上 下
56 / 84

056『始まりの野原に額田王がいて』

しおりを挟む
やくもあやかし物語 2

056『始まりの野原に額田王がいて』 




 ひょっとしたら罠かもしれない。


 いっしゅんだけど、そう思ったのは、わたしが臆病だからかもしれない。

 夏の大三角が入り口だなんてね。

 せめて最初はロマンチックのオブラートに包まれて、苦くて怖い魔界に立ち向かいたい……的な?

 夏の大三角は、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガを結んだもので、ベガは織姫、アルタイルは彦星だからね。

 季節はちょうど七夕だしね。

 中一の春にお母さんの実家、お爺ちゃんお婆ちゃんの家にひっこして、一丁目の家から三丁目の学校に通っていた。その間には二丁目の崖があって、ちょっと怖かった。

 崖のキワにはお屋敷が並んでいて、その前の坂道を百メートル以上下って崖の下に出る。そこから折り返しの坂道になっていて、そこをさらに百メートル以上下って、学校への一本道。

 そこで、いろんな怪異があって、じっさいペコリお化けとか妖がいた。

 実は、この崖道には二丁目断層というのが走っていて、断層そのものが、そこらへん一帯のボスだった。こらしめてやったり、仲良くしたり、妥協したり、けっこう大変だったからね(^_^;)

 そんな思い出があるから、せめて、キーストーン奪還の旅、その最初ぐらいは穏やかでロマンチックがいいかなあ……と思って、そこに付け込まれた?

 でもね、オンラインRPGとかだったら、最初は『始まりの町』とかだったりするじゃない。ギルドとか酒場とかバザールとかがあって、そこにいる限りは安全みたいな。

 でも、闇が開けてふんわり着地したのは一面の、ちょっと起伏のある野原だよ。遠くに蒼い山並み、そこここに花が咲いていて小鳥がさえずりちょうちょが花から花に飛んでいたりする。

「え……ここでいいのか?」

 ネルもキョトンとして突っ立ったまま。

「あ……うん、そうだと思うけど」

「油断は禁物だな」

「ちょっと、しゃがもうか」

 見晴らしのいい野原なんだけど、逆に言えば敵もよく見えるということなんで、油断はできない。ネルは身長が180センチもあるしね。

「蒲生野のよう……」

 ポケットから顔を出して御息所が呟く。

「「ガモウノ?」」

「うん、滋賀県の大津に都があったころにね、東近江市のあたりにあった薬猟場……まあ、薬草を採ることを名目にしたピクニックとかするとこよ」

「ということは、ここは日本なのか?」

「イメージね……ここの印象だけで決めてはダメなんだろうけど……」

「お……誰かいるぞ」

 長い耳をピンと立てるネル。

「あっちだ」

 首を向けると天女みたいな古代衣装の美人さんが侍女に籠を持たせてお花摘みをしている。

「あれは……額田王!」

「「ヌカダノオオキミ?」」

 御息所は説明するかわりに歌を詠んだ。

「あかねさす~紫野行き標野行き~野守は見ずや君が袖振るぅ~」

「あ、聞いたことあるかも!」

「うう、ネルは分からん(^_^;)」

「あの人は、額田王って云って、天智天皇のお妃なのよ」

「おお、テンノウと言えば日本のエンペラーではないか!」

「うん、千何百年前のね」

「その妃かぁ、美人なわけだなあ」

「あ、向こうの方に男の人が……」

「なんか、手を振ってるぞ、テンノウか?」

「あ……大海人皇子(おおあまのおうじ)って云って、天智天皇の弟宮」

「あの人が『君が袖振る~』の君?」

「うん、そうよ」

「いいのか、弟はいえ、テンノウの妃に親し気に手なんか振って?」

「フフフ、昔は兄弟で彼女の取り合いしてたのよ( *´艸`)」

「そうなのか!?」

「ダメだよ、首出しちゃ!」

「あ、ごめん(;'∀')」

「だからね『野原の管理人とか人に見られちゃ困るでしょ』って詠ったわけよ」

「なるほど」

「そうか、これくらいにアッケラカンと袖振った方が明るくサバサバしてるってことなのね」

「そうそう、万葉集の世界だからね、明るくノビノビしてるのよ」

 大海人皇子は袖は振るけど、それ以上近づくこともなく、額田王と侍女がクスリと笑うのを見届けると、向こうに行ってしまった。

 なるほど……二人とも大人の態度だ。

 変にシカトしたり、デレデレしたりもしないで、この蒲生野の花たちのように明るくしている。ちょっと勉強になったかも。

「フフフ、やくもも少しは大人になったかぁ?」

「もう、御息所ったらぁ」

「ミヤスドコロ」

「なんじゃエルフ?」

「あんた、ちょっと声がハッキリしてきていないか?」

「え、そうか?」

「あ、そうだよ。いつもだったらカギカッコついてるよ」

「フム、ここの空気があっておるのかもしれぬのう」

 御息所の空気が合うというのは、ちょっと怖い気がしないでもないけど、言霊ってことがあるから、ネルと二人、笑ってごまかしておくよ。

「「アハハハ……」」

「ちょ、声大きい」

 御息所の注意は遅かった、今度は額田王がこっちに手を振ってるし(;'∀')。


――ねえ、ちょっとあなたたちぃ(^▽^)/――


 やばい、手を振りながらこっちくるしぃ(;'▢')!

 

☆彡主な登場人物 

やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
メグ・キャリバーン  教頭先生
カーナボン卿     校長先生
酒井 詩       コトハ 聴講生
同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの  ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...