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059『だるまを転がす少年』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
059『だるまを転がす少年』
ズシーーーーン!
突き上げるような地響きで飛び起きた。
廊下に飛び出ると、お揃いのパジャマを着た玉代も廊下に出ている。
「「地震!?」」
同時に声をあげたけど、それに応えるように、もう一度きた。
ズシーーーーン!
「地震じゃなかね」
衝撃は一回だけで、地震なら続いて来るはずの揺れがやってこない。
階下で休んでいる祖父母が慌てている様子もない。
「外に出てみよ」
「うん」
一階に降りると、さらに何事もなく、薄くドアを開けて祖父母の寝室を窺うと、二人とも穏やかに寝息を立てている。
ズシーーーーーン!
三度目を聞いたのは、武笠家のささやかな門扉を開けたところだ。
ねね子もカーディガンをひっかけて出てきている。
「ねね子も聞こえているんだな!?」
「うん、昔もあったニャ、人には聞こえない地響きが!」
「裏次元か?」
「分からニャイ、ねね子は、自分では裏次元は覗けないニャ。でも、関東大震災の直前とかだったから、よく覚えているニャ!」
「おいは、裏次元に行けっじゃ」
「わたしらも行ける?」
「うん、行ってみっか?」
「「うん」」
玉代が印を結ぶと、風景がコラ画像のようになった。
豪徳寺近辺の景色が裏次元の風景と重なって二重写しのようになっている。
ズシーーーーーン!
「ウニャーー!」
ねね子が尻餅をついた。
裏次元ではまともに揺れるのだ。
「あいを見っ!」
玉代が指差す。べつに愛を見つけたわけではない、『あれ』を『あい』というんだ。わたしにも、それくらいの鹿児島弁は分かるようになった。
「ああ、豪徳寺があ!」
巨大なだるまさんが、ヒョイと飛び上がったかと思うと、盛大に転んで、そのたびに無数の招き猫が灰神楽のように舞い上がるのだ。
一見、おとぎ話のようにな風景なのだが、とんでもないことが起こりつつあることが感覚的に分かる。
「あれ、止めた方がいいような気がする」
「あいは『地獄だるま』じゃっで」
「地獄のだるま?」
「あいが、七回転んで八回目に起きっと、災いが起こっとじゃ」
「止めなきゃ」
「だるまん足元で転がしちょっ者がおっはず、せつを……見えた!」
ビュン!
「消えたニャ!?」
「行くよ、早くて見えないだけだから」
「ニャーー!」
玉代のような韋駄天走りは出来ないが、それでも自動車ならスピード違反をとられそうなくらいの勢いで豪徳寺の向こう側に回った。
「ひっで! 回り込んで、こいつの退路を断って! ねね子はまとわりついて、そいつの邪魔をして!」
到着すると同時に玉代が指示を飛ばす。
玉代が睨みつけているのは小三くらいの男の子だ、スフのくたびれた小学生服と学帽、背中にはお人形を括り付けている。
パッと見には大柄な女子高生が小学生をイジメているように見えるが、小学生の目は真っ赤に燃えて、狂犬のように目頭と鼻の根元にしわを寄せて牙をむいている。なにより、そいつの背後には大仏の倍ほどはあろうかというだるまがブルブルとアイドリングを掛けているように身震いしている。
「妖魔ニャ!」
チェストー!!
玉代が大上段の姿勢で疾駆する、そいつの間近まで寄ると気が高じて炎の剣が現出し、ためらいもなく振りかぶる!
そいつは一瞬早く跳躍して打ち込みを躱すが、太ももを浅く切られ、そいつの軌跡にそって赤い筋を引く。
赤い筋は、虚空で稲妻のように空気を切り裂いて、その欠片が玉代に突き刺さる。
「させるかあ!」
わたしも跳躍し、エクスカリバーを構えようとするが、そいつの見た目に躊躇われる、こいつはまるで『蛍の墓』の主人公だ。
バシ!
パンチを食らわすに留める。
浅く入ったパンチは攻めきれずに掠るだけになってタタラを踏んでしまう。
「ねね子も居るニャ!」
二回転半して猫パンチを食らわせるねね子。
有効打にはなっているが、なんせ猫パンチ。勢いの割には力がない。
しかし、ねね子の猫パンチを含め三人の八度に及ぶ攻撃を喰らって、そいつはねね子にねじ伏せられた。
「は、放してくれよ、おいら、おいら、だるまを転ばせなきゃならないんだ。あと一回、あと一回転ばしたら、弟が生き返るんだ。おいらはいいから、弟を生き返らせておくれよ、弟を!」
「おとうと?」
「背中に背負ってる、火の中を逃げ回って、背中の弟が先に死んでしまったんだろう。哀れだが、もう鬼になり果てている。成敗するしかないだろう」
「二人とも待ってくれ、試してみたい事がある……おまえ、弟の名前は?」
「弟は……あれ………………?」
「じゃ、おまえの名前は?」
「おいら、おいらは…………」
「おまえは三田村一(はじめ)だ」
「…………そうだ、おいらは一だ! 一ってのがおいらの名前だ! みんなはイチとしか呼ばなかったけど」
「弟は三田村健一だ」
「そうだ、そうだよ三田村健一だ! 健一だよ! ケンボウだよ!」
名前に納得したのか、そいつは、三田村一は弟を背負ったまま虚空に滲むようにして消えて行ってしまった。
「兄貴と弟じゃ、名前のニュアンスが違わニャいか?」
こちらに戻ってから、ねね子が質問した。
「弟とは血の繋がりは無いんだ」
「だって、弟ニャ?」
「親が亡くなったんで一の親が引き取ったんだ」
「じゃ……」
「空襲の中、あいつは弟の命救いたさに逃げ回っていたんだよ」
「もう二十年も早かれば、名無しん鬼になっ前に助けられたかもしれもはんなあ」
「玉代、あんた、戦いの最中は標準語になってなかった?」
「え、そうだったのニャ?」
「あ、そうやったと?」
「あ……ま……戦いの真っ最中だったしな。もう一寝入りするか、学校も平常にもどったことだしな」
「おやっとさあ、ねね子」
ねね子と別れ玄関に入ると、祖父母を起こさないように二階への階段を上がる。
玉代は、薩摩の力を凝集して戦うんだ。
だから、全力を出している時は言葉にまわる薩摩力まで無くなって標準語になる……確証はない。
とにかく、もう一寝入りしよう。
あのだるま、地獄だるまと言ったっけ……また現れそうな気がする。
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