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73『松ネエの傷跡』

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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

73『松ネエの傷跡』小菊 




 松ネエはお医者さんに叱られた。


 叱られたと言っても病院のお医者さんじゃない、ホームドクターの薮中先生だ。

 腐れ童貞が付き添って退院して来た時には、もうヘロヘロだった。

「気が利かないわね、どうして病院で診てもらわなかったのよ!」

 松ネエに肩を貸しながら言ってやった。だって、この様子じゃ病院を出る時から不調だったに違いない。

「すまん」

 こういう時に言い訳しないのは認めてやるけど、どうして口が笑っているんだ!

 本当に笑っているわけじゃないことは分かってる。ω口が生まれついてのものだということも分かってる。

 でも腐れ童貞はショーモナイ奴だ、高校三年にもなったら自分の顔に責任持てよな。

 兄妹だから、あたしも似たような口元だけど、あたしのはチャームポイントになっている。悲しいときや腹立つ時は、ちゃんとそういう表情になる。ほんとうにショーモナイ男だ!

「わたしが無理を言ったからだよ……」

 こんな時にも松ネエは人を庇う。こんなにもいい松ネエが、こんなひどい目に遭うなんて……悔し涙がこぼれてくる。

 夕方に、お祖父ちゃんが車で薮中医院に連れて行った。


「無茶だよ、一週間は安静!」


 薮中先生は診察半ばで宣告した。

 それまでに「若いと言って過信しちゃだめだ」とか「術後で体が弱ってるんだから」とか、九十過ぎとは思えない馬力で叱っていた。

「コウちゃんも気を付けてやらないとな」

 コウちゃんとはお祖父ちゃんのこと。コウちゃんは、しきりに頭を掻いている。薮中先生にかかるとお祖父ちゃんも、まだまだハナタレ小僧だ。

 先生は、松ネエの背中と首筋を摩って薬を出した。

「このマッサージは、我が医院の秘伝でな、親父のころは宮さまにも施してさしあげたそうだ。緊張をほぐして五臓の機能を整えて血流をよくするんだ……よし、このくらいか……お風呂には入っていいけど半身浴、傷口を浴槽に浸けちゃダメだからね」

 家に帰って、松ネエは一晩眠った。先生が摩ったのが効いたのかもしれない。



 朝になっても松ネエは起きてこなかった。



 いちおう部屋を覗いて、穏やかに寝息を立てているのを確認。

 昼休みにはメールが来た。

―― いま目が覚めたとこ、熱も下がりました。昨日はありがとう ――

 ひと安心(^_^;)。

 増田さんと食後のお茶を飲んでいたら、またメール。

―― 今日は久々にお風呂に入りたいので、よかったらいっしょに入ってくれる? ――

 入院中はお風呂に入れない。お風呂に入りたい気持ちはよく分かる。

 夕食後、松ネエのお風呂に付き添う。

 いっしょに入るなんて小学校以来、ちょっと懐かしい。

 でも懐かしさなんて、服を脱ぐだけで辛そうな顔を見ていると吹っ飛んでしまう。

 身体を洗ってあげて、マジマジと見てしまった傷跡。赤いムカデが貼りついたように見えるのは縫った跡だ。

 この傷は一生残るんだろうなあ……そう思うと目が熱くなってきた。

「アハハ、菊ちゃんが泣くことないじゃない」

 笑顔は、もういつもの松ネエだった。

 とりあえずよかった!




☆彡 主な登場人物

妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
百地美子 (シグマ)     高校二年
妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
妻鹿幸一           祖父
妻鹿由紀夫          父
鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ)        小菊のクラスメート


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