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36[虚無宇宙域 ダル・2]

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宇宙戦艦三笠

36[虚無宇宙域 ダル・2] 修一  




 20パーセクワープしたつもりが、わずかに0・7パーセクで停まってしまった。

 つまり、直径1・5パーセクある虚無宇宙域のど真ん中で立ち往生してしまったわけだ。


―― 20パーセク行ける出力で、たった0・7パーセクしか進めないのか!? ――


 さすがに言葉もなかった。

「非常電源で、艦内機能を維持するのが背一杯です。もう三笠は一ミリも動きません」

 機関長のトシが肩を落とした。

 他のクルーたちも元気は無かったが、俺の決定を責めるような空気は無かった。

 ダルを抜けなければ迂回する以外に手立てがないが、迂回すれば、待ち構えているグリンヘルドとシュトルハーヘンとの戦いは避けられない。20万の敵を相手にしても顎が出ていた。推定100万の敵艦隊に抗する術は無いのをみんな知っているんだ。

「もう20パーセクワープするエネルギーを溜めこむのに、どれくらいかかる?」

「楽観的に見て20年です……」

 トシが力なく答えた。



 三笠は虚無宇宙域のど真ん中で孤立してしまった。



「アクアリンドのクリスタルは使えないの?」

 航海長の樟葉が聞いた。

「エネルギーコアがあるにはあるんですが、エネルギーに変換されるのは80年後です。それに、三笠の光子機関との接続方法もわかりません」

「トシって、ダメな結果を言う時の方が答えがはっきりしてるな」

 天音が毒を吐くが、トシを含め、だれも反論する元気は無かった。

 そんな乗組員の前で頭を抱えるわけにもいかず、船霊のミカさんに聞きにいった。

「アメノミナカヌシは、虚無から世界をお創りになりました」

 ニコニコと、古事記の創世記を聞かせてくれた。

「みんなで決心してやったことだもの、誰も責められないわ。自然の流れに乗っていくしかないでしょう」

 そこまで言うと、影が薄くなって神棚に隠れてしまった。


 二日がたった。


「なんだ、この非常食は!?」

 食卓に、非常用の乾パンが載っているのを見て、天音が悲鳴をあげた。

「生命維持に必要なエネルギーを優先的に残すためです」

 クレアが事務的な声で言った。

「アクアリンドで補給しただろ?」

「さっき調べだっきゃ、補給品はなもかも消えであった。水さ流れでまったが、ダルの影響が……申す訳ね」

「レイアのせいじゃないさ」

「すたばって、わっきゃ、この宇宙域の人間だよ、暗黒星団のレイマ姫だよ……」

「いいさ、どこにだって未知なことはあるもんさ。だから、宇宙は面白い!」

「艦長……」

「ネコメイドたちは?」

「チャペの姿さ戻って丸ぐなっちゃーよ」

「チャペ?」

「あ、津軽弁で猫のことだす」

 ネコメイドの変身も艦のエネルギーを使うんだろう。

「チャペ、なんか可愛いな」

 樟葉がフォローしてくれて、少しだけ和んだ。

「よし、とにかく考えよう」

 ガリ……イテ。

 俺は乾パンを齧った。舌を噛んでしまって、みんなが笑う。


 四日がたった。


「重大な提案があります」

 トシが憔悴しきった顔で言った。食卓の乾パンは、さらに半分に減っていた。

「クレアさんと相談したんです。救命カプセルに入って冬眠状態になろうと思います」

「わたしとウレシコワさんは残ります。二人は人間じゃないから、入る必要がありません」

「でも、クレアの義体の表面は生体組織だ。それにメンテナンスもしなきゃ、持たないよ」

「生存の可能性は、みなさんの何倍もあります。ウレシコワさんは船霊だから、このままで残れると思います」

『賭けてみましょう』

 ミカさんの声だけがした。

 薄情なのかと思ったら、実体化するだけで船のエネエルギーを使ってしまうらしかった。

 気になって見に行くと、ネコメイドたちはガンルームの隅で猫の姿で丸まって、置物のように硬くなっていた。

―― 一足先に冬眠したか ――

 こうして、俺、トシ、樟葉、天音、レイマ姫の四人は救命カプセルで冬眠することになった。

 そして、20年の歳月がたった……。




☆ 主な登場人物

 修一(東郷修一)    横須賀国際高校二年 艦長
 樟葉(秋野樟葉)    横須賀国際高校二年 航海長
 天音(山本天音)    横須賀国際高校二年 砲術長
 トシ(秋山昭利)    横須賀国際高校一年 機関長
 レイマ姫        暗黒星団の王女 主計長
 ミカさん(神さま)   戦艦三笠の船霊
 メイドさんたち     シロメ クロメ チャメ ミケメ
 テキサスジェーン    戦艦テキサスの船霊
 クレア         ボイジャーが擬人化したもの
 ウレシコワ       遼寧=ワリヤーグの船霊
 こうちゃん       ろんりねすの星霊
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