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031『ひるでの散歩・2』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
031『ひるでの散歩・2』
道を外れてみた。
と言っても、人の道を外れて悪さをするわけではない。
いつも豪徳寺の外塀に沿って学校に行くだけなので、道を変えてみようと思ったのだ。
散歩なのだから気ままに歩くのがいい。
通学路の反対方向に歩いてみる。
しばらく歩くと二人の妖に出遭った。
気づかなければすれ違うとか追い越すとかで済ませたのだが、怪しさ全開なので捨て置くことも出来ずに『須藤功(すどういさお)』と『中西絹子』と名付けて成仏させた。
道を変えて、さらに進むと何十人という妖の気配。
目を凝らすと、気配は国民服やらモンペ姿に実体化し、わたしに気づくやいなや、猛スピードで逃げ散っていった。
スッテンコロリン
学生服にゲートルを巻いた妖が転んだので近寄ってみる。
「どうして逃げる?」
「ひるでに捕まったら食い殺されると言う噂だ」
「どこでねじ曲がったんだ、わたしは妖を喰ったりはせん。本来の名前を付けてやって成仏させるだけだ」
「そんなこと信じられるか、おまえは人食いだ!」
「やれやれ、ならば、そう思っておけ。こっちも行く先々で妖に関わっていては身が持たんからな。一つ聞きたいんだが、ここいらへんで妖に出遭わずに済むところはないのか?」
「そ、それなら……」
そいつは北東の方角を指さした。
足を運んでみると、都立高校の塀が伸びているところに出た。
旧制中学から発展したもので、校舎こそは今風だが、塀の基礎部分は戦前からの遺構のようだ。
さらによく見ると、一部には度重なる空襲から免れた施設もあるようで、旧校舎の一部は昔の面影を留めている。
おや?
ゴミ収集のために塀の一部が丈の低いシャッターになったところがある。『駐停車禁止』の札が掛かったシャッターの内側で、なにやら話声が聞こえる。
人の言葉ではないが、なにやら苦情や不満を言っているようだ。
慣れてくると、その断片が人語に変換されて聞こえるようになる。
月に二回だけ 一回だけよ 最初の一回だけ 処女なのに 童貞なんだぞ このまま せめて一回だけでも
なんだか、すごい内容だ。
少し深く透視してみる。
ん? この学校の先生だろうか、数人の大人が寄ってきた。そして、処女と童貞を選んで戒めを解いてやっている。
嬉しい! 助かった! 希望だ! 希望の光だあ!
さらに透視を強くしてみる。
「便覧と辞書ぐらいはね」「地図だって買えば五倍くらいの値段だ」「真っ新だけで一クラス分くらいある」
分かった。
卒業する三年生が残していった教科書たちだ。
昨日が登校日だったようで、ロッカーを空けさせるために、不用品を捨てさせたんだ。
不用品の大半が教科書で、中には氏名も書かれず、一度も開かれることが無かったものもある。教科の先生たちが、そういうものを集めて、忘れた生徒の為に予備としてピックアップしているんだ。
「先生、あたしらもいいですか?」
真面目そうな女生徒が数人やってきて、不運な教科書の救済に参加した。文芸部と地歴研究部のようだ。部活としては絶滅危惧種だ。
よかった、何十冊かは助かりそうだ。教科書もぞんざいに扱えば質の悪い付喪神になるからな。
少しホッコリして、その場を離れた。
明日あたりは、春一番が吹くかもしれない。
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