上 下
87 / 95

87『本選・1』

しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月

87『本選・1』




『第六十一回浪速高等学校演劇研究大会』

 看板がまぶしかった。

 おとつい、リハに来たときは看板もなく、雑然とした中でマイクも使えなくて、劇場スタッフの人や、実行委員の先生や生徒が右往左往。
 本選に出るんだという実感は、当日の今、看板を見てようやく湧いてきた。

 出番は、初日の昼一番。

 二つ驚いたことがあった。

 朝一番に道具の確認に一ホリの裏側にまわった(会場のLホールは、テレビの実況ができるように奥行きが二十五メートルもある。そこで真ん中のホリゾントを降ろして、後ろ半分を出場校の道具置き場にしている。ちょっとした体育館のフロアー並)
 わたしたちが、ささやかに畳一畳分に道具を収めたときは、まだ半分くらいの学校が搬入を終わっていなかったが、スペースはまだ三分の二くらい余裕で残っていた。
 さすがLホールと思ったのだが……。
 そのときは、溢れんばかりの道具で、担当のスタッフが苦労していた。
 R高校などは、四トントラック二杯分の道具を持ち込んでいた。
 お陰で、わたしたちの道具は奥の奥に追い込まれ、確認するのも一苦労。

 で……ウソ、衣装が無かった!?

「衣装はこっち!」

 道具の山のむこうにタロくん先輩の声。
 実行委員を兼ねている先輩はR高校の搬入を見て、「こら、あかんわ」と思った。
 それで、すぐに必要になる衣装と小道具は、駅前のコインロッカーに入れておいてくれたのだ。
 さすが大手私鉄合格の舞監である。

 もう一つの驚きは、パンフだった。

 予選からの出場校百二校のプロフィールが書いてある。
 三分の一ほど読んで「あれ?」っと思った。

 創作脚本ばかり。

 数えてみた。

 なんと出場校百二校中、創作劇が八十七校。
 なんと八十五パーセントが創作劇。
 後日確認すると、卒業生やコーチの作品が十校あり、実際の創作劇の率は九十五パーセント!
 この本選に出てきた学校で既成の脚本はわたしたちの真田山学院高校だけ。
 大橋先生は、コーチではあるがれっきとした劇作家である。『すみれ』は八年も前に書かれた本であり、上演実績は十ステージを超えていた。
 タマちゃん先輩が予選の前に言っていた。

「浪高連のコンクールは、創作劇やないと通らへん」

 ジンクスなんだろうけど(わたしたち予選では一等賞だったもん)この数字は異常だ。

 本番の一時間前までは、他の芝居を観ていいということになった。
 出番は午後の一番なんで、午前中の芝居は全部観られる。

 わたしは、午前の三本とも観た。

 ナンダコリャだった。

 例のR高校、幕開き三十秒はすごかった。なんと言っても、四トントラック二杯分の大道具。ミテクレは、東京の大手劇団並み。
 しかし、役者がしゃべり始めると、アウト。台詞を歌っている(自分の演技に酔いしれている)ガナリ過ぎ。不必要に大きな動き。人の台詞を聞いていない。
 だいいち、本がドラマになっていない。ほとんど独白の繰り返しで劇的展開がない。
 わたしは、大阪に来て八十本ほど戯曲を読んだ。劇的な構造ぐらいは分かる。

 昼休みは、道具の立て込み(と言っても、平台二個だけ)をあっという間に終えて、お握り一個だけ食べて、静かにその時を待った。

 乙女先生は、台詞だけでも通そうと言った。

「静かに、役の中に入っていけ、鏡でも見てなあ」

 大橋先生の言葉でそうなった。

 わたしは、眉を少し描き足し、念入りにお下げにし、静かにカオルになっていった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
 神楽坂高校の俺は、ある日学食に飯を食いに行こうとしたら、数学の堂本が一年の女子をいたぶっているところに出くわしてしまう。数学の堂本は俺にω(オメガ)ってあだ名を付けた意地悪教師だ。  ωってのは、俺の口が、いつもωみたいに口元が笑っているように見えるから付けたんだってさ。  いたぶられてる女子はΣ(シグマ)って堂本に呼ばれてる。顔つきっていうか、口元がΣみたいに不足そうに尖がってるかららしいが、ω同様、ひどい呼び方だ。  俺は、思わず堂本とΣの間に飛び込んでしまった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夏色パイナップル

餅狐様
ライト文芸
幻の怪魚“大滝之岩姫”伝説。 城山市滝村地区では古くから語られる伝承で、それに因んだ祭りも行われている、そこに住まう誰しもが知っているおとぎ話だ。 しかしある時、大滝村のダム化計画が市長の判断で決まってしまう。 もちろん、地区の人達は大反対。 猛抗議の末に生まれた唯一の回避策が岩姫の存在を証明してみせることだった。 岩姫の存在を証明してダム化計画を止められる期限は八月末。 果たして、九月を迎えたそこにある結末は、集団離村か存続か。 大滝村地区の存命は、今、問題児達に託された。

処理中です...