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190『留美ちゃんが「うん」と言わないわけ』
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190『留美ちゃんが「うん」と言わないわけ』ヨリコ
近くに駐車場があるから!
御料車は一般の駐車場には停められません。
わたしの願いはジョン・スミスの涼しい顔に一蹴された。
領事館の公用車はトヨタのワンボックスなんだけど、わたしが乗るのはお婆さまの命令で去年の暮れからロールスロイスのファントムになっている。レクサスよりも縦100センチ、横50センチも大きくて並みの駐車場では収まらないらしいことと、車がセレブ過ぎて断られるかららしい。
「どうして?」
と聞いたら。
「王族がお乗りになるのは、正式には御料車と申します。公用車は殿下が常にお乗りになるには相応しく無いのです」
総領事が涼しい顔で答える。
要は、わたしがホイホイ出歩かないための策略。御料車を使う時は、あらかじめ目的地の警察署にも届ける。これ、最悪のルール。事前に警察が配備されるし、関係機関への連絡も行われる。
そんなわけで、単に図体が大きいという理由だけでなく、一般の駐車場は使いにくい。
しかたなく、如来寺の山門脇から入る。
並の車なら三台は停められるスペースを独占してドアを開けると、如来寺の人たちだけでなく、檀家やご近所の人たち、振り返ると山門の外にはお巡りさんまで交通整理をし始めている。ほとんど嫌がらせ(^_^;)
「留美ちゃん、良かったあ!」
さくらと並んでいる留美ちゃんを見つけると、人目も構わずにハグしかけるんだけど、あと50センチというところで、磁石の同極同士が反発するように距離を取った。
ソーシャルディスタンスの取り方も、御料車で来ると、めちゃくちゃ気を使う。
いつもなら、部室とかリビングで話すんだけど、ソーシャルディスタンスのために本堂の外陣に収まる。
「いっしょに住むのをためらってやるんです……」
「……………」
如来寺のみなさんは、善意と勢いで留美ちゃんを連れ出すことには成功したけど、ここにきて留美ちゃんの気持ちを覆せないでいる。
「だって……そこまで甘えるのは……」
「甘えるんとちゃう、困った時は助け合うのがお寺やねんで」
「でも、わたし檀家じゃありませんし……」
「阿弥陀さんは、そんな区別はせえへん。いらん遠慮はせんとき」
テイ兄ちゃんがお坊さんらしく諭している。
さくらと詩(ことは)さんが優しく、でも、ちょっと疲れた顔で、それでも姿勢を正して座っているのは、アミダさまの前だからかもしれない。
「わ、わたし、寝言とか歯ぎしりとかひどいですから」
「部屋は別にするから平気よ」
「えと、たまに夢遊病の発作が……」
ウソだ、エディンバラやヤマセンブルグ、国内でも泊まり込みで除夜の鐘を撞いたり、留美ちゃんに、そんな癖がないことは、みんな知っている。
悪い子じゃないから、不愛想に黙りこくってしまうことはしない。でも、それだと、同じ繰り言を言葉を変えて繰り返すだけになり、なんとも空気が重い。
「あの、文芸部だけで話していいですか?」
卒業したわたしが文芸部を名乗るのはおこがましいんだけど、わたしは三人で話すのが一番だと思った。
「うん、せやね。ちょっと空気を変えた方がええかもしれへんね」
テイ兄ちゃんが同意してくれて、さくらと三人、本堂裏の部室に移動する。
キャ!
コタツに足を突っ込むと、グニュっと何かに当って声が出る。
「あ、ダミア」
さくらが引っ張り出したダミアは、記憶の中のそれより倍の大きさになっている。
フニャ~
一声あげて、三人の顔を順繰りに見て、なぜかわたしの膝に乗って再びコタツに潜る。ヨイショっと顔だけ出して、哲学者みたいに目をつぶる。
「わたし、お母さん以外の人と住んだことないから……その、プレッシャーなんです」
「そんなの、すぐに慣れるわよ。如来寺のみなさん、文芸部は身内みたいに思ってくださってるし」
「みたいと身内は違うんじゃ……」
「留美ちゃん……」
「そんな他人行儀なこと言われると、寂しいやんか」
「ごめん、でも、えと……起き抜けの顔って、わたしひどくて……」
「それは、さくらの方がひどいってか、おもしろいよ。何度も、いっしょに寝泊まりしたし」
「はい、あの……お洗濯ものとか、とっても気になって……」
「そんなん、気になれへんよ。うちは、女もんは別に洗ってるし、なんやったら、洗濯べつに……」
「あ、いや、そんなことじゃなくて(-_-;)、えと……えと……」
留美ちゃん、断る理由を探してるんだ、これだと、どこまでいってもいっしょだ。
いったい、なににこだわってるんだろうか?
さくらも似たような気持ちなんだ、ちょっと俯いてしまった。
親友に、そんな気持ちにさせることがたまらないんだろう、留美ちゃんもまつ毛の先に涙の粒を宿らせて黙ってしまう。
フニャ~
間抜けた声をあげるて、再びダミアはコタツに潜ってゴソゴソしたかと思うと、今度は留美ちゃんのところに顔を出した。
ノソノソと這い上がって、まつ毛を伝って頬っぺたに下りてきた涙をペロペロ舐め始める。
「わたし、わたし一人……わたし一人が、楽したら、楽になったら……お母さんが死んじゃうんじゃないかって、恐ろしくて、怖くって……」
「留美ちゃん?」
「そうだったんだ……」
留美ちゃんは、お母さんといっしょに苦しまなければバチが当たるような気になっていたんだ。それでも、一人で暮らすことへの不安とか心配とかがあって身動きが取れなくなって、意味不明の遠慮ばかりしていたんだ。
わたしとさくらが分かってしまうと、留美ちゃんはダミアをダッコしたまま顔をうずめて嗚咽した。
「今夜は、わたしも泊めて」
「先輩……」
「久しぶりに文芸部の合宿しよう」
ニャ~
さて、どうやってジョン・スミスと御料車を返すか?
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