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76『突然の手紙』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

76『突然の手紙』



 テスト開けの日曜日にリハーサルの日がやってきた。

 会場校は、うちの学校から、そう遠くないOJ学院。私学の女子校だ。
 設備は、我が真田山学院と比べて雲泥の差。
 キャンパスや校舎はもちろんのこと、講堂を兼ねたチャペルは、ちょっとした小劇場並の設備を持っている。

 真田山学院は、乙女先生の努力のおかげで、公立としては良くできた舞台設備を持っている。調光もきくし、放送設備もいい。乙女先生はこのために放送部と演劇部の両方の顧問を兼ている。
 しかし箱としての舞台まではさわれない。間口こそは十三メートルあるけど、奥行きはたったの四メートル。そのくせ、舞台の高さは一メートル三十五センチもある。舞台鼻に立つと、目の高さは二メートル五十センチを超えてしまい、ちょっとおっかないぐらい。
 舞台の下にパイプ椅子やシートなどを格納する構造になっているので、大阪の公立高校はみな似たり寄ったり。体育館を兼ねているので、普段はフロアーで、バレーとかバスケが練習していてステージは使えない。
 とてもお芝居ができるしろものではなく、どこの地区でも予選は、私学や、地区のホールに頼っている……というグチを、道具を搬入しながら、乙女、大橋の両先生から聞かされた。

 ピノキオでもそうだったけど、かなりの学校の道具がゴツイ。たいてい二トンぐらいのトラックで持ってくる。
 照明や音響も凝っていて、道具立てやシュートだけで時間を潰してしまっている。わたしたちは通そうと思えば通せたんだけど、六曲の歌を中心に部分練習をした。『おわかれだけど、さよならじゃない』は、リハだったけど気持ちよくやれた。


「はるか、そんなのが来てるよ」

 リハを終えて家に帰ると、お母さんがパソコンを打ちながらアゴをしゃくった。
 テーブルの上にA4の封筒が置かれていた。
 おもてには右肩に「NOZOMI PRODUCTION」のロゴ。下のほうにアドレスがキザったらしく横文字で並んでいた。
 開けてみると、A4のパンフと、ワープロの手紙。


 突然の手紙で失礼いたします。先輩の吉川宏氏から、お写真と、ピノキオホールでの映像を送っていただきました。本来、吉川氏にあてられたものでしたが、あまりのすばらしさに回送してこられました。裕也君とのお約束を破ることになるとは思いますが。あなたをこのままにしておくのは、もったいなくて仕方がありません。ぜひ、下記のアドレスまでご一報くださいますようお願いいたします。 
 
 坂東はるか様
 
 NOZOMI PURODUCTION 白羽研一(署名はインクの自筆)

「なによ、これは!」
「なに怒ってんの……?」
「お母さんに関係ない!」

 わたしはそのまま部屋にこもった。悔しくってしかたがない。
 吉川先輩……もうただの裕也だ。なにが流用しないだ。最初から流れるの分かってやったんだ。あのスットコドッコイのヒョウロクダマ!
 それにホイホイいっしょになってる由香も情けない。由香だけは分かってくれていると思ったのに。あの新大阪の写メは、わたしの苦悩の果ての姿なのに。だから、だから親友だと思ったから送ったのに。

 悔し涙が、鼻水といっしょに流れてきた。

 ティッシュ……が無かった。

 リビングまで行って鼻をかんだ。

「すごいよ、はるか。ノゾミプロもすごいけど、この白羽さんて、チーフプロデューサーだよ、チーフ!」
 パソコンを検索して、お母さんがときめいた。
「いま必要なのは、ハンカチーフなの!」
「はるかぁ……」
 襖をピシャリと閉めて、わたしはメールを打った。

――明日、八時十分、グー像前にきてください!

 宛は、むろん裕也。
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