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35《さくら女優になる》

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ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)

第35話《さくら女優になる》さくら 





 一機のゼロ戦がグラマンに追いかけ回されている。


 そこに、お寺の鐘が一発ゴ~ンと鳴り、グラマンが墜ちていく。


 おお!


 お寺の鐘がグラマンを墜とした……みたいに見える。


 カットバックで、お寺の鐘が金属供出で運び出される供養。お寺の鐘は、その撞き収めだった。そして、上空では、グラマンを仕留めた別のゼロ戦が雲の中から出てきて、お寺の鐘が墜としたわけではないと知れる。墜としたゼロ戦は仲間を気遣って助けたゼロ戦に寄り添っていく。

 パチパチパチパチパチパチ!!

 供養に集まった村人や疎開児童たちは、引き下ろされる鐘よりもゼロ戦に目がいって、大拍手。

 一人涙にくれる住職の池島潤慶。その肩をそっと叩いて慰める池島潤子……つまり、わたし!


 エキストラの演技がよかったので、池島潤子はエキストラから一躍正規の役になった。


 追加場面は三つ。


 最初が、さっきの映画の冒頭、お寺の鐘でグラマンが墜ちたように見え、その鐘が金属供出に出されるシーン。


 二つ目は、川辺で坂井少尉のことを心配する幸子に潤子が話しかけるところ。


「この川、飛び込んでも死ねないわよ」

 もともと農業用水の小川は、ここのところの渇水でほとんど干上がっている。

「飛び込むときは、大川にするわ」

「迷惑よ、最近の坊主は忙しいんだからぁ」

 傍らの橋の上を戦死者の遺骨を弔う葬列。先頭に大汗かいた潤慶和尚。二人立ち上がって合掌。

「今日は、あれで三件目」

「大繁盛ね」

「不謹慎よ」

「ごめん」

「最近は、お布施も薩摩芋。それも、すぐに疎開児童のお腹におさまっちゃう」

「潤ちゃんも不謹慎」

「これは、功徳ってもんよ。ルリちゃん、坂井さんのこと心配なんでしょ?」

「知らない……!」

「人間は、誰でも、いつかは死んで極楽にいく。遅いか早いかだけ」

「簡単に言わないで。あたし極楽なんか信じていないから」

「極楽はパラダイスじゃないよ、ゼロの言い換え。親鸞さんは、そう言ってる……と、あたしは感じる」

「ゼロ?」

「ゼロって、見ることも触ることもできない。X=0 Y=0の点書ける?」

「う、うん……」

 幸子は、地面に十字を書き、横軸にX、縦軸にYと書いた。

「これはゼロじゃないよ。だって、目に見えるから面積持ってるじゃない。ゼロには面積も体積もない」

「どういうこと?」

「簡単に言うと、ゼロって全ての始まりでしょ。幾何で原点と言えばゼロのこと。そして終わりでもある。1-1=0。で、始まりにしろ終わりにしろ、見ることは出来ない。ただ感じることができるだけ。で、感じられるのは人間だけ。だから悩みもするけど、救いにもなる」

「なんだか屁理屈みたいだけど、潤ちゃんが言うと……」

「立派に聞こえるでしょ?」

「面白い!」

「「アハハハハ」」

 二人が笑って、カメラが振り仰ぐと入道雲と青空を背景にトンビがクルリと輪を描いた。


 そして、三つ目のシーンは、八月十四日の空襲。


 至近弾で、あたしの潤子は瀕死の重傷。

「潤ちゃん、しっかりして!」

「……いいよ……あたしはゼロになる……ちょっと痛いけどね……」

 で、あっさり死んじゃう。坂井少尉のゼロ戦も爆撃でやられ、出撃できなくなり、明くる日の終戦になる。


 時間にして、合計5分ほど。だけど、新人としては美味しい。


 かくして、あたしは自覚もないまま女優になってしまった。



☆彡 主な登場人物
佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
佐倉  さつき       さくらの姉
佐倉  惣次郎       さくらの父
佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
秋元            さつきのバイト仲間
四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
四ノ宮 篤子        忠八の妹
明菜            惣一の女友達
香取            北町警察の巡査
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