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046『朝飯前のラビリンス・1』

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やくもあやかし物語 2

046『朝飯前のラビリンス・1』 




 ブレザーを着て朝食に行こうとしたら、ポケットがグンと重くなった……と思ったら、いっしゅんで軽くなる。

 ちょ、なにしてんのよ?

 声に出さずに、部屋のどこかに居る御息所に声をかける。

『くそ、やっぱり気が付いたか』

「分かるわよ、長い付き合いなんだから」

 ポケットがグンと重くなったのは、御息所が踏ん張ったから。いっしゅんで軽くなったのは、踏ん張りを効かせてポケットから飛び出したから。
 御息所は、ほとんど霊体で重さなんかほとんどないんだけど、付き合いが長いから分かってしまう。

『ネルの爺さんと、変な契約したでしょ。巻き込まれるのヤダからね、しばらくは部屋にいるわ』

「あ、そう」

 ちょっとツッケンドンに返事して回れ右。

 嫌な時には黙って姿をくらますのが御息所流。それが、気配を悟られたからといって、わざわざ『巻き込まれるのヤダからね』とにくたらしく返されるとムカつく。

 チ (`ε.´●)(; `-)

 舌打ちまで重なってしまって、ますますシャク。

 バタム

 ちょっとだけ乱暴にドアを閉めて廊下に、数歩歩いて鍵を閉めていないことに気付く。

 ネルは先に食堂に行ったし、御息所は居ても何の役にも立たないし、鍵はかけなくっちゃ。

 カチャ

 鍵をかけて、再び廊下を歩く。

 あれ?

 廊下の果てが見えなくなっている……広い宿舎だけど、ちゃんと廊下には突き当りがあって、突き当りからは階段が下っていて、一回の食堂に行けるはずだ。

 自分の部屋からは50メートルも歩けば突き当り……のはずが、廊下は、はるか霞に霞んで見えなくなるところまで、ズーッと廊下。

 あ、やられた!

 あやかし慣れしてるんで、パニックにはならない。

 ただね、こういうあやかしのシデカシを見抜いて綻びを見つけ、それをやっつけるのは、とてもめんどくさい。ナザニエル卿が言っていた七匹のあやかしに違いないだろうから、日本のや森で出会ったアレコレとは違うだろうし。

 廊下の右側は寄宿舎だからドアが並んでいる。左側には外に繋がる窓が柱のワンスパンに一個の割で付いている。

 ドアを見ると自分の部屋の番号と名前が付いている……から安心ではない。

 部屋を出て10メートルちょいは歩いてる。もう二つか三つ隣の部屋の前のはずだ……一つ戻って確認。

 思った通り、同じ番号、同じ名前。

 窓から外を見る……いつもの景色なんだけど、これもクセモノ。

 隣りの窓……さっきの窓と同じ景色。窓のすぐそばにある気の枝ぶりまでいっしょ。きっと、どこの窓からでも同じ景色しか見えない。

 安物のゲームが同じテクスチャを繰り返してラビリンスやダンジョン作っているのと同じ。

 試しに窓を開けてみると、外の景色ではなくて、ここと同じ廊下だ。景色は窓ガラスに投影された3Dの映像みたいなものだ。

 感覚的には三つ手前のドアが本当の自分の部屋。

 三つ戻ってドアのカギ穴を覗く……自分の部屋が見えている。
 
 でも、安心はできない。

 鍵を開けてドアを少しだけ開けて覗いてみる……自分の部屋なんだけど、うさんくさい。

 ハンカチを丸めて投げてみる……ハンカチは一メートルも行かないところで消えてしまう。

 ああ、やっぱり3Dの映像だ。

 窓にしろドアにしろ、そこから見えているものはフェイクで、そこから出たら……たぶん、同じ廊下だと思う。

 一見すごくは見えているけど、ゲームで言えば数百メガバイトくらいで作れてしまう低級なラビリンス。

 でも、ヤケになってウロウロしたり飛び出したりしたら、体力も気力も擦り減らして倒れるか発狂するか。

 ええ!?  なんでぇ!?  どこだ!?  ここは!?  ちょっとぉ!

 微かだけど、みんなの声が聞こえる。

 低級なせいか、混乱させるたものフェイクか……返事したり呼びかけたりしてはダメだ。

 なまじ声だけするから、みんな必死で伝えようとして、かなり早く体力を奪われる。

 それに、みんな朝ごはんのために食堂にいくところなんだ。お腹が空いているだろうし、それに飲み水だって持ってない。

 声を出して動き回ったら三日ももたないだろう。

 けっきょくは、無限にあるだろう真のドアを見つけて出ていくしかない。

 おーい!  だれかぁ!  返事してぇ!  おーい!

 ああ、そんなに叫んで……三日ももたないかもしれない。

 朝飯前のラビリンスは朝めし前というわけにはいかないようだ……


 
☆彡主な登場人物 

やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
メグ・キャリバーン  教頭先生
カーナボン卿     校長先生
酒井 詩       コトハ 聴講生
同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名
  
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