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88『労いの茶席』

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鳴かぬなら 信長転生記

88『労いの茶席』信長 




 帰還後、天下布部の最初の部活は茶の湯だ。

 
 亭主は信玄、客は謙信と俺だ。

 茶室に入ると、信玄好みの緋色の毛氈が布いてある。

 茶室で座布団を置くことは基本的にやらないが、おおよその居所を示すために毛氈を布くことはある。

 毛氈は座布団のように一人前ずつにはなっておらず、長いままに敷いてあるのだが、その長さが三人分はあるのだ。

 つまり、客は、俺と謙信以外にもう一人いるということを示している。

 
 カマを掛けているんだな……。


 そう読んで、俺は正客の席を開けて、相客の席に着く。謙信は自然とお詰め(末席)に座る。

「なんだ、読まれているか」

「フフ、だから、止めようって言ったでしょ」

 非難しながらも謙信も笑っている。

「正客は誰なんだ?」

「当ててみろ」

 正客とは主賓のことだ。この茶席は半ばおちょくられてはいるが、三国志の偵察任務を果たしてきたことへの労いだ。偵察は、俺と市で行った。最後は学園生徒会長の乙女と武蔵に助けられたが、それならば、正客のところは二人分空いていなければならない。

 では、市……いや、市は、朝から学園に登校している。久々に弁当を作ってやったら、小さな声で「ありがとう」と言っていたものな。

 それに、兄の……いや姉の俺を差し置いて上座を設定されるわけは無いしな。

 生徒会長の今川義元?

 いや、冗談でも、あいつを呼ぶほど、この戦国の両雄は悪趣味ではない。


「曹茶姫か」


 閃いて、そう口にした。

「さすが上総介じゃ」

 そう言うと、信玄は四つの茶碗にお茶をたてた。

 茶の湯で亭主の分まで茶碗を用意することは無い。

 これは、茶席の形を取った誓の席だ。

「次に行う時は、そこにリアル茶姫に就いてもらう」

「では、乾杯」

 謙信が音頭を取り、なんとも無作法に、お茶で乾杯したぞ。

 まさに茶化してはいるが、それだけに、この二人の真剣さが伝わってきた。


「なぜ、あの二人を行かせた?」


 分かっている、織部とリュドミラが入れ替わりで偵察に出したのは、義元などではない、この二人が動いて、最後に義元に判子を押させたんだ。

「織部は数寄者だ。美しいもの美しいことにしか興味がない、半ば本気でお宝さがしの気分だったしな。怪しまれることが無い」

「今度は、わたしが行くつもりだったんだけどね」

「謙信に出張られては、偵察でなくて、本当の戦になるからな」

「そういう信玄も、制服の下に鎧を着こんでいたじゃない」

「フフ、バレていたか」

「では、なぜ、相棒がリュドミラなんだ。あいつ、ちょっとおかしかったぞ」

「三国志にはシルクロード系の人間は珍しくないからな。商人の長旅、相棒という点でも用心棒という点でも自然だろう」

「それだけか?」

「本当は、武蔵に、そのまま付いてもらってもよかったんだけどね。カラコン入れてアイドルになっちゃったでしょ」

「ああ、でも、カラコンを取れば、いつもの武蔵だぞ」

「ああいう奴が目覚めると、速攻でカミングアウトしてしまって、戻ってこなくなる」

「でも、転生して体は女なのだから、いいのではないか?」

 それには応えず、謙信が返してきた。

「信長、リュドミラの出身は知ってるかい?」

「ああ、たしかソ連だろ。公園で会った時に言っていたぞ」

「ソ連は広かったからね……あの子の出身はウクライナなのよ」


 謙信が呟いて、その重さにピンとくるには少し時間がいった信長であった。



☆彡 主な登場人物

織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
平手 美姫       信長のクラス担任
武田 信玄       同級生
上杉 謙信       同級生
古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵       孤高の剣聖
二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
今川 義元       学院生徒会長
坂本 乙女       学園生徒会長
曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん

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