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026『初めての豪徳寺』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
026『初めての豪徳寺』
この異世界に来て初めて豪徳寺に行った。
あ、ここで言う豪徳寺は地名ではなくて、地名のもとになった、そもそものお寺の事だ。
おきながさんの世田谷神社には何度も行った。おきながさんが御祭神でありながら、そのへんのおばさんのように門前を掃いているものだから、自然に挨拶を交わし口を利くようになった……つまり、知り合ったおばさんがたまたま神さまだったので、庭先にお邪魔するような気軽さで境内にも足を入れるようになった。近所付き合いが広がった感じだ。
登下校の半分は豪徳寺の塀沿いを歩いている。往きは右側、帰りは左側に塀がある。塀しか見えない。それにたいていはねね子か芳子がいっしょで、塀の中を意識することが無い。
意地悪でねね子に正体を聞くと、雨宿りのイケメン武士が落雷に遭いそうなので「こっちにおいで」と誘ったのが豪徳寺の山門。それで恩に感じた武士が豪徳寺の世話をするようになったということで、ねね子自身の関りについてははぐらかされた。
暗に――そういうことには興味を持つニャー!――という意思を感じる。
興味を持つなと言われれば興味を持ってしまうのが人情だ。
思い立って、放課後、豪徳寺の境内に足を踏み入れてみた。
世田谷八幡の五倍はあろうかという境内は緑が豊かだ。山門を潜って緑の中を五十メートルほど進むと、最初のお堂が見えてくる。外からの雰囲気とは違ってお堂はコンクリート製のよう、戦災で焼けて再建されたものだろうか……その向こうに見えるより大きなお堂も同じような様子だ。
左側は広い墓地が広がっている気配。あまり墓には興味はない。
外から窺えた深淵さとは裏腹に、中は広い敷地を擁した普通のお寺という印象。
ところが、奥に進むと様子が変わった。
聞き慣れた囁き声がワシャワシャ……それも尋常な数ではない。
お寺の中のお寺という感じで一画が区切られていて、開け放たれた門を潜ると……なんと、ねね子でいっぱいだ!
招福殿としるされたお堂の周囲には棚が設えてあって、その棚の上や灯篭の中、数千の猫バージョンのねね子がひしめいている。
おおーーー!
感嘆していると、さらに大勢のねね子の気配、お堂の屋根の上、床下、木々の小梢などに数万、数十万に増殖していくではないか!
すごい!
思わず叫んでしまった。
ニャ!?
すると、それまでワシャワシャさんざめいていたお喋りがピタッと止んで、数十万のねね子が一斉にわたしの方に顔を向けた。
しまったのニャーー!!
数十万のねね子は瞬時に合体して、いつもの人バージョンの姿に戻った。
「アハ、アハハハハ……ひるでに楽屋裏を見られてしまったのニャ(^_^;)」
「そうか、ねね子は招き猫だったんだな!」
不思議だ……なぜ、こんなことに気が付かなかったのだ、豪徳寺の招き猫なんて、日本の常識、いや、世界に認められたラッキーアイテム、ハッピーキャットではないか。この二か月、なぜ気が付かなかった? 思い至らなかった?
「招き猫はたいへんなのニャ~(;^_^A。日本中、世界中の願いが寄せられるのニャからな。豊かになりたい、幸せになりたい、丈夫になりたい、頭良くなりたい、人気者になりたい、いろいろニャ。そんで、豊かとか幸せとか丈夫とか、言葉にしたらみんないっしょだけど、それぞれ違うニャ。一万円で豊かだと思う人もいれば、三億円でも足りない人もいるニャ。そんで、お金を持つことが幸せかと言うと、そうでもなかったりとかニャ。幸せにしてあげたつもりが不幸にしてしまったりニャ。そんな悩み多きねね子の近所に来たのがひるでニャ、スクネの爺ちゃんに聞いただろうけど、ひるでには大変な使命があるニャ。ひるでを助けたらねね子のスキルも上がるって、神さまも仏様も言うニャ」
「そうだったのか……」
「でもニャでもニャ、ひるでを助けてやるというのは恥ずかしいニャ(n*´ω`*n)。てか、経験から言うと、ねね子の手助けは、裏目に出ることもあってニャ、正面切って言うのはニャアって感じニャ。だから、ひるでが豪徳寺や招き猫に興味持たないように……その、いろいろとニャ」
「ちょっと鬱屈……」
「言うニャよ、それにニャ、ひるでと学校とか行ってると楽しいニャ。なんか、人助けなんかどーでもよくなって、ずっとこういうのでもいいかニャって……えと、くじけてしまいそうだから……ああ、もうここのことは忘れてほしいニャア~!」
ポン
音とともにねね子は消えてしまい、招福堂の周囲は、元通り招き猫の置物でいっぱいになった。
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