12 / 84
012『いろいろある』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
012『いろいろある』
また歪んでる。
郵便受けから夕刊を取り出して、門を潜ろうとしたら表札が歪んでる。
きのうは、古い門がガタついて、開け閉めの振動で傾くと思っていたのだが、門はしっかりしている。
直そうと手を伸ばすと微かに妖気を感じる。
妖精の気配に似ているが、どこか暗い印象がある。
そうだ。
思いついて回れ右、小指の先ほどの小石を拾い、お向かいの二階の窓目がけて投げる。
カチン
ささやかな音がして、カーテンの隙間に片眼が覗く。
出てこい! 口の形だけで言う。
片眼の下に口が現れて―― いやだ ――口の形だけの返事が返ってくる。
ほんの少しだけ魔法をかけると、一分ほどで幼なじみは出てきた。
「なに」
久しぶり(と設定されている)の啓介は、くたびれたフリースにボサボサの頭。足には小母さんのサンダルをつっかけてる。
「うわー、床屋に行ったらあ」
「散髪屋の回し者か」
「ほんと、ダメ人間になるぞ」
「説教だったら帰る」
「用件があんのよ」
「なに?」
「頭掻くな、フケが飛ぶ」
「うっせー」
「昔は可愛かったのになあ」
「用件」
「ああ、うちの表札いじられた形跡があるんだけど、なんか見なかった?」
「見なかった」
「即答すんなよ。お向かいの幼なじみなんだから、少しは考えてみろよ」
「……わかんねーよ」
予想した返答だ。でもいい、会話が成立していれば次に繋げる。おそらく妖は人の目には見えない。
見えなくとも、伝えておけば、啓介は心の底で意識する。表札事件の解決にはならなくとも、啓介を外に出すきっかけになるかもしれない。
ひるでは深慮遠謀な子なのだ。
「じゃ、なんかあったら教えて」
一言言って、うちに入る。
ただいまあ
おかえりなさーい
祖母の返事だけがクラフト部屋から聞こえてくる。
祖父は部屋で仕事をしているはずだけど、返事は返ってこない。挨拶と言うのは顔を見た時にだけすればいいと思っている。
仕方がない、この二人は孫どころか子供もいないんだ。そこに、いきなり孫娘の設定で入って来たんだ。時間がかかるよな。
無理は禁物。
二階の自分の部屋に入って、ざっくり部屋着に着替えようと思った。
上着を脱いでハンガーに手を伸ばすと、窓の外、通り三つ向こうの屋根の上を制服のままのねね子が走っているのが見えた。
なにやってんだ、あいつ?
元来はネコなので、屋根の上くらいは走るかと思いなおすが、ねね子の後ろを良からぬものが走っている。
ちょっとまずいか……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
東京カルテル
wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。
東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。
だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。
その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。
東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。
https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる