上 下
40 / 84

040『樺太の空を飛ぶ』

しおりを挟む
やくもあやかし物語 2

040『樺太の空を飛ぶ』 





 おいしく樺太ランチをいただいて郷土博物館の外に出る。

「ちょっと高く飛ぶので息を合わせて」

 少彦名さんが指を立てる。

「息を合わせるって?」

「1、2、3、でジャンプ。そのタイミングを合わせるんだ」

「は、はい」「う、うん」

 デラシネと返事をすると、少彦名さんは狛犬の太郎と次郎に合図を送る。太郎と次郎は首だけこっちに向けて、顔が怖くて図体が大きいものだから、ちょっとおっかない。

「それ!」

「「えい!」」

 グワーーーーーーッ!!

 ジャンプすると同時に太郎の方が盛大に息を噴き出して、やくもたちを屋根の高さまで上げてくれて、すこし遅れて次郎が息を噴き出して、次に太郎、次郎と交互に息を噴き出し、あっという間に、ジェット機、いや、人工衛星が飛ぶくらいの高さに上げてくれた!

『すごいですね! わたしの力ではこの高さまでは無理でした!』

 交換手さんが御息所の口を借りて感激する。

「でも、なんでコマイヌは互い違いでしか息を吐かないんだぁ、ジグザグに上がったから、ちょっとクラクラする」

 デラシネが目を回しながら言う。

「申しわけない、阿吽の呼吸と云ってな、片方が口を開けている時、もう片方は閉じているものなんだ」

「そうか、まあ、上がってしまったからいいんだけどね」

『樺太の形がよく分かりますねえ』

「うん、それを見てもらうために高く上がったんだ」

「樺太って、大きいんですねえ……」

「ああ、北海道と同じくらいの面積だからね」

『真岡って、けっこう北の方にある感じだったんですけど、南ですねえ』

「交換手のころの日本領は南半分だけだったからね」

『そうですね、人間は、自分が住んでいるところを中心に考えますねえ』

「なんだか、美味しそうにも見える」

 グルグルが落ち着くと変なことを言うデラシネ。

「え、島がか?」

「吊るしたシャケに見える」

『お昼にチャンチャン焼きを食べましたからね』

「島が食べ物に見えるのは平和で楽しいね」

「そうだな、やくも」

「ほんとうは、昔の樺太を見せてやれるとよかったんだけどな、まあ、逆にこういう樺太を見るのも悪くはない……ほら、あの海が狭くなったところが間宮海峡だ」

 少彦名さんは、指で空中に字を書いた。

「……日本の名前が付いているのか?」

「ああ、間宮林蔵って人が発見したんだよね」

 ちょっと得意になって知識をひけらかす。

「ああ、そうだ。それまで樺太は島なのか半島なのか結論が出てなかったんだ」

「半島?」

「ああ、カムチャツカ半島と区別がついてなかった」

「アハハ、バッカじゃない、どう見たって島だろぉ、カムチャツカ半島って、もっと東の方……あれだろ?」

 身を乗り出して東の水平線のあたりの陸地を指さすデラシネ。

「ほぉーー」

「なに感心してんだ、こんなの中学レベルの地理だろがぁ!」

「あ、いや……」

「しっかりしろよ、王立魔法学校の生徒だろーが」

「あははは(^_^;)」

 ほんとは、デラシネの伸ばした指と横顔がきれいで「ほぉーー」だったんだけど、言わない。

『そう、間宮林蔵が樺太を船で一周して島であることを確認したんですよね、女学校で習いました』

「え、だったら樺太は日本だろ?」

「え、なんで?」

「領土と言うのは、最初に発見した奴の国になるんだぞ、ヨーロッパじゃそうだぞ」

「あ、そろそろ下りるぞぉ」

 質問には応えずに、少彦名さんは間宮海峡に近い小さな村を指さした。


 ザザザーーー


 地面をこするようにして下りてきて、自分たちが乗っていたのが芋の皮のようなボートであったことに気付いた。

『天乃羅摩船(アメノカガミノフネ )ですね』

「え?」

『ふふ、むかし習ったんです。少彦名さんは、これに乗って海の向こうからやってきたことに……あ、もう先に行ってますよ!』

 少彦名さんといっしょに行ったデラシネがたぶん「早く来い!」というように腕を回してる。

「もう、先に行かないでよね」

「すまん、これを見せたくて焦ってしまった」

 頭を掻きながら少彦名さんは太い二本の柱に挟まれた石板を示した。

『これは……間宮林蔵到達記念碑?』

 石板は立派なのに、柱は枕木みたいに粗削りで武骨だ。

「ああ、古地図や間宮林蔵の残した資料を基に、林蔵がこの村に来たことを知った日本の関係者が残していったんだ。草に埋もれてしまいそうになったのを村人たちが補強して目の高さにしてくれたんだ」

 ええ!?

 みんなビックリした。

 交換手さんも知らなくって、感動して涙ぐんでいる。

 借りているのが1/12サイズの御息所なものだから、なんだか御息所がとても優しくなった感じで、ちょっと混乱(^_^;)。

 デラシネは微妙にブスっとして、でも、わたしには分かったよ。

 デラシネは感動すると、こういう顔になる。


 それから、わたしたちに気付いて家から出てきた村の人たちと、陽が沈むころまでお話して、ヤマセンブルグに帰ったよ。

 


☆彡主な登場人物 

やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
メグ・キャリバーン  教頭先生
カーナボン卿     校長先生
酒井 詩       コトハ 聴講生
同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...