35 / 139
35《さくら女優になる》
しおりを挟む
ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第35話《さくら女優になる》さくら
一機のゼロ戦がグラマンに追いかけ回されている。
そこに、お寺の鐘が一発ゴ~ンと鳴り、グラマンが墜ちていく。
おお!
お寺の鐘がグラマンを墜とした……みたいに見える。
カットバックで、お寺の鐘が金属供出で運び出される供養。お寺の鐘は、その撞き収めだった。そして、上空では、グラマンを仕留めた別のゼロ戦が雲の中から出てきて、お寺の鐘が墜としたわけではないと知れる。墜としたゼロ戦は仲間を気遣って助けたゼロ戦に寄り添っていく。
パチパチパチパチパチパチ!!
供養に集まった村人や疎開児童たちは、引き下ろされる鐘よりもゼロ戦に目がいって、大拍手。
一人涙にくれる住職の池島潤慶。その肩をそっと叩いて慰める池島潤子……つまり、わたし!
エキストラの演技がよかったので、池島潤子はエキストラから一躍正規の役になった。
追加場面は三つ。
最初が、さっきの映画の冒頭、お寺の鐘でグラマンが墜ちたように見え、その鐘が金属供出に出されるシーン。
二つ目は、川辺で坂井少尉のことを心配する幸子に潤子が話しかけるところ。
「この川、飛び込んでも死ねないわよ」
もともと農業用水の小川は、ここのところの渇水でほとんど干上がっている。
「飛び込むときは、大川にするわ」
「迷惑よ、最近の坊主は忙しいんだからぁ」
傍らの橋の上を戦死者の遺骨を弔う葬列。先頭に大汗かいた潤慶和尚。二人立ち上がって合掌。
「今日は、あれで三件目」
「大繁盛ね」
「不謹慎よ」
「ごめん」
「最近は、お布施も薩摩芋。それも、すぐに疎開児童のお腹におさまっちゃう」
「潤ちゃんも不謹慎」
「これは、功徳ってもんよ。ルリちゃん、坂井さんのこと心配なんでしょ?」
「知らない……!」
「人間は、誰でも、いつかは死んで極楽にいく。遅いか早いかだけ」
「簡単に言わないで。あたし極楽なんか信じていないから」
「極楽はパラダイスじゃないよ、ゼロの言い換え。親鸞さんは、そう言ってる……と、あたしは感じる」
「ゼロ?」
「ゼロって、見ることも触ることもできない。X=0 Y=0の点書ける?」
「う、うん……」
幸子は、地面に十字を書き、横軸にX、縦軸にYと書いた。
「これはゼロじゃないよ。だって、目に見えるから面積持ってるじゃない。ゼロには面積も体積もない」
「どういうこと?」
「簡単に言うと、ゼロって全ての始まりでしょ。幾何で原点と言えばゼロのこと。そして終わりでもある。1-1=0。で、始まりにしろ終わりにしろ、見ることは出来ない。ただ感じることができるだけ。で、感じられるのは人間だけ。だから悩みもするけど、救いにもなる」
「なんだか屁理屈みたいだけど、潤ちゃんが言うと……」
「立派に聞こえるでしょ?」
「面白い!」
「「アハハハハ」」
二人が笑って、カメラが振り仰ぐと入道雲と青空を背景にトンビがクルリと輪を描いた。
そして、三つ目のシーンは、八月十四日の空襲。
至近弾で、あたしの潤子は瀕死の重傷。
「潤ちゃん、しっかりして!」
「……いいよ……あたしはゼロになる……ちょっと痛いけどね……」
で、あっさり死んじゃう。坂井少尉のゼロ戦も爆撃でやられ、出撃できなくなり、明くる日の終戦になる。
時間にして、合計5分ほど。だけど、新人としては美味しい。
かくして、あたしは自覚もないまま女優になってしまった。
☆彡 主な登場人物
佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
佐倉 さつき さくらの姉
佐倉 惣次郎 さくらの父
佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
佐久間 まくさ さくらのクラスメート
山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
秋元 さつきのバイト仲間
四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
四ノ宮 篤子 忠八の妹
明菜 惣一の女友達
香取 北町警察の巡査
第35話《さくら女優になる》さくら
一機のゼロ戦がグラマンに追いかけ回されている。
そこに、お寺の鐘が一発ゴ~ンと鳴り、グラマンが墜ちていく。
おお!
お寺の鐘がグラマンを墜とした……みたいに見える。
カットバックで、お寺の鐘が金属供出で運び出される供養。お寺の鐘は、その撞き収めだった。そして、上空では、グラマンを仕留めた別のゼロ戦が雲の中から出てきて、お寺の鐘が墜としたわけではないと知れる。墜としたゼロ戦は仲間を気遣って助けたゼロ戦に寄り添っていく。
パチパチパチパチパチパチ!!
供養に集まった村人や疎開児童たちは、引き下ろされる鐘よりもゼロ戦に目がいって、大拍手。
一人涙にくれる住職の池島潤慶。その肩をそっと叩いて慰める池島潤子……つまり、わたし!
エキストラの演技がよかったので、池島潤子はエキストラから一躍正規の役になった。
追加場面は三つ。
最初が、さっきの映画の冒頭、お寺の鐘でグラマンが墜ちたように見え、その鐘が金属供出に出されるシーン。
二つ目は、川辺で坂井少尉のことを心配する幸子に潤子が話しかけるところ。
「この川、飛び込んでも死ねないわよ」
もともと農業用水の小川は、ここのところの渇水でほとんど干上がっている。
「飛び込むときは、大川にするわ」
「迷惑よ、最近の坊主は忙しいんだからぁ」
傍らの橋の上を戦死者の遺骨を弔う葬列。先頭に大汗かいた潤慶和尚。二人立ち上がって合掌。
「今日は、あれで三件目」
「大繁盛ね」
「不謹慎よ」
「ごめん」
「最近は、お布施も薩摩芋。それも、すぐに疎開児童のお腹におさまっちゃう」
「潤ちゃんも不謹慎」
「これは、功徳ってもんよ。ルリちゃん、坂井さんのこと心配なんでしょ?」
「知らない……!」
「人間は、誰でも、いつかは死んで極楽にいく。遅いか早いかだけ」
「簡単に言わないで。あたし極楽なんか信じていないから」
「極楽はパラダイスじゃないよ、ゼロの言い換え。親鸞さんは、そう言ってる……と、あたしは感じる」
「ゼロ?」
「ゼロって、見ることも触ることもできない。X=0 Y=0の点書ける?」
「う、うん……」
幸子は、地面に十字を書き、横軸にX、縦軸にYと書いた。
「これはゼロじゃないよ。だって、目に見えるから面積持ってるじゃない。ゼロには面積も体積もない」
「どういうこと?」
「簡単に言うと、ゼロって全ての始まりでしょ。幾何で原点と言えばゼロのこと。そして終わりでもある。1-1=0。で、始まりにしろ終わりにしろ、見ることは出来ない。ただ感じることができるだけ。で、感じられるのは人間だけ。だから悩みもするけど、救いにもなる」
「なんだか屁理屈みたいだけど、潤ちゃんが言うと……」
「立派に聞こえるでしょ?」
「面白い!」
「「アハハハハ」」
二人が笑って、カメラが振り仰ぐと入道雲と青空を背景にトンビがクルリと輪を描いた。
そして、三つ目のシーンは、八月十四日の空襲。
至近弾で、あたしの潤子は瀕死の重傷。
「潤ちゃん、しっかりして!」
「……いいよ……あたしはゼロになる……ちょっと痛いけどね……」
で、あっさり死んじゃう。坂井少尉のゼロ戦も爆撃でやられ、出撃できなくなり、明くる日の終戦になる。
時間にして、合計5分ほど。だけど、新人としては美味しい。
かくして、あたしは自覚もないまま女優になってしまった。
☆彡 主な登場人物
佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
佐倉 さつき さくらの姉
佐倉 惣次郎 さくらの父
佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
佐久間 まくさ さくらのクラスメート
山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
秋元 さつきのバイト仲間
四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
四ノ宮 篤子 忠八の妹
明菜 惣一の女友達
香取 北町警察の巡査
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる