上 下
26 / 84

026『初めての豪徳寺』 

しおりを挟む

漆黒のブリュンヒルデ

026『初めての豪徳寺』 

 

 
 この異世界に来て初めて豪徳寺に行った。

 あ、ここで言う豪徳寺は地名ではなくて、地名のもとになった、そもそものお寺の事だ。

 おきながさんの世田谷神社には何度も行った。おきながさんが御祭神でありながら、そのへんのおばさんのように門前を掃いているものだから、自然に挨拶を交わし口を利くようになった……つまり、知り合ったおばさんがたまたま神さまだったので、庭先にお邪魔するような気軽さで境内にも足を入れるようになった。近所付き合いが広がった感じだ。

 登下校の半分は豪徳寺の塀沿いを歩いている。往きは右側、帰りは左側に塀がある。塀しか見えない。それにたいていはねね子か芳子がいっしょで、塀の中を意識することが無い。

 意地悪でねね子に正体を聞くと、雨宿りのイケメン武士が落雷に遭いそうなので「こっちにおいで」と誘ったのが豪徳寺の山門。それで恩に感じた武士が豪徳寺の世話をするようになったということで、ねね子自身の関りについてははぐらかされた。

 暗に――そういうことには興味を持つニャー!――という意思を感じる。

 興味を持つなと言われれば興味を持ってしまうのが人情だ。

 思い立って、放課後、豪徳寺の境内に足を踏み入れてみた。

 世田谷八幡の五倍はあろうかという境内は緑が豊かだ。山門を潜って緑の中を五十メートルほど進むと、最初のお堂が見えてくる。外からの雰囲気とは違ってお堂はコンクリート製のよう、戦災で焼けて再建されたものだろうか……その向こうに見えるより大きなお堂も同じような様子だ。

 左側は広い墓地が広がっている気配。あまり墓には興味はない。

 外から窺えた深淵さとは裏腹に、中は広い敷地を擁した普通のお寺という印象。

 ところが、奥に進むと様子が変わった。

 聞き慣れた囁き声がワシャワシャ……それも尋常な数ではない。

 お寺の中のお寺という感じで一画が区切られていて、開け放たれた門を潜ると……なんと、ねね子でいっぱいだ!

 招福殿としるされたお堂の周囲には棚が設えてあって、その棚の上や灯篭の中、数千の猫バージョンのねね子がひしめいている。

 おおーーー!

 感嘆していると、さらに大勢のねね子の気配、お堂の屋根の上、床下、木々の小梢などに数万、数十万に増殖していくではないか!

 すごい!

 思わず叫んでしまった。

 ニャ!?

 すると、それまでワシャワシャさんざめいていたお喋りがピタッと止んで、数十万のねね子が一斉にわたしの方に顔を向けた。

 しまったのニャーー!!

 数十万のねね子は瞬時に合体して、いつもの人バージョンの姿に戻った。

「アハ、アハハハハ……ひるでに楽屋裏を見られてしまったのニャ(^_^;)」

「そうか、ねね子は招き猫だったんだな!」

 
 不思議だ……なぜ、こんなことに気が付かなかったのだ、豪徳寺の招き猫なんて、日本の常識、いや、世界に認められたラッキーアイテム、ハッピーキャットではないか。この二か月、なぜ気が付かなかった? 思い至らなかった?

 
「招き猫はたいへんなのニャ~(;^_^A。日本中、世界中の願いが寄せられるのニャからな。豊かになりたい、幸せになりたい、丈夫になりたい、頭良くなりたい、人気者になりたい、いろいろニャ。そんで、豊かとか幸せとか丈夫とか、言葉にしたらみんないっしょだけど、それぞれ違うニャ。一万円で豊かだと思う人もいれば、三億円でも足りない人もいるニャ。そんで、お金を持つことが幸せかと言うと、そうでもなかったりとかニャ。幸せにしてあげたつもりが不幸にしてしまったりニャ。そんな悩み多きねね子の近所に来たのがひるでニャ、スクネの爺ちゃんに聞いただろうけど、ひるでには大変な使命があるニャ。ひるでを助けたらねね子のスキルも上がるって、神さまも仏様も言うニャ」

「そうだったのか……」

「でもニャでもニャ、ひるでを助けてやるというのは恥ずかしいニャ(n*´ω`*n)。てか、経験から言うと、ねね子の手助けは、裏目に出ることもあってニャ、正面切って言うのはニャアって感じニャ。だから、ひるでが豪徳寺や招き猫に興味持たないように……その、いろいろとニャ」

「ちょっと鬱屈……」

「言うニャよ、それにニャ、ひるでと学校とか行ってると楽しいニャ。なんか、人助けなんかどーでもよくなって、ずっとこういうのでもいいかニャって……えと、くじけてしまいそうだから……ああ、もうここのことは忘れてほしいニャア~!」

 ポン

 音とともにねね子は消えてしまい、招福堂の周囲は、元通り招き猫の置物でいっぱいになった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

窓際の交錯

K.N.
恋愛
成瀬康汰(なるせ こうた)、27歳。 都内のIT企業で働く彼は、今年1月から虎ノ門の本社勤務となり、静かな日常を過ごしていた。 ビルの10階で働く康汰は、仕事以外に大きな刺激もなく、昼食を取ることも稀だった。ただ、時折1階のカフェに足を運び、窓際の席で小説を読みながらコーヒーを楽しむことが、珠の息抜きになっていた。 一方、同じビルの6階で働く23歳の小牧月香(こまき るか)。 彼女もまた、同じカフェで時折パニーニを頬張っていた。普段は週末に作り置きしたお弁当を持参する彼女だったが、うっかり忘れてしまった時には、カフェに足を運んでいた。 ある日、混雑するカフェの中、窓際の席に腰掛け小説を読んでいた康汰の前に一人の女性がふと現れた。 見覚えのある彼女に驚きながらも、康汰は気づかぬふりをしていたが、彼女は微笑みかけながら言った。 「こんにちは!」 それが、康汰と月香の初めての会話だった。日常の中で交差する二人の人生が、静かに動き始める。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...