんて想像もできない。魔力を持たない人々にも優しくし、なり損ないの自分にも魔法を教えてくれていたほど、清廉な人物だ。それを説明して、二人は顔を見合わせ難しい顔をし始めた。
「きっとお前が知っている従兄殿ってのはもういないな」
インガルベアトはシュタインが差し出した、今日倒した魔獣の肉の串焼きを喰い千切りながらぼそりと呟いた。神殿に仕える聖職者とは程遠い仕草に驚くが、納得もしていた。今回のために何度も遠征に出ているなら、魔獣の肉や野営には慣れてしまうのだろう。現にヒルドブランドも、度重なる遠征に地面で寝るのが苦ではなくなったし、こうして今日倒した魔獣の肉を食すことをなんとも思わなくなった。
「今頃、テントの中で聖騎士様にアンアン啼かされてるよ。他の奴らが命を張って戦ってるってのにいい気なもんだぜ」
頭の中に自分が組み敷いた小間使いの姿が浮かんだ。妖艶に笑い騎士を部屋に誘い込んでは寝台で淫らに男の欲望を咥え込んだ尻を振る姿のまま、顔だけがエドゼルへと変わっていく。
ズンッとそこが熱くなるのを振り切るように無理矢理笑った。
「まさか。高潔な従兄殿がそのような真似をするはずがないでしょう。今頃は聖騎士殿と打ち合わせを……」
「残念だ、ヒル。魔道士長殿が聖騎士の恋人の一人であるのは事実だ。遠征のたびにやってる声を聞かすもんだから宮廷騎士団の誰もが知ってる」
だからこそ、不満が二人へと集まるのだという。
恋人なのを良いことに、ワルドーは自分を守るためだけにエドゼルに命じ、そばで苦戦している兵がいても助けようともしない。自分勝手な聖騎士に絶対服従する魔道士長への不満も天井を知らないほど募っている。
「あいつらが好きだ惚れたするのは勝手だ、だが隊の士気を下げることはしてくれるなよ」
シュタインも苦々しい顔で串焼きを喰い千切っていく。
「うそ……だろ」
どこまでも気高くで公明正大なエドゼルに邪な感情を抱く自分を苦々しく思っていたヒルドブランドは、にわかには受け入れられなかった。こんなに窮している兵がいても、助けることなくワルドーだけに動くなど……。
「そんなはずない、そんなはずは……」
「信じられないんだったらテントの傍に行きゃあ良いよ。今もしてるはずだぜ、あいつら始めたらなげーから」
いつものことだと言わんばかりに、悪態を吐き捨てるインガルベアトが「ほら」と投げて寄越したのは、神官の証であるアレキサンドライトの指輪だ。
「拾ったっつって俺の陣に行けよ。嫌でもあいつらのテントの前を通るからな」
「おい、ベアト。そこまでしなくても」
シュタインは窘めるが「そうじゃなきゃ信じないだろう」とにべもなくあしらわれた。
「そんな声が聞こえなかったら、帰ったら何か奢ってくださいよ」
軽口を叩く。こんなやりとりは騎士団にいれば日常茶飯事だ。どこの小間使いを昨夜可愛がっていたのか、話題の少ない騎士にとって猥談は娯楽であった。
そして揶揄われるのも一緒くたとなっている。
そう、自分は揶揄われているんだ。
ならば違ったと笑って帰ってきて「本当に信じたのか?」と馬鹿にされた方がいい。きっとこれは、長旅に疲れたインガルベアトが起こした冗談に決まっている。でなければ、周囲にいる仲間の騎士がニヤニヤ笑っているわけがない。
高を括って白魔道士が集り作っている陣営へと赴いた。途中にあるテントの傍を通ろうとしたとき、近衛兵に呼び止められたが、インガルベアトに言われたように指輪を見せ、戦いの最中に拾ったと言えばすぐに通して貰えた。
(さすがにそんなはずはない……エドゼルに限ってそんなはずは……)
だが、テントに近づくと酷く艶めかしい声が聞こえた。
「ゃっ……そこをもっと……あぁぁ、ワルドー様っ!」
憚らない嬌声がはっきりとテントから聞こえてきた。
驚きに足を止めれば、近衛兵が早く行けとばかりに背中を押す。
「いつものことだ、気にするな」
「でも……聖騎士殿と魔道士長殿しかいないはずではっ」
「わかってるんだったら黙ってろ……気にするな、いつものことだ」
騎士同士の間の話が外に漏れることはない。その分別は持ってるだろうと言わんばかりの口ぶりでもう一度背中を押された。
信じたくなかった。
あの嬌声を上げているのがエドゼルだということを。
ヒルドブランドは、自分の中の何かが毀れる音を聞いた。
アインホルン領でいつも助けてくれたエドゼルがそんなことをするなんて想像もできない。魔力を持たない人々にも優しくし、なり損ないの自分にも魔法を教えてくれていたほど、清廉な人物だ。それを説明して、二人は顔を見合わせ難しい顔をし始めた。
「きっとお前が知っている従兄殿ってのはもういないな」
インガルベアトはシュタインが差し出した、今日倒した魔獣の肉の串焼きを喰い千切りながらぼそりと呟いた。神殿に仕える聖職者とは程遠い仕草に驚くが、納得もしていた。今回のために何度も遠征に出ているなら、魔獣の肉や野営には慣れてしまうのだろう。現にヒルドブランドも、度重なる遠征に地面で寝るのが苦ではなくなったし、こうして今日倒した魔獣の肉を食すことをなんとも思わなくなった。
「今頃、テントの中で聖騎士様にアンアン啼かされてるよ。他の奴らが命を張って戦ってるってのにいい気なもんだぜ」
頭の中に自分が組み敷いた小間使いの姿が浮かんだ。妖艶に笑い騎士を部屋に誘い込んでは寝台で淫らに男の欲望を咥え込んだ尻を振る姿のまま、顔だけがエドゼルへと変わっていく。
ズンッとそこが熱くなるのを振り切るように無理矢理笑った。
「まさか。高潔な従兄殿がそのような真似をするはずがないでしょう。今頃は聖騎士殿と打ち合わせを……」
「残念だ、ヒル。魔道士長殿が聖騎士の恋人の一人であるのは事実だ。遠征のたびにやってる声を聞かすもんだから宮廷騎士団の誰もが知ってる」
だからこそ、不満が二人へと集まるのだという。
恋人なのを良いことに、ワルドーは自分を守るためだけにエドゼルに命じ、そばで苦戦している兵がいても助けようともしない。自分勝手な聖騎士に絶対服従する魔道士長への不満も天井を知らないほど募っている。
「あいつらが好きだ惚れたするのは勝手だ、だが隊の士気を下げることはしてくれるなよ」
シュタインも苦々しい顔で串焼きを喰い千切っていく。
「うそ……だろ」
どこまでも気高くで公明正大なエドゼルに邪な感情を抱く自分を苦々しく思っていたヒルドブランドは、にわかには受け入れられなかった。こんなに窮している兵がいても、助けることなくワルドーだけに動くなど……。
「そんなはずない、そんなはずは……」
「信じられないんだったらテントの傍に行きゃあ良いよ。今もしてるはずだぜ、あいつら始めたらなげーから」
いつものことだと言わんばかりに、悪態を吐き捨てるインガルベアトが「ほら」と投げて寄越したのは、神官の証であるアレキサンドライトの指輪だ。
「拾ったっつって俺の陣に行けよ。嫌でもあいつらのテントの前を通るからな」
「おい、ベアト。そこまでしなくても」
シュタインは窘めるが「そうじゃなきゃ信じないだろう」とにべもなくあしらわれた。
「そんな声が聞こえなかったら、帰ったら何か奢ってくださいよ」
軽口を叩く。こんなやりとりは騎士団にいれば日常茶飯事だ。どこの小間使いを昨夜可愛がっていたのか、話題の少ない騎士にとって猥談は娯楽であった。
そして揶揄われるのも一緒くたとなっている。
そう、自分は揶揄われているんだ。
ならば違ったと笑って帰ってきて「本当に信じたのか?」と馬鹿にされた方がいい。きっとこれは、長旅に疲れたインガルベアトが起こした冗談に決まっている。でなければ、周囲にいる仲間の騎士がニヤニヤ笑っているわけがない。
高を括って白魔道士が集り作っている陣営へと赴いた。途中にあるテントの傍を通ろうとしたとき、近衛兵に呼び止められたが、インガルベアトに言われたように指輪を見せ、戦いの最中に拾ったと言えばすぐに通して貰えた。
(さすがにそんなはずはない……エドゼルに限ってそんなはずは……)
だが、テントに近づくと酷く艶めかしい声が聞こえた。
「ゃっ……そこをもっと……あぁぁ、ワルドー様っ!」
憚らない嬌声がはっきりとテントから聞こえてきた。
驚きに足を止めれば、近衛兵が早く行けとばかりに背中を押す。
「いつものことだ、気にするな」
「でも……聖騎士殿と魔道士長殿しかいないはずではっ」
「わかってるんだったら黙ってろ……気にするな、いつものことだ」
騎士同士の間の話が外に漏れることはない。その分別は持ってるだろうと言わんばかりの口ぶりでもう一度背中を押された。
信じたくなかった。
あの嬌声を上げているのがエドゼルだということを。
ヒルドブランドは、自分の中の何かが毀れる音を聞いた。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる