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 もうすぐ誕生日だ。

 八月下旬にある自分の誕生日はいつも夏休みにかかってしまうから、家族以外に祝ってもらったことはない。しかも毎年夏休みの宿題に追われて自分でも落ち着いて何かをする日ではなかった。

 だけど、今年は違う。

 碧はその日が楽しみで仕方ない。

 気が付けば誕生日まであと何日かと数えてしまうほどだ。そしてその日に一輝は夏季休暇を取り、平日にも関わらず一日一緒にいてくれるという。それだけでも嬉しいのに、碧の行きたい場所を聞いてきてくれた。

 今まで行ったことのない場所で憧れてしょうがない所があった。

 しかも今年は自分の誕生日に開催していると知って、居ても立ってもいられずそこを口にした。

「花火大会?」

「そうです……ダメかな?」

「わかったよ。行けるようにしよう」

 いつも五時には帰宅をしなければならない碧にとって、夜空に打ち上げられる光の芸術と屋台の熱気を感じたいと思っていた。自宅の屋上からも小さく見えるが、もっと間近に見てその熱気を感じたいと思っていた。

 碧のワガママにいつも付き合ってくれる一輝はすぐに了承してくれた。そしてその日だけでも門限を延ばせないかと家族と交渉してくれた。

 嬉しかった。

 今までずっと我慢していたことが、一輝がいるとなにも我慢しなくていいのが。そして碧の願いを叶えてくれるのが。

 どんな小さな願いも一輝は魔法使いのように叶えてくれる。

 行ってみたかった美術館も、観たかった絵も、憧れていた場所も、碧がお願いする前にデートコースに組み込んでくれる。想像と違った場所もあったが、それも楽しくて、彼がそばにいてくれるだけで自分が普通になれたような気になる。なんでもできそうな気持になる。

 優しい一輝が隣にいて一緒に楽しんでくれるのも嬉しい。

(でも一番うれしかったのは、一輝さんの部屋に行ったことかも)

 仕事が忙しくて片づけが行き届いていないと言っていた通り、服が散らかった部屋だったけど、部屋中に一輝の匂いがしてドキドキした。一緒に服を集め洗濯機に持っていくとき、これらをそのまま自分の部屋に持ち帰りたい衝動に駆られた。一輝の匂いに包まれたいと強く思って、振り切るようにすべてを洗濯機に入れていった。どうしてと聞かれても碧にもわからない。ただ一輝の匂いのするものに包まれたらとても幸せな気持ちになれるような気がするのだ。彼の香りに包まれたその中にいて彼のことだけを考えたいと切望した。

 もしかしたら自分はちょっと変態なのかもしれない。

 一輝が好きすぎるあまりに彼の持ち物すべてが欲しくなってくるのだ。

 知られたらきっと嫌われてしまうかも知れないから、こんな気持ちをそっと隠す。

 ギュって抱きしめられると胸がドキドキするだけではなく、身体の奥まで熱くなってくる。お世話になっている医者に訊ねたところ、病気と関連があると言われ、軽く落ち込んだ。一輝の愛情を感じる行為なのに、それをされると病気が悪化してしまうのか。なら離れたほうが良いのかと訊くとその必要はないと。そのままでいいと言われ、どうしていいのかわからなくなる。一度熱くなってしまうとなかなか治まらないからだ。

 やっぱり自分の身体はおかしいのだと認識し、そんな自分でもいいのだろうかと不安になる。

 こんな身体で一輝の負担になりはしないだろうか。

 本当に結婚、となった時に迷惑をかけやしないだろうか。

 そんなことが頭の中をぐるぐると巡り、でも誰にも相談できないまま時間だけが過ぎていった。

 少しずつ家事を教えてもらい、ちょっとずつ料理も作っていく。まだ家族に振る舞うほどの腕前はないから簡単なものだけだが。

 一輝が喜んでくれればいいなと思いながら、夏休みに入ってから本当に初歩的なことを教わりながら少しずつ家事を覚えるのも楽しい。

 一輝と一緒になったらどんな生活になるのだろう。

 そんなことをぼんやりと考えては顔を赤くしていった。

「碧坊ちゃんはまた天羽さんのことを考えてるのね」

 年配のお手伝いさんがからかってくるが、それすらも恥ずかしながら嬉しい。

 もう頭の中は一輝のことばかりだ。

 そして迎えた誕生日、一輝は本当に両親に許可を取ってくれ、花火大会に連れて行ってくれた。

「この薬は毎夜八時に飲むことになっております。それまでにお食事を済まされますように」

 昼過ぎに迎えに来た一輝に、執事はそう言いながら碧の薬を渡した。

「わかりました。肝に銘じます」

 たった一錠だが、碧にとっては大事な薬だ。それがなければ平穏な日常が送れないと医者にも強く言われている。

「面倒なことお願いしちゃってごめんなさい」

「いいんだよ。碧くんのことなんだから。しっかりとアラームをセットしたから安心しなさい」

 一輝がいつも持ち歩いている電話にはアラーム機能もあるらしい。凄いなと感心していると笑われた。

「こんなことくらいで感心されたら、私がすごいように勘違いしてしまう」

「でも一輝さん実際にすごいじゃないですか」

 優しくてカッコいいだけではなく仕事もできると両親が言っているのを耳にした。なんでも、部長になって二年目なのに今までにないほどの営業成績を出していると。凄いなとただただ思うのだ。

「碧くんに褒められると嬉しいね」

 笑いながら丁寧な運転を続ける。

 二人きりの空間が好きだ。

 特に一輝の愛車に乗っているのが。

 他愛ない話を繰り返し、車は以前行った道を走っていく。水族館に行った時と同じ道だ。

 前回はそれほど混んでいなかったのに、今日はやたらと車が多く、渋滞している。

「途中で高速を降りたほうが良いね」

「これってもしかして、皆花火大会に行こうとしているの?」

「あぁそうだと思うよ」

 まさか花火大会にこれほどの人が集まるなんて想像もしていなかった。一輝は高速を降りそれでも車通りの多い道を走っていく。四方八方から車が通りすぎていく交差点も恐れることなく丁寧に進み、海に面したホテルの地下駐車場へと入っていく。

「この周辺を散策しながら時間が来るのを待とう。このあたりならそれほど混んでいないからね」

「会場はこの傍なんですか?」

「車で一時間くらいかな。でも会場の周りは人でいっぱいだからね、近づいたら帰れなくなるだろうね」

 帰れない?

 一体どんな状況なのだろう。碧はあまりのことに、自分が大変なお願いをしてしまったのかと心配になった。自分は世間知らずだと認識しているが、本当になにもわかっていないようだ。花火大会に高速が渋滞になりそうなほど車が集まることも、帰れないほど人が集まることも何も知らなかった。
「ごめんなさい、僕が無理なお願いをしたから……」

「花火大会くらい、どうってことはないよ。それに、碧くんの願いを叶えるのは私だけの役目だろう。だからこれからもたくさんお願いをしてくれ」

「たくさんって……一輝さんが大変になっちゃいますよ」

「君の願いを叶えられるのが本当に嬉しいんだ。叶ったときの喜ぶ碧くんの顔を見るのも、ね」

 甘く優しい笑顔でまた髪にキスを落とす。もう何度もされているのに、全然慣れることがない。抱きしめられた時のように体温は上がり、心音が早くなりそして、身体の奥が熱くなる。

 おかしくなる自分を必死で隠しながら一輝の後に続いた。

 ホテル周辺には小さな遊園地があり、楽しそうな声が響いてくる。

 以前一輝に連れて行ってもらった水族館に併設されている遊園地よりもずっと小規模で穏やかなアトラクションしかないが、それでも楽しい雰囲気を目一杯醸し出している。それに、大きな観覧車まである。

 碧がぼんやりと観覧車を見つめていると、すぐに一輝が気付く。

「あれに乗ろうか」

「えっ、でも……」

「時間はまだあるからね。18時半まではこのあたりをウロウロしようと思っていたから丁度いいね」

 すぐにチケットを購入し、順番待ちの列に並ぶ。

 アトラクションほどは混んでいないため、すぐに順番がやってくる。一輝にエスコートされ、生まれて初めて観覧車に乗った。動いているのに気付かないほどゆっくりと回り、気が付けばもう地上は遠くなっている。

「僕、こういうのに憧れていたんです」

「こういう?」

「うん、観覧車って幸福の象徴だなって思うんです。絵本とかでもすごく楽しかった思い出みたいな場面で必ず出てくるでしょ。だからどんなものなんだろうってずっと憧れていたんです」

 その象徴に一輝と乗れたのが嬉しい。告げると、なぜか一輝まで顔を赤くした。

「そういう顔はね、もう少し先に見せてくれると嬉しいな」

「どうしてですか?」

「色々とね、こっちも我慢しているんだよ」

「なにを?」

 癖で首をかしげて訊ねる。

「……そのうちわかるよ」

 髪をくしゃくしゃと乱される。

「やめてくださいっ!」

 一輝に会うためにせっかく綺麗にしてきたのに。だが見せたかった相手は楽しそうに笑いながら碧の髪を綺麗に手櫛で整えてくれる。柔らかすぎてハラハラと指の間を零れる髪が窓から差し込んでくる光で透けたように見える。

 やっぱり好きだ。

 この人も、この人と見る世界もとても綺麗で、手の中に包み込んでそっとしまっておきたい。

 できないから、一輝とデートした後にはキャンバスに思い出を閉じ込めておく。ずっと消えないように。

 今日はきっと花火とこのシーンだ。

 時間をかけて一周回った観覧車を降り、すぐそばにあるという美術館を見て帰ってくると日は暮れもう丁度いい時間になっていた。

「碧くんこっちにおいで」

 車を停めたホテルの裏手に回り、緑屋根の小さな建物へと向かう。

 そこは小さな船着き場だった。

「船?」

「陸は混んでるからね、海から観ようと思って」

「すごい……」

 到着しているクルーザーに乗り込み、中へと入っていく。大きなソファとテーブルが備え付けられ、二人で乗るには十分な広さだ。

 大きなソファに腰かけるとすぐにクルーザーが走り出す。

 運ばれた炭酸の飲み物を口にしながらコンビナートの夜景を堪能する。車で一時間の距離も、船でならすぐだ。以前一輝に連れて行ってもらった水族館を海から眺め少し離れた場所に停まり花火が上がるのを待つ。

「海から見ると思ってませんでした」

「碧くんの驚いた顔を見たくてね。それに、人が多いからここからのほうが静かに見れる」

 一輝も楽しそうに同じソフトドリンクを口にした。

 その間に食事が運ばれる。

 イタリア料理のメニューが小さなサイズで何品も並び、それを摘まみながら上がる花火を堪能した。

「綺麗だね、一輝さん」

 パァァンと音がしてすぐに夜空に花が咲き、すぐに散ってしまう。まるで花の一生を数秒に短縮したかのような世界だ。

 空でハラハラと散ってしまうその瞬間が碧の心を掴んでいく。

 あまりの美しさに食事を忘れそうになる。一輝に注意されなければ本当に口を開けたままずっと見続けてしまいそうだ。

 しかも一回ごとに上がる種類が変わっていくし色も何色も取り揃えられている。

 写真で見るよりもずっと華やかな光景に釘付けになる。

「碧くんがこんなに喜んでくれると嬉しいね」

「ぁ……ごめんなさい。僕みっともない顔してる……」

「みっともないんじゃなく、可愛くてすごく楽しそうな顔だったよ」

「嘘っ!」

 口を開けて見入ってしまう顔が可愛いはずがない。なのに一輝は否定ばかりだ。

「碧くんのそういう顔が見たかったんだ」

「恥ずかしいよ……」

 一輝のような綺麗な人ならみんなが見惚れてもしょうがないけれど、綺麗でも可愛いでもない碧は十人並みを自負しているからただただ恥ずかしいだけだ。しかもこんな惚けた顔なら余計に。

 ゆっくりと食事を楽しんで綺麗な花火を眺めながらさっきの花火の感想を言い合う。それだけなのに、すごく楽しくてずっとこのまま時間が止まって欲しくなる。一輝と二人きりの空間で美しいものを見るといつもそう思ってしまう。

 たった一時間の演目の最後はまっすぐに流れ落ちてくる光の滝だ。

「わぁっ、一輝さん見てっ、凄く綺麗だよ!」

 この感動を一緒に味わって欲しくて声をかける。

 なのに一輝が見つめているのは窓の向こうの光ではなく碧だった。

 しかもいつもの優しい笑みが消えている。

「どうしたの?」

「碧くん、高校を卒業したら結婚しよう」

 とても真剣な顔だ。

「ぁ……はい」

「……プロポーズなんだけどね、わかっているかな?」

 キョトンと返事をした碧に一輝は困った笑みを浮かべた。

「えっと……ぁ…」

「これをね、受け取ってくれるかい」

 差し出された箱には綺麗な宝石が付いた指輪、ではなく宝石で飾られた時計が入っている。銀色のケースと文字盤、そして数字の部分に煌めくダイアモンドが埋め込まれている。針はゴールドで革のベルトが付けられているとても綺麗な時計だ。

「婚約指輪代わりの時計なんだ。君と同じ時間をこれから過ごしたい。受け取って欲しいんだ」

「でもこんな高そうなもの……」

「碧くんが受け取ってくれないと、プロポーズが成立にならないんだけどね」

 パッと見でも高そうと思わせるほど、煌びやかな時計を、恐る恐る受け取る。

 こんなに凄いものを貰って本当にいいのだろうか。困った視線を一輝に向けるがいつもの笑顔を返されるだけだ。

 でもこれを受け取らないと一輝と結婚できない。これからずっと一輝の傍にいたいから手に取ったが、この後どうしていいかわからない。

 一輝は碧の気持ちを察したのか、時計を慣れた手つきで碧の手首に巻き付けた。

「あぁ思った通りよく似合ってる」

「本当に?」

「碧くんは手首が細いから細めの造りにしてよかった。ほらご覧」

 一輝が自分の手首を差し出す。そこには碧のと同じデザインで大きさの違う時計が輝いている。

「ぁ……同じだ。うそ…嬉しい」

 もう花火のことなんて忘れてずっと同じデザインの二つの時計を見つめる。二人の手首に大きさが違う同じデザインの時計が、同じタイミングで動く。それだけで胸が締め付けられた。

 一輝と同じものがここにある。ただお揃いなだけでこんなにも嬉しいなんて。

「時計を贈るのは、同じ時を刻もうって意味なんだ。ずっと私といてくれるかい?」

「はい……」

 座ったまま抱きしめられ、いつもなら髪に落ちるキスは、初めて頬へと変わる。

 なんとなく子供扱いされていると思っていた髪よりも、ずっと親密度が上がり二人の関係が前進したように感じる。碧からも嬉しい気持ちを伝えたくて自分から一輝に抱き着いた。

「一輝さん、ありがとうございます」

 本当にこの人と結婚できるんだ。

 今までの口約束とは違う、確かなものが腕の重みだ。嬉しさを伝える術をあまり知らない碧の精一杯の気持ちの伝え方、伝わればいいとばかりに腕に力を入れる。

 一輝も同じようにいつもと違う力を籠めてくる。

 明確な約束がこんなにも嬉しいなんて知らなかった。

 花火がすべて終わり、同時に大きな電子音が鳴りだした。

「うわっ!」

 せっかくの雰囲気を台無しにしたのは、一輝の携帯にかけられたアラームだ。

「あぁ、薬の時間だ」

 そうだ、いつも薬を飲む時間になってしまったのだ。なんでこのタイミングでと呪うと同時に、長く一輝の傍にいられるように病気を治そうと心を改める。

 一輝に渡された薬を飲みこみ、持ってきてもらった白湯を口にする。

 エンジンが動き出し、港へ戻るために動き出す。

 船での楽しい時間は終わりだ。

 でも心が浮きだってもう景色を見る余裕がない。コンビナートの灯りが暗くなった世界を輝かせていても、目に入らないほど手首に巻かれた時計の存在が嬉しい。そしてこれから始まる結婚に向けての具体的な話を一輝がしてくるのも嬉しくて、結婚するその日までがとても輝いて見える。

 結納や両家への挨拶、指輪選びや結婚式場とかやることが多い、らしい。だが一輝と一緒に何かすると考えるだけで楽しい時間のように思える。

 車に乗り込んで家へと向かう道すがら、夢を膨らませていく。

「指輪は碧くんの好きなものを選ぼう」

「僕、指輪とか詳しくないです」

「詳しくなる必要はないよ。碧くんがこれいいなと思うものにしよう」

「いいの?」

「君が選んだものを身に着けたいんだ」

 どんなのにしようか。今まで指輪なんて興味もなかったが今日から見方が変わってしまう。

 一輝はどんなのが似合うんだろう。太いのがいいだろうか、仕事をしているからシンプルなのがいいな。

 そんなことばかりを考えて、話して、あっという間に家に着いてしまう。

 もっと一緒にいたかったのに。

 もっとたくさん話したかったのに。

 時間が過ぎるのが早すぎる。

 いつものように玄関の前に着いた車の助手席の扉を一輝が開けてくれる。

「また来週、話をしよう」

「はい!」

 一輝が別れのキスをしてくる。

 場所を変えたキスに顔を赤くしながら車を降りた。

 テールランプの光が見えなくなるまで見送り、家に入ると遅い時間だからか家族がみんなリビングに揃っていた。

「お帰り、碧」

「ただいま帰りました。ワガママを聞いてくれてありがとうございます」

 初めて遅くに帰ってきた自分を心配して集まったのだろうか。

 次兄の梗が目ざとく碧の手首を飾った時計に目を止めた。

「それ、どうしたんだ碧」

「一輝さんに貰ったの。婚約指輪代わりの時計だって」

「なるほど。受け取ったということは了承したのか」

「うん……あれ、ダメなの?」

 長兄と次兄が複雑な表情をしている。反して両親は嬉しそうだ。

「碧、本当にあいつでいいのか?」

 あいつとは一輝のことだろう。なぜ長兄と次兄が険しい顔をしているのか分からない。でも答えは一つだ。

「うん僕、一輝さんと結婚したい。だってすごく優しくてずっと傍にいてくれるって約束してくれる。一輝さん今まで一度も僕との約束を反故にしたことないから……兄さんたちは反対なの?」

 気持ちを伝える語彙が豊富じゃない碧は上手く言えないもどかしさと、いつも大切にしてくれる兄たちが険しい顔をするのが悲しくて涙ぐむ。

 どうしてそんな顔をするのか理解できない。

 一輝はいつも碧に優しくて一番に考えてくれる人だ。なにより、碧自身が一輝と一緒にこれからの時間を過ごしたいと願っている。

 今まで週末ごとにデートを重ねてきてたのに、ここに来てプロポーズされた日に険しい顔をするなんて酷い。

「碧は天羽さんが好きなの?」

 母の言葉に頷く。

 初めて会った時から好きになったけど、あの時より今の方がずっと好きになってる。

 一輝と結婚したい気持ちに迷いはない。

 週末にしか会えないのが寂しいとすら思っていた。ずっと彼の隣にいたい。彼と過ごしたい。

「今までみたいに楽しいことばかりじゃないんだぞ、結婚というのは」

「分かってるよ。でも、一輝さんと結婚したい。玄兄さんはどうして意地悪なことばかり言うの?」

 ポロポロと涙を零す碧に、末弟に甘い長兄が言葉を飲み込む。その隣で次兄がボソボソと呟いた。

「いや、案外噛まれてから離婚させてしまえばいいのか。そうしよう。誰があんな奴にくれてやるものか」

 あまりに小さい声で内容を理解したのは長兄だけだ。

「僕、一輝さんと結婚したい。もう決めたから」

「そうだな。碧の気持ちを優先させよう」

 今まで静かに聞いていた父が一言発し、それで話は終了だ。絶対的権力を持つ父の決定は菅原家の決定と同義だ。

 碧は顔を明るくさせた。

「お父さんありがとうございますっ!」

 やった、結婚を認めてもらえた。

 碧は父親に抱き着いた。その子供っぽい仕草に父親は少しだけ寂しそうな顔をしたが舞い上がっている碧は気付かないままだ。

 一輝と結婚できるそれだけで一生分の誕生日プレゼントを家族から貰ったような気持ちになる。

「天羽さんと話を進めなくてはねぇ」

 母親だけがこの空気の中のほほんとこれから先のことを話し始めた。

 苦虫を噛みつぶしたような兄たちを横目に。
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