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056『始まりの野原に額田王がいて』
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やくもあやかし物語 2
056『始まりの野原に額田王がいて』
ひょっとしたら罠かもしれない。
いっしゅんだけど、そう思ったのは、わたしが臆病だからかもしれない。
夏の大三角が入り口だなんてね。
せめて最初はロマンチックのオブラートに包まれて、苦くて怖い魔界に立ち向かいたい……的な?
夏の大三角は、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガを結んだもので、ベガは織姫、アルタイルは彦星だからね。
季節はちょうど七夕だしね。
中一の春にお母さんの実家、お爺ちゃんお婆ちゃんの家にひっこして、一丁目の家から三丁目の学校に通っていた。その間には二丁目の崖があって、ちょっと怖かった。
崖のキワにはお屋敷が並んでいて、その前の坂道を百メートル以上下って崖の下に出る。そこから折り返しの坂道になっていて、そこをさらに百メートル以上下って、学校への一本道。
そこで、いろんな怪異があって、じっさいペコリお化けとか妖がいた。
実は、この崖道には二丁目断層というのが走っていて、断層そのものが、そこらへん一帯のボスだった。こらしめてやったり、仲良くしたり、妥協したり、けっこう大変だったからね(^_^;)
そんな思い出があるから、せめて、キーストーン奪還の旅、その最初ぐらいは穏やかでロマンチックがいいかなあ……と思って、そこに付け込まれた?
でもね、オンラインRPGとかだったら、最初は『始まりの町』とかだったりするじゃない。ギルドとか酒場とかバザールとかがあって、そこにいる限りは安全みたいな。
でも、闇が開けてふんわり着地したのは一面の、ちょっと起伏のある野原だよ。遠くに蒼い山並み、そこここに花が咲いていて小鳥がさえずりちょうちょが花から花に飛んでいたりする。
「え……ここでいいのか?」
ネルもキョトンとして突っ立ったまま。
「あ……うん、そうだと思うけど」
「油断は禁物だな」
「ちょっと、しゃがもうか」
見晴らしのいい野原なんだけど、逆に言えば敵もよく見えるということなんで、油断はできない。ネルは身長が180センチもあるしね。
「蒲生野のよう……」
ポケットから顔を出して御息所が呟く。
「「ガモウノ?」」
「うん、滋賀県の大津に都があったころにね、東近江市のあたりにあった薬猟場……まあ、薬草を採ることを名目にしたピクニックとかするとこよ」
「ということは、ここは日本なのか?」
「イメージね……ここの印象だけで決めてはダメなんだろうけど……」
「お……誰かいるぞ」
長い耳をピンと立てるネル。
「あっちだ」
首を向けると天女みたいな古代衣装の美人さんが侍女に籠を持たせてお花摘みをしている。
「あれは……額田王!」
「「ヌカダノオオキミ?」」
御息所は説明するかわりに歌を詠んだ。
「あかねさす~紫野行き標野行き~野守は見ずや君が袖振るぅ~」
「あ、聞いたことあるかも!」
「うう、ネルは分からん(^_^;)」
「あの人は、額田王って云って、天智天皇のお妃なのよ」
「おお、テンノウと言えば日本のエンペラーではないか!」
「うん、千何百年前のね」
「その妃かぁ、美人なわけだなあ」
「あ、向こうの方に男の人が……」
「なんか、手を振ってるぞ、テンノウか?」
「あ……大海人皇子(おおあまのおうじ)って云って、天智天皇の弟宮」
「あの人が『君が袖振る~』の君?」
「うん、そうよ」
「いいのか、弟はいえ、テンノウの妃に親し気に手なんか振って?」
「フフフ、昔は兄弟で彼女の取り合いしてたのよ( *´艸`)」
「そうなのか!?」
「ダメだよ、首出しちゃ!」
「あ、ごめん(;'∀')」
「だからね『野原の管理人とか人に見られちゃ困るでしょ』って詠ったわけよ」
「なるほど」
「そうか、これくらいにアッケラカンと袖振った方が明るくサバサバしてるってことなのね」
「そうそう、万葉集の世界だからね、明るくノビノビしてるのよ」
大海人皇子は袖は振るけど、それ以上近づくこともなく、額田王と侍女がクスリと笑うのを見届けると、向こうに行ってしまった。
なるほど……二人とも大人の態度だ。
変にシカトしたり、デレデレしたりもしないで、この蒲生野の花たちのように明るくしている。ちょっと勉強になったかも。
「フフフ、やくもも少しは大人になったかぁ?」
「もう、御息所ったらぁ」
「ミヤスドコロ」
「なんじゃエルフ?」
「あんた、ちょっと声がハッキリしてきていないか?」
「え、そうか?」
「あ、そうだよ。いつもだったらカギカッコついてるよ」
「フム、ここの空気があっておるのかもしれぬのう」
御息所の空気が合うというのは、ちょっと怖い気がしないでもないけど、言霊ってことがあるから、ネルと二人、笑ってごまかしておくよ。
「「アハハハ……」」
「ちょ、声大きい」
御息所の注意は遅かった、今度は額田王がこっちに手を振ってるし(;'∀')。
――ねえ、ちょっとあなたたちぃ(^▽^)/――
やばい、手を振りながらこっちくるしぃ(;'▢')!
☆彡主な登場人物
やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
メグ・キャリバーン 教頭先生
カーナボン卿 校長先生
酒井 詩 コトハ 聴講生
同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王
056『始まりの野原に額田王がいて』
ひょっとしたら罠かもしれない。
いっしゅんだけど、そう思ったのは、わたしが臆病だからかもしれない。
夏の大三角が入り口だなんてね。
せめて最初はロマンチックのオブラートに包まれて、苦くて怖い魔界に立ち向かいたい……的な?
夏の大三角は、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガを結んだもので、ベガは織姫、アルタイルは彦星だからね。
季節はちょうど七夕だしね。
中一の春にお母さんの実家、お爺ちゃんお婆ちゃんの家にひっこして、一丁目の家から三丁目の学校に通っていた。その間には二丁目の崖があって、ちょっと怖かった。
崖のキワにはお屋敷が並んでいて、その前の坂道を百メートル以上下って崖の下に出る。そこから折り返しの坂道になっていて、そこをさらに百メートル以上下って、学校への一本道。
そこで、いろんな怪異があって、じっさいペコリお化けとか妖がいた。
実は、この崖道には二丁目断層というのが走っていて、断層そのものが、そこらへん一帯のボスだった。こらしめてやったり、仲良くしたり、妥協したり、けっこう大変だったからね(^_^;)
そんな思い出があるから、せめて、キーストーン奪還の旅、その最初ぐらいは穏やかでロマンチックがいいかなあ……と思って、そこに付け込まれた?
でもね、オンラインRPGとかだったら、最初は『始まりの町』とかだったりするじゃない。ギルドとか酒場とかバザールとかがあって、そこにいる限りは安全みたいな。
でも、闇が開けてふんわり着地したのは一面の、ちょっと起伏のある野原だよ。遠くに蒼い山並み、そこここに花が咲いていて小鳥がさえずりちょうちょが花から花に飛んでいたりする。
「え……ここでいいのか?」
ネルもキョトンとして突っ立ったまま。
「あ……うん、そうだと思うけど」
「油断は禁物だな」
「ちょっと、しゃがもうか」
見晴らしのいい野原なんだけど、逆に言えば敵もよく見えるということなんで、油断はできない。ネルは身長が180センチもあるしね。
「蒲生野のよう……」
ポケットから顔を出して御息所が呟く。
「「ガモウノ?」」
「うん、滋賀県の大津に都があったころにね、東近江市のあたりにあった薬猟場……まあ、薬草を採ることを名目にしたピクニックとかするとこよ」
「ということは、ここは日本なのか?」
「イメージね……ここの印象だけで決めてはダメなんだろうけど……」
「お……誰かいるぞ」
長い耳をピンと立てるネル。
「あっちだ」
首を向けると天女みたいな古代衣装の美人さんが侍女に籠を持たせてお花摘みをしている。
「あれは……額田王!」
「「ヌカダノオオキミ?」」
御息所は説明するかわりに歌を詠んだ。
「あかねさす~紫野行き標野行き~野守は見ずや君が袖振るぅ~」
「あ、聞いたことあるかも!」
「うう、ネルは分からん(^_^;)」
「あの人は、額田王って云って、天智天皇のお妃なのよ」
「おお、テンノウと言えば日本のエンペラーではないか!」
「うん、千何百年前のね」
「その妃かぁ、美人なわけだなあ」
「あ、向こうの方に男の人が……」
「なんか、手を振ってるぞ、テンノウか?」
「あ……大海人皇子(おおあまのおうじ)って云って、天智天皇の弟宮」
「あの人が『君が袖振る~』の君?」
「うん、そうよ」
「いいのか、弟はいえ、テンノウの妃に親し気に手なんか振って?」
「フフフ、昔は兄弟で彼女の取り合いしてたのよ( *´艸`)」
「そうなのか!?」
「ダメだよ、首出しちゃ!」
「あ、ごめん(;'∀')」
「だからね『野原の管理人とか人に見られちゃ困るでしょ』って詠ったわけよ」
「なるほど」
「そうか、これくらいにアッケラカンと袖振った方が明るくサバサバしてるってことなのね」
「そうそう、万葉集の世界だからね、明るくノビノビしてるのよ」
大海人皇子は袖は振るけど、それ以上近づくこともなく、額田王と侍女がクスリと笑うのを見届けると、向こうに行ってしまった。
なるほど……二人とも大人の態度だ。
変にシカトしたり、デレデレしたりもしないで、この蒲生野の花たちのように明るくしている。ちょっと勉強になったかも。
「フフフ、やくもも少しは大人になったかぁ?」
「もう、御息所ったらぁ」
「ミヤスドコロ」
「なんじゃエルフ?」
「あんた、ちょっと声がハッキリしてきていないか?」
「え、そうか?」
「あ、そうだよ。いつもだったらカギカッコついてるよ」
「フム、ここの空気があっておるのかもしれぬのう」
御息所の空気が合うというのは、ちょっと怖い気がしないでもないけど、言霊ってことがあるから、ネルと二人、笑ってごまかしておくよ。
「「アハハハ……」」
「ちょ、声大きい」
御息所の注意は遅かった、今度は額田王がこっちに手を振ってるし(;'∀')。
――ねえ、ちょっとあなたたちぃ(^▽^)/――
やばい、手を振りながらこっちくるしぃ(;'▢')!
☆彡主な登場人物
やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
メグ・キャリバーン 教頭先生
カーナボン卿 校長先生
酒井 詩 コトハ 聴講生
同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王
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