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33『ちょっと凄いのよ』
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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
33『ちょっと凄いのよ』
凄い凄いを連発している。
連発しているのは祖父ちゃんだ。
平仮名の「すごい」でも片仮名の「スゴイ」でもなく漢字の「凄い」だ。
マンガの吹き出しじゃないから、祖父ちゃんの口から漢字が飛び出してくるわけじゃないんだけど、感じとしては漢字(親父ギャグみたいだ)なんだ。
なにが凄いかというと、昨日の大相撲春場所千秋楽結びの一番だ!
前日の怪我で休場するんじゃないかと思われていた横綱は、左肩から胸にかけての痛々しいテーピングの姿で大関を小手投げで打ち破った。
例のサイカイモクヨクして、祭りの打ち合わせに神社に行った祖父ちゃんは陽が傾いても帰ってこねえ。
「三時には終わったんだけどねぇ」
先に帰って来たお袋は晩飯のダンドリがつかないので「様子を見てきて」と俺に命じた。
スマホで連絡すればいいんだけど、祭りの打合せは神聖なものなんで電源を切ってるんだ。
家から三分、神社の緑が見えてくる。本殿や拝殿は古寂びてるのに、鳥居は少し新しくて、その周りの玉垣(石でできたフェンス)はもっと新しい。
本殿と拝殿は江戸時代、鳥居は昭和、玉垣は平成の造作だから、バラバラなのな。
玉垣には寄進した企業や個人の名前が彫ってある。鳥居から数えて五つ目だから、多額寄進者。そこに『妻鹿屋十二代目』とある。つまり、うちのことな。当時は、まだパブをやってたんで、置き屋のころの屋号で彫ってある。
鳥居の寄進者は境内に入ったとこの石碑に彫ってある。そこには置き屋だった十代目の屋号があるんだけど、江戸時代の拝殿改築の時のは見たことが無い。当時はお触書みたいな板に書いただけだったので残ってないんだとか。
とにかく、神社も我が家もクソが付くほど古くからあるってことさ。
「ちょっと大勝負になってんのよ!」
社務所で声を掛けると、神社の娘で幼なじみの風信子(ふじこ)が巫女装束に似合わないテンションで「いらっしゃい」も言わずに叫びやがった!
「大勝負!?」
祖父ちゃんたちが喧嘩でもおっぱじめたんじゃないかと、素っとん狂な声が出てしまった。
「オメガもいっしょに観て行きなよ!」
神社の豊楽殿に行くと、三十人ばかりの役員さんたちが100インチのテレビにかじりついていた。
相撲なんて久しく見ない俺だけども、土俵で睨みあっている横綱と大関には圧倒された。
でも、あの怪我じゃ勝てないなあ。
圧倒されながらも俺の常識は、そう予測した。
その満身創痍の横綱が、見事に勝ってしまった!
三十畳の豊楽殿は沸きかえった。WBCの準決勝戦よりもボルテージが高い。
あっという間に豊楽殿は宴会仕様になって、ポンポンとビールの栓が抜かれる。
「妻鹿屋の若!」「ゆうちゃん!」
俺にも声が掛かって(さすがに街の年寄りたちはオメガとは呼ばない)ビールを注がれてしまう。
「あ、どもども」
こんなときに「未成年ですから」というのはヤボだ。
でも酔いつぶれるわけにはいかないのでグラス二杯で勘弁してもらう。
風信子は心得ていて、年寄りの相手をしながらも俺をエスケープさせてくれる。
「お祭りもね、この春は、ちょっと凄いのよ。明日の昼過ぎは見ものだよ!」
逃がしてくれながらも、風信子は俺をけし掛けてくる。
この街の子どもたちは、楽しそうなことがあると、みんなでけし掛けあうんだ。
一人で楽しいことは二人で、二人で楽しいことは三人、三人はみんなでってな具合で広げていく。
年寄りたちが騒いでいるのも、このけし掛けあいが根っこにあるんだろう。
で、一夜明けた今日。
俺はシグマとノリスケを呼んで、再び神社に来ている。
俺もけし掛けたわけだ。
せっかくだから、サブカルチャー研究会の発足と弥栄(いやさか)を神さまに祈るってイベントにしてやったんだ。
「あたし、この神社は知らなかった!」
二礼二拍手一礼を終えると、神社のなにかに感応したのか、シグマは興奮の面持ちだ。
手水舎(てみずや)の向こうが車の出入り口になっていて、一台のトラックが停まっている。
そろいの法被を着た氏子さんたちが、荷台のロープを外し終わって、ブルーシートを剥がしにかかっている。
風信子が言っていた「ちょっと凄い」はこれなんじゃないかと、ここに来た時から目を付けてんだけどな。
「あ、神主さんが出てきた」
小父さんが風信子を従え、手には大きな幣(ぬさ=ハタキの親分みたいなの)を構えて現れた。
バサバサ
オオ!!
シートを剥がされ、その姿を顕わにしたものに、三人揃って感嘆の声を上げることになったのだ!
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
百地美子 (シグマ) 高校一年
妻鹿小菊 中三 オメガの妹
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校二年 幼なじみの神社の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
33『ちょっと凄いのよ』
凄い凄いを連発している。
連発しているのは祖父ちゃんだ。
平仮名の「すごい」でも片仮名の「スゴイ」でもなく漢字の「凄い」だ。
マンガの吹き出しじゃないから、祖父ちゃんの口から漢字が飛び出してくるわけじゃないんだけど、感じとしては漢字(親父ギャグみたいだ)なんだ。
なにが凄いかというと、昨日の大相撲春場所千秋楽結びの一番だ!
前日の怪我で休場するんじゃないかと思われていた横綱は、左肩から胸にかけての痛々しいテーピングの姿で大関を小手投げで打ち破った。
例のサイカイモクヨクして、祭りの打ち合わせに神社に行った祖父ちゃんは陽が傾いても帰ってこねえ。
「三時には終わったんだけどねぇ」
先に帰って来たお袋は晩飯のダンドリがつかないので「様子を見てきて」と俺に命じた。
スマホで連絡すればいいんだけど、祭りの打合せは神聖なものなんで電源を切ってるんだ。
家から三分、神社の緑が見えてくる。本殿や拝殿は古寂びてるのに、鳥居は少し新しくて、その周りの玉垣(石でできたフェンス)はもっと新しい。
本殿と拝殿は江戸時代、鳥居は昭和、玉垣は平成の造作だから、バラバラなのな。
玉垣には寄進した企業や個人の名前が彫ってある。鳥居から数えて五つ目だから、多額寄進者。そこに『妻鹿屋十二代目』とある。つまり、うちのことな。当時は、まだパブをやってたんで、置き屋のころの屋号で彫ってある。
鳥居の寄進者は境内に入ったとこの石碑に彫ってある。そこには置き屋だった十代目の屋号があるんだけど、江戸時代の拝殿改築の時のは見たことが無い。当時はお触書みたいな板に書いただけだったので残ってないんだとか。
とにかく、神社も我が家もクソが付くほど古くからあるってことさ。
「ちょっと大勝負になってんのよ!」
社務所で声を掛けると、神社の娘で幼なじみの風信子(ふじこ)が巫女装束に似合わないテンションで「いらっしゃい」も言わずに叫びやがった!
「大勝負!?」
祖父ちゃんたちが喧嘩でもおっぱじめたんじゃないかと、素っとん狂な声が出てしまった。
「オメガもいっしょに観て行きなよ!」
神社の豊楽殿に行くと、三十人ばかりの役員さんたちが100インチのテレビにかじりついていた。
相撲なんて久しく見ない俺だけども、土俵で睨みあっている横綱と大関には圧倒された。
でも、あの怪我じゃ勝てないなあ。
圧倒されながらも俺の常識は、そう予測した。
その満身創痍の横綱が、見事に勝ってしまった!
三十畳の豊楽殿は沸きかえった。WBCの準決勝戦よりもボルテージが高い。
あっという間に豊楽殿は宴会仕様になって、ポンポンとビールの栓が抜かれる。
「妻鹿屋の若!」「ゆうちゃん!」
俺にも声が掛かって(さすがに街の年寄りたちはオメガとは呼ばない)ビールを注がれてしまう。
「あ、どもども」
こんなときに「未成年ですから」というのはヤボだ。
でも酔いつぶれるわけにはいかないのでグラス二杯で勘弁してもらう。
風信子は心得ていて、年寄りの相手をしながらも俺をエスケープさせてくれる。
「お祭りもね、この春は、ちょっと凄いのよ。明日の昼過ぎは見ものだよ!」
逃がしてくれながらも、風信子は俺をけし掛けてくる。
この街の子どもたちは、楽しそうなことがあると、みんなでけし掛けあうんだ。
一人で楽しいことは二人で、二人で楽しいことは三人、三人はみんなでってな具合で広げていく。
年寄りたちが騒いでいるのも、このけし掛けあいが根っこにあるんだろう。
で、一夜明けた今日。
俺はシグマとノリスケを呼んで、再び神社に来ている。
俺もけし掛けたわけだ。
せっかくだから、サブカルチャー研究会の発足と弥栄(いやさか)を神さまに祈るってイベントにしてやったんだ。
「あたし、この神社は知らなかった!」
二礼二拍手一礼を終えると、神社のなにかに感応したのか、シグマは興奮の面持ちだ。
手水舎(てみずや)の向こうが車の出入り口になっていて、一台のトラックが停まっている。
そろいの法被を着た氏子さんたちが、荷台のロープを外し終わって、ブルーシートを剥がしにかかっている。
風信子が言っていた「ちょっと凄い」はこれなんじゃないかと、ここに来た時から目を付けてんだけどな。
「あ、神主さんが出てきた」
小父さんが風信子を従え、手には大きな幣(ぬさ=ハタキの親分みたいなの)を構えて現れた。
バサバサ
オオ!!
シートを剥がされ、その姿を顕わにしたものに、三人揃って感嘆の声を上げることになったのだ!
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
百地美子 (シグマ) 高校一年
妻鹿小菊 中三 オメガの妹
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校二年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校二年 幼なじみの神社の娘
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