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32『ポツリポツリと雨』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

32『ポツリポツリと雨』




 このままでは、クラブがバラバラになって脱落する者が出てくる。

 みんな口に出しては言わないけど、大橋、乙女両先生に頼り切っている。

「わたしと、タロくんの責任や」
 タマちゃん先輩は、ハンバーガー屋さんでくり返していた。
「先輩、膝が……」
 と、わたしもくり返していた。

「また二人でクラブを引き締めよ」
 そうタロくん先輩にも話したそうだ。
「分かってる。オレがなんとかする」

 返事はいいらしい。

 しかし「今日部活休みます」とルリちゃんからメールがきても、
「今日、ルリちゃん休みです」
 人ごとのように先生達に報告するだけのタロくん先輩。
「言わなあかんで!」
 タマちゃん先輩はタロくん先輩に迫る。
「言い方を考えてんねん!」
 タロくん先輩は、いつも、そう答えるだけだそうだ。

 分からないでもない、言い方によっては……。
「ほんなら、あたし辞めるから」
 こうなりかねない。

「わたしが言うてもええねんけど……」

 タマちゃん先輩のため息混じりの語尾には「もう言うてしもた……」の後悔がうかがえた。
 結果は、かんばしくなかったのだろう。
 それ以上は、部長であるタロくん先輩の顔を潰す……。
 というより、クラブの秩序を崩してしまう。タマちゃん先輩はそう心配しているようだった。
 二人の気持ちは、どちらもよく分かる。入部届も出していない新参者のわたしが、あまりしゃしゃり出ることではないような気がする……そこまで思い至ったとき、ポツリポツリと雨。

 手紙を濡らさないようにかばいながら校舎へ。

 そのとき、中庭の対角線の方向に吉川先輩と由香の姿が見えた。
 今まで、大きな蘇鉄にさえぎられて見えなかったんだ。
 瞬間、吉川先輩と目が合った……。

 それから二日。

 由香は未提出の課題があるので、教室に残っている。待っていても、かえって邪魔になるだろうと思い、先に帰ることにした。
 上履きを下足のローファーに履き替えて、頭を上げると吉川先輩が立っていた。

「テスト前日で悪いんだけどサ、ちょっとつき合ってくれないかなあ」
「ええ……いいですよ」

 と、答えた二十分後。わたしたちは天王寺公園に来ていた。
 正確には、天王寺公園の奥にある市立美術館のさらに裏にある「慶沢園」

「ウワアー……こんなところがあるんだ!」

 広大な回遊式日本庭園であることぐらいは、わたしの知識でも分かった。
 つい二三分前まで、天王寺駅前の、ロータリーや空中回廊のような歩道橋。そこに繋がる、JRや私鉄、地下鉄の出入り口、アベノハルカス、ファーストフードなどから吐き出されてくる群衆と、その喧噪の中にいたとは思えない。
 東京でいえば、渋谷の駅前から、いきなり明治神宮の御苑に来たようなもんだ。

「もう一週間も早ければ、花菖蒲がきれいに咲いていたんだけどサ。今は、クチナシとか睡蓮くらいのもんかな」
「なんで、こんな所があるんですか?」
 直球すぎて、間の抜けた質問。
「ここは、元は住友財閥の本宅があって、この庭園は付属の庭」
「これが付属……」
「昭和になって、住友家から大阪市に寄贈されたんだ」

「へー……」

 間の抜けたまま、ため息をついた。

「ハハ、そういう間の抜けた感動するはるかって好きだぜ」

 誉め言葉なんだろうけど「感動」の前の修飾語は余計だ。
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