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8『白い紙ヒコーキ』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

8『白い紙ヒコーキ』        



 お母さんが、目をむいて絡んでくる。

「図書の先生がね、演劇部の顧問。でね、本を借りたら、そういうことになっちゃって」
「演劇って根性いるんだよ。その場しのぎのホンワカですますわけにはいかないんだよ」
「なによ、その場しのぎのホンワカって!」

 当たっているだけに、むかつく。

「はるかは、本を読んではおもしろがってるしか、能がない子なんだよ」

 さすがに排泄するだけとは言わなかった。

 でもね、はるかの苦労は、あなた様が元凶なんですぞ。母上さま……!

「で、どや、おもしろかったんか?」
「うん、大橋っておじさんがコーチ。変なオヤジかと最初は思ったけど、わりとおもしろかった」
「大橋て、ひょっとして大橋むつおか? ニューヨークヤンキースのスタジャン着て、字ぃのへたくそな」
「うん、そう! 有名な人なの?」
「オレのオトモダチや」
「「え!?」」

 母子は同時に驚いた。

 それから、わたしの半日の出来事にタキトモコンビは笑い転げ……ながらも、しっかり原稿は仕上げていた。

 夜のディナータイムは、給湯器の具合が悪くなって、ガス屋さんを呼んで、臨時休業。タキさんは、その修理に付き合い、わたしとお母さんはお家に帰ることにした。

 帰るにあたって、地下鉄か環状線かでヒトモンチャクあったが、商店街が日本一長いと言うと、好奇心旺盛なお母さんは、あっさり宗旨替えをした。

 さっきの洋品屋さんの前で、わたしの足が止まった……。

「どうかした?」
「え、あ……ううん、なんでもないよ」

 言えなかった。

 たった一言「あのポロシャツ、お父さんに似合うね」って。
 

 鶴橋で近鉄に乗り換える。

 鶴橋。ここは日本で一番おいしい匂いのする駅。高架になってる駅の真下に百件以上の焼き肉屋さんがひしめいている。
 二軒ほど(一軒は、なぜか京橋って、四つ手前の駅のとこにある)おいしい店をタキさんに教えてもらったので、近いうちに行こうということになっている。
 近鉄と環状線がクロスしているので連絡の改札から、エスカレーターまでは、みんな小走り。中にはダッシュする人もいて壮観。
 エスカレーターでは東京の習慣のまま左側にボサーっと立っていた。そしたらドンと後ろから、おじさんの一団に追い抜かれてしまった。

「ボサっとしとったら、あかんで!」

 おっかねえ……。


 鶴橋から準急で四つ目の高安で降り、母子の新居である二LDKの賃貸にたどり着く。

 簡単な夕食をとったあと、「今夜は片づけよう!」と誓い合った段ボール箱をシカトして、お風呂に入る順番を母子でジャンケンした。
 運良く勝ったわたしは、トロトロと服を脱いで湯船につかり、そのままトロトロと居眠ってしまった。

 瞬間、夢を見た。

 白い紙ヒコーキが群青の空を滑るように飛んでいる。

「ウワー……!」

 歓声をあげたとたん、紙ヒコーキは荒川の真ん中にポチャン。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ!」

 しこたまお湯を飲み込んでむせかえっった。

「なにやってんの、制服と教科書きたわよ」

 制服を着て鏡の前に立ってみる。

 昼間会った真田山学院高校の女生徒たちと同じ姿がそこには映っていた。

 あたりまえっちゃ、あたりまえ。

 でも、なんだか自分でないような気がした。

 壁に掛けた古い制服が、むりやり脱皮した抜け殻のように思えた……。
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