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022『祖父のパンを買いに行く』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
022『祖父のパンを買いに行く』
この三が日、世田谷区内で五人の行方不明者が出た。
他の街だって行方不明は出ているんだが、世田谷の場合、五人揃って十七歳の女子高生だというところに特異点がある。
これに気づいたのは、早起きの祖父が「食パンがきれた……」という独り言を聞いて「あ、ひとっ走り行ってくる」と出かけた朝だ。すれ違ったお巡りさんの視線が強いので、つい心を読んでしまった。
自分で言うのも何だが、武笠ひるでは美少女だ。この世界に来てから、そう言う意味での視線には慣れている。
だが、お巡りさんの視線は、そう言うものではなかった。
読むと、五人の行方不明者の情報が知れた。お巡りさんは、そのための特別警戒にあたっているのだ。非番の日で、デートの約束をキャンセルせざるを得なかったお巡りさん。気持ちの離れかかった彼女を繋ぎ止める最後のチャンスだったかもしれないのに。
「ご苦労さまです」
思わず口を突いて出てしまった。
お巡りさんは、ちょっと驚いたような目をし、すぐにニッコリ笑って小さく敬礼して見せてくれた。
いいお巡りさんだ。
そう感じて、このお巡りさんの情報を解析するのをやめた。
人の情報は、まとまって入って来る。それを必要に応じて解凍していく。なんの問題もない人の情報を、たとえお巡りさんだからと言って、むやみに読んでいいものではない。
食パンを買っての帰り道。
お巡りさんとすれ違ったあたりまで来ると、後ろを付けてくる気配がした。
……あきらかに妖だ。
パチンと弾けるように、解凍された情報が浮かび上がった。さっきのお巡りさんのだ。
行方不明になった女子高生は、みんなパンを買っての帰り道だ。
角を曲がったところで、妖の後ろに瞬間移動した。
「おまえだな、五人を消したのは?」
「そういうおまえは?」
「質問に質問で返すな、聞いているのはわたしの方だ。答えろ、おまえは誰だ?」
「……分からない……ただ、パンを買って帰る子が愛おしい」
こいつは、生前は若いパン職人で。お客に、こういう年頃の女学生がいたんだ。
そして、これまでに出会った妖同様に自分の名前を忘れている。
「おまえは、長倉真一だ」
「え……あ、そうか。長倉真一だったんだ……」
そう言うと、ふと体の力が抜けていき、穏やかに微笑みながら消えて行った。
家に帰って、祖父がわたしの分まで朝食を作ってくれたころ、五人の少女たちが買ったばかりのパンを持って無事帰り付いたことを知った。
さっきのお巡りさんが、本部からの警察無線を受けながら家の前を通ったのだ。
彼女とのデート、今からでも間に合えばいいと願った。
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