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91『壁のサイン』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

91『壁のサイン』



「なかなか味のある店ですね、壁のサインいいですね。仰々しく写真や色紙でないところがいい……ほう、うちの事務所のもありますなあ」

「白羽さんも、よかったらどないですか?」
「いいんですか」
「どうぞどうぞ」

 おかあさんが、油性ペンのセットを渡した。

「ハハ、やっぱり、壁というとこれになりますなあ」
 白羽さんのそれは、ヘノヘノモヘジ。その横に控えめなサインと日付。
「はるかさんのサインもいつか並ぶといいですね」
 さりげなく、そういう話題にもってきたか……。
「だって、これ、みんなプロのアーティストですよ。わたしなんか……」
「まだスペースは空いてる、書いてもかめへんで」
 油性ペンを渡された。
「うーん……卒業するときに書きにきます。今は、まだ夢も思い出も生で中途半端」
「はるか……」
 お母さんが、少し当惑したように呟いた。
「ただの卒業記念だからね」
 油性ペンを返した。
「そのときには、進路も決まってるやろけどな」
「平凡な女子大生かOLさんかもよ」
「じゃ、わたしの横。空けといてもらえますか」
 白羽さんがニッコリ言った。
「はい、リザーブさせてもろときます」

「先に野暮用を……」

 白羽さんは、わたしの顔を正面から見て、にこやかにこう続けた。

「この職業の性だと許してください。はるかさん、あなたを女優として育てたい」

 タキさんと、お母さんが一瞬フリ-ズした。

「わたし、高校演劇がやりたいんです」

 ストレートな答えになってしまった。失礼だったかなあ……。

「いや、それでいいんです」
 白羽さんは、ゆっくりとワインを口にした。
「すみません、生意気な物言いで」
「いや、わたしも気が短くていかん。はるかさんは、しっかり高校生をやってください。ただ、早く言っとかないと、よそに取られそうな気がしましてね。わたし久々にときめいております」

 そうして白羽さんは続けた。

「近頃の高校生は、マスコミで作られた高校生のイメージに自分をはめ込みすぎている。マスコミも、それを今の高校生と思いこんでいる。滑稽な話です。もっとオリジナルで、自由な高校生の姿があるはずです。はるかさんにはそれがありそうだ。たとえうちにきていただけなくとも、素敵な高校生活を送ってください」

 あとは、学校での他愛ない話をして、白羽さんはそれをニコニコ聞いて、ときどきメモをとって……それで、おしまい。

「また、会ってくださいね。ボクは諦めませんから。かまいませんか、お母さん?」
「え、あ、はい……!」

 お母さんは気を付けをした。

 白羽さんは、お見通しのようだった。
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