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039『蝉と葦船』
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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
039『蝉と葦船』
ミーーン ミンミン ミ―― ミーーン ミンミン ミ――
弾道ミサイルの警報か!? というくらい、そいつらは突然に鳴きだした。
セミ! セミですよ! セミ!
セミなんて21世紀の令和でも鳴いてんだけど、こんな唐突なのは初めて!
五月の中ごろから開けっ放しの教室の窓から、突然のセミの大合唱!
1年5組の教室は二階で、五月の席替えで窓際になったわたしの真横、二メートルも離れていない中庭の木でセミが鳴きだした。
全身がビクッとして、机がガタッって震えた。
教室のみんなは全然ビックリしていない。
ソロっと様子を見ると、お仲間のたみ子・真知子・ロコが――どうした?――という顔で、十円男は――バカか――という目で見ている。
数学の先生は、そういう、わたしとみんなの反応も含めてセミを無視!
こういう人たちは、どこかの国の核ミサイルが飛んできて、運悪く宮之森の街に落ちても、あっさり死ぬと思うよ。
で、セミ。
板書を写す手を休めて考えてみる。
こんなに驚いたのは、小三の時、ぼんやり道を歩いていたら、十字路で突然原チャが飛び出してきてぶつかりそうになった時以来。
そう、突然すぎなんだ、セミも原チャも。
でも、わたしの知ってるセミは――ああ、今年もセミの季節か――って感じで、気が付いたら鳴いている感じで、こんなに暴力的じゃない。
あ、そうか。
セミの声って、たいてい部屋の中で聞いている。
気が付いたらエアコンの音に混じって聞こえてるって感じ。
そうだよ、窓が開きっぱなしだからビックリしたんだ。
でも、みんなはビックリなんかしていない。
慣れてるんだ、戦場の兵士がミサイルや爆弾の音に慣れるように慣れてしまってるんだろうね。
ミサイルや爆弾に慣れるのは怖いけど、まあ、セミが爆発することはない。
で、気が付いた。
1970年の高校って、エアコンが付いていない。
令和少女のわたしとしては耐え難いことなんだけど、教室中のみんなが――夏はこんなもんだ――って感じなんで慣れてしまった。
むろん、放課後は戻り橋を渡って令和の家に戻って、当然エアコンかけまくりの生活してるんだけど、いつの間にか、この切り替えに慣れてしまっていたんだ。
ああ……でも、思い出すと暑い。
セミのお蔭でドッと噴き出した汗をなだめながら、一学期最後の数学を受けた。
ちょっと感心した。
例の光化学スモッグが出て体育が散々だった日からテスト一週間前になって、部活動は無し。
建前的なものだと思ったら、大半の生徒は授業が終わったらさっさと帰る。あるいは図書室で勉強。あるいは教室に居残ってマジで勉強。
たみ子と真知子が図書室で勉強するというので、ロコといっしょに覗きに行く。
うわあ……
いつもは閑散としている(らしい)図書室はいっぱいだ。いっぱいな割には静かで、鉛筆を走らせる音やらページをめくる音、それに天井の扇風機が穏やかに回る音が微かにするだけ。あいかわらずセミは鳴いているけど、ほとんど気にならなくなった。我ながら順応するのが早い。
遠慮のない溜息が聞こえたのか、真知子が顔を上げて鉛筆を振った。
「もっと早く来ないと座れないよ」
「あそこ空いてるよ」
ノッポのたみ子が二つ向こうのテーブルを指す。男子が4人勉強してて席が二つ空いてる。空いてると言ってもカバンや荷物が置いてあるんだけどね。
「あ、いい、いい。二人の様子見に来ただけだから」
「荷物だったら言ってあげる……」
「いいよいいよ、じゃね(^_^;)」
椅子を立ちかけた真知子を制して図書室を出る。
「もっと要領のいい人は街の図書館に行ってる」
図書室を出ながらロコが付け加える。
「え、そうなの?」
街の図書館は、こないだ行った希望が丘の方で、ちょっと距離がある。
「図書館は冷房が効いてますからねえ」
「あ、そうか……でも、いっぱいなんじゃない。学校終わってからで間に合うの?」
「学校なんかブッチしてますよ」
「そうなの!?」
「三年は受験があるし、二年は内申上げる最後のチャンスですよ」
「あ……そうなんだ」
「夏休みを制する者は受験を制すっていいますからね」
「え、そうなの?」
「はい、この時期、教師の訓話の定番です。ま、じっさいそうなんですけど」
「ま、一年生は関係ないです。一年は好奇心の翼を広げる時期なんです! 好奇心こそ、明日への原動力!」
「あはは、そうだね」
「あ、これ見てください!」
昇降口を出ようとした足を停めて、ロコは、いつものファイルを出した。
バサリと一発で開いたページにはピラミッドの壁に描かれているような船の写真があった。
「葦船ラー号ですよ!」
「葦船?」
「正確にはパピルスです。パピルスは葦の一種ですから」
「え、パピルスって、エジプトとかで紙の原料になってたパピルス?」
「はい、その葦船で大西洋を横断したんです。今月の12日です」
「ええ!?」
パピルスって丈夫な紙らしいけど、それで船作って、大西洋横断は無理でしょ!
「去年もやったんですけど、途中で水が浸み込んできて中断したんですけど、今年再チャレンジして成功したんですよ!」
「……え、この人日本人?」
八人並んだ中に日本人の名前の男性がいる。
「はい、今年はモロッコと日本からも参加して、頑張ったんです」
「いやあ、大海原の葦船、なんか涼しそうね」
「乗ってみたら、暑いと思いますよ」
「あはは、そうだろうね」
「でも、葦船でできたということは、最初に大西洋横断を成し遂げたのはコロンブスではない可能性があるということです」
「え、あ……そうだね」
「一説によると、アメリカの西海岸で縄文式土器の欠片が見つかった事実があるそうです……」
「え、それって、太平洋横断は日本人が最初ってこと!?」
「はい、可能性はあります!」
「ムムム……」
子どものように目を輝かせるロコ。
こいつは、受験勉強には向かないだろうなあ……と思ったけど、口にはしない。
彡 主な登場人物
時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校一年生
時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川 志忠屋のマスター
ペコさん 志忠屋のバイト
猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ) 1年5組 クラスメート
辻本 たみ子 1年5組 副委員長
高峰 秀夫 1年5組 委員長
吉本 佳奈子 1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子 1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
藤田 勲 1年5組の担任
先生たち 花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀
須之内直美 証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
039『蝉と葦船』
ミーーン ミンミン ミ―― ミーーン ミンミン ミ――
弾道ミサイルの警報か!? というくらい、そいつらは突然に鳴きだした。
セミ! セミですよ! セミ!
セミなんて21世紀の令和でも鳴いてんだけど、こんな唐突なのは初めて!
五月の中ごろから開けっ放しの教室の窓から、突然のセミの大合唱!
1年5組の教室は二階で、五月の席替えで窓際になったわたしの真横、二メートルも離れていない中庭の木でセミが鳴きだした。
全身がビクッとして、机がガタッって震えた。
教室のみんなは全然ビックリしていない。
ソロっと様子を見ると、お仲間のたみ子・真知子・ロコが――どうした?――という顔で、十円男は――バカか――という目で見ている。
数学の先生は、そういう、わたしとみんなの反応も含めてセミを無視!
こういう人たちは、どこかの国の核ミサイルが飛んできて、運悪く宮之森の街に落ちても、あっさり死ぬと思うよ。
で、セミ。
板書を写す手を休めて考えてみる。
こんなに驚いたのは、小三の時、ぼんやり道を歩いていたら、十字路で突然原チャが飛び出してきてぶつかりそうになった時以来。
そう、突然すぎなんだ、セミも原チャも。
でも、わたしの知ってるセミは――ああ、今年もセミの季節か――って感じで、気が付いたら鳴いている感じで、こんなに暴力的じゃない。
あ、そうか。
セミの声って、たいてい部屋の中で聞いている。
気が付いたらエアコンの音に混じって聞こえてるって感じ。
そうだよ、窓が開きっぱなしだからビックリしたんだ。
でも、みんなはビックリなんかしていない。
慣れてるんだ、戦場の兵士がミサイルや爆弾の音に慣れるように慣れてしまってるんだろうね。
ミサイルや爆弾に慣れるのは怖いけど、まあ、セミが爆発することはない。
で、気が付いた。
1970年の高校って、エアコンが付いていない。
令和少女のわたしとしては耐え難いことなんだけど、教室中のみんなが――夏はこんなもんだ――って感じなんで慣れてしまった。
むろん、放課後は戻り橋を渡って令和の家に戻って、当然エアコンかけまくりの生活してるんだけど、いつの間にか、この切り替えに慣れてしまっていたんだ。
ああ……でも、思い出すと暑い。
セミのお蔭でドッと噴き出した汗をなだめながら、一学期最後の数学を受けた。
ちょっと感心した。
例の光化学スモッグが出て体育が散々だった日からテスト一週間前になって、部活動は無し。
建前的なものだと思ったら、大半の生徒は授業が終わったらさっさと帰る。あるいは図書室で勉強。あるいは教室に居残ってマジで勉強。
たみ子と真知子が図書室で勉強するというので、ロコといっしょに覗きに行く。
うわあ……
いつもは閑散としている(らしい)図書室はいっぱいだ。いっぱいな割には静かで、鉛筆を走らせる音やらページをめくる音、それに天井の扇風機が穏やかに回る音が微かにするだけ。あいかわらずセミは鳴いているけど、ほとんど気にならなくなった。我ながら順応するのが早い。
遠慮のない溜息が聞こえたのか、真知子が顔を上げて鉛筆を振った。
「もっと早く来ないと座れないよ」
「あそこ空いてるよ」
ノッポのたみ子が二つ向こうのテーブルを指す。男子が4人勉強してて席が二つ空いてる。空いてると言ってもカバンや荷物が置いてあるんだけどね。
「あ、いい、いい。二人の様子見に来ただけだから」
「荷物だったら言ってあげる……」
「いいよいいよ、じゃね(^_^;)」
椅子を立ちかけた真知子を制して図書室を出る。
「もっと要領のいい人は街の図書館に行ってる」
図書室を出ながらロコが付け加える。
「え、そうなの?」
街の図書館は、こないだ行った希望が丘の方で、ちょっと距離がある。
「図書館は冷房が効いてますからねえ」
「あ、そうか……でも、いっぱいなんじゃない。学校終わってからで間に合うの?」
「学校なんかブッチしてますよ」
「そうなの!?」
「三年は受験があるし、二年は内申上げる最後のチャンスですよ」
「あ……そうなんだ」
「夏休みを制する者は受験を制すっていいますからね」
「え、そうなの?」
「はい、この時期、教師の訓話の定番です。ま、じっさいそうなんですけど」
「ま、一年生は関係ないです。一年は好奇心の翼を広げる時期なんです! 好奇心こそ、明日への原動力!」
「あはは、そうだね」
「あ、これ見てください!」
昇降口を出ようとした足を停めて、ロコは、いつものファイルを出した。
バサリと一発で開いたページにはピラミッドの壁に描かれているような船の写真があった。
「葦船ラー号ですよ!」
「葦船?」
「正確にはパピルスです。パピルスは葦の一種ですから」
「え、パピルスって、エジプトとかで紙の原料になってたパピルス?」
「はい、その葦船で大西洋を横断したんです。今月の12日です」
「ええ!?」
パピルスって丈夫な紙らしいけど、それで船作って、大西洋横断は無理でしょ!
「去年もやったんですけど、途中で水が浸み込んできて中断したんですけど、今年再チャレンジして成功したんですよ!」
「……え、この人日本人?」
八人並んだ中に日本人の名前の男性がいる。
「はい、今年はモロッコと日本からも参加して、頑張ったんです」
「いやあ、大海原の葦船、なんか涼しそうね」
「乗ってみたら、暑いと思いますよ」
「あはは、そうだろうね」
「でも、葦船でできたということは、最初に大西洋横断を成し遂げたのはコロンブスではない可能性があるということです」
「え、あ……そうだね」
「一説によると、アメリカの西海岸で縄文式土器の欠片が見つかった事実があるそうです……」
「え、それって、太平洋横断は日本人が最初ってこと!?」
「はい、可能性はあります!」
「ムムム……」
子どものように目を輝かせるロコ。
こいつは、受験勉強には向かないだろうなあ……と思ったけど、口にはしない。
彡 主な登場人物
時司 巡(ときつかさ めぐり) 高校一年生
時司 応(こたえ) 巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川 志忠屋のマスター
ペコさん 志忠屋のバイト
猫又たち アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ) 1年5組 クラスメート
辻本 たみ子 1年5組 副委員長
高峰 秀夫 1年5組 委員長
吉本 佳奈子 1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子 1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男) 留年してる同級生
藤田 勲 1年5組の担任
先生たち 花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀
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