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33『運転免許証とS〇X』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

33『運転免許証とS〇X』



 回遊しながら、慶沢園のあれこれを説明してくれる。

 ネットで検索した通りなんだろうけど、ここまでさりげなくやると、もう芸の域。

「舟着き石のむこうが、舟形石、海を見立てた……」
 見立てたところで子ども達の一群が駆けてきた。
「キャハハ」
「おっと……」
 一瞬遅れた先輩が、よけそこなって転んでしまう。

――ごめんなさいね――

 かなたで謝りながら、子供たちを追いかける保育士らしきオネエサンの姿。
 先輩のカバンの口が開いて、中味がぶちまけられている。
 こんなシュチエーション、前にもあったなあ……そう思いながら中味を集める。
 ふと、運転免許証が目に入った……!?
 ふんだくるようにしてソレをカバンにしまう先輩。
「行こうか」
 怒ったように、さっさと歩き出した。

 行き着いた先に四阿(あずまや)があった。

 教室二つ分ほどの広さで、先客は、オバチャンのグループが一組、池を向いた窓ぎわに席を占めていた。
 わたしたちは、反対側の窓辺に席をとった。

「免許証見た……?」
「え、あ……ううん」
「見たんだ……」
 わたしのウソはすぐにバレてしまう。
「ゲンチャリじゃなっかた……ですよね」
「堂々たる普通免許。去年の夏休みにとった。オレって四月生まれだから」
「生年月日……見えてしまいました」
「車は、横浜のばあちゃんとこに置いてある。たまに戻ったときに乗ってる。腕が鈍るからな。車は移動の手段。で、その手段は、さらに大きな人生の目標の手段でしかない」
「じゃあ」
「世界が変わったら、次は自分がどう変わるかだ。そう思わない?」
「う、うん……」

 庭の木々が、何かの前触れのように、サワっとそよいだ。

「どこから話そうか……」
「え?」
「オレって人間、ちょっと説明がむつかしい……とりあえず年齢からな」
「なにか、病気でも……?」
「だったら説明は早いんだけど。オレ高校は二校目なんだ。最初の高校は半年で辞めちまった」
「イジメですか……?」
「オレ、軽音に入ってたんだ。そこで目立ち過ぎちゃってサ」
「うちの軽音には入ってませんよね?」
「うちの軽音は、ただの仲良しグル-プ。まあ、どこの学校も似たり寄ったりだけどな。オレ、こんなこと勉強してんだ」

 手帳になにやら書き出した。

『S○X』
 差し出されたページにはそう書いてあった。
「さあ、SとXの間には何が入るでしょう」
 一瞬、口縄坂のことが頭をよぎり、赤くなる。
「バカ、アルファベットの一番目」
「一番目って、A……SAX……サックス?」
「アルトサックス。目標はナベサダ」
「阿部サダヲ!?」
 ハンパなミーハー少女は、似て非なる者を連想しかけた。運良く先輩は、多感な少女の驚きと受け止めてくれたようだ。
「伯父さんがボストンで、日本料理屋やってんだ。元はNOZOMIプロってとこでプロデューサーやってたんだけどね。趣味が高じて、料理屋。そこで働いて、バークリー音楽大学に入れたらなあって……本気で考えてんだぜ」

 よくは分からないけど、なんだかすごいことを考えていることだけは分かった。

「この免許も、向こうへ行って仕事するためなんだ」
「え、日本の免許証でいけるの?」
「んなわけないだろ。最初は国際免許。でも、それだと一年で切れてしまうから、むこうで、免許取り直す」
「すごいんだ……」
「ほら、あそこに竜の頭の形した石があるだろ」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
 頭をねじ曲げられた。
「あ、ほんとだ。フフ、受け口の竜だ」
「あれ、竜頭石っていうんだ。で、その奥が竜尾石。その間のサツキの群れが胴体になってる。雲を飲み込んで空に舞い上がろうとしてるみたいだろう」
「なるほど……」
「案外だれも気がつかないんだ。オレのお気に入り」
 これもネット検索……?

「オレは、ああいう人目につかない竜でいたい」
「竜……(ちょっとキザ)」
「なんてね……」

「やあ、オニイチャン、今日はアベックか?」
 オバチャン集団の一人が、陽気に声をかけてきた。
「あ、どうも。こんにちは……」
「あんた、若い人のジャマしたらあかんがな」
 もう一人のオバチャンがたしなめる。いっせいに全員のオバチャンがこちらにニンマリとごあいさつ。

「アハハ……行こうか」
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